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擇木道場

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よくある質問 > 禅について
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 禅について
6 坐禅とは、具体的にはどんな事をするのですか?

 FAQ
以下はカテゴリ内に掲載されているFAQです。
回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (522 回閲覧)
禅は、長い東洋文化の伝統の中で磨き上げられてきた「人間形成の道」です。

 禅は、特定の信仰(何かを拝む等)・教義や所依の経典をもたず(※)、また、科学の原理に違背するようなもの(呪術的なもの、霊魂など)に心の支えを求めません。

 禅は、なぜ生きているのかより、むしろ「どのように生きるか」に注目し、行を重んじます。それは何かを学ぶことからは得られず、個人が自分に向かってその心の本体を明らめ、自分の心を自分の手に取り戻すことにより叶うことであるとされています。

それによって一人一人がかけがえのない自らの尊い命をかみしめ、ひいては正しく、楽しく、仲のよい世界の建設に向かって歩みを進めてゆく道につながります。

 さらに禅には、仏々祖々が苦心して伝えて来た珠玉の法財が秘められており、独立独歩の見性悟道の道はどこまでも味わい深い道です。

※)坐禅和讃(ざぜんわさん)や、 般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱えることはあります。


回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (565 回閲覧)
居士とは非出家者、つまり在家の者のことをいいます。
在家ですから、実社会にあってはそれぞれの職業を持っています。

もちろん学生や、主婦の方も含まれます。出家者である専門の雲水修行者が、僧堂において雲水の立場から修行を行っているのに比べ、居士禅では、在家の人達が主体であるために、正式に僧籍を持つ者以上に社会に密着した姿で修行を行うことになります。

居士禅では、実社会の中にあってなおかつ純粋に自己確立を目指すことが求められ、それによって自分に安心を与えるとともに、修行によって悟り得た徳力を各自の領域、職域において自然に発露していくことで社会に貢献することが目標とされます。


回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (590 回閲覧)
確かに初めての方の中には、禅道場と言うとなにか禁欲的で、俗世間から離れたイメージの方がおられるかもしれません。

しかし、人間禅の道場は在家禅の専門道場としての長い伝統の中で、皆が学生生活・社会人生活を送りながら坐ってきた道場です。

確かに摂心会ともなれば厳しい雰囲気の中で行われます。しかし、とりあえずは道場の座禅会に参加されてはいかがでしょうか? 特に金曜の夜の「東京で夜一番遅い座禅会」は若い人が中心なので、初めての方も抵抗なく参加できるでしょう。


回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (558 回閲覧)
人間は考える生き物なので、「何故生きているんだろう?」とか、「深い部分で人と関わって行くにはどうすべきか」とか、「善悪とは?因果とは?何だろう」とか、「死んだらどうなるのか?」とか、色々と疑いが出てきます。

また、現在を生きているはずなのに、過去を想い、未来を想い、これらに囚われて身動きが取れなくなってしまうこともあります。

禅は、自分の中にこそ注目し、これらを自らの努力で解決し、主体的に「いま・ここ」を生きていくための修行です。これは単なる観念や信仰ではなく、自ら体得するものなのです。

主体的に「いま・ここ」を生きることができないと、他からの影響により色々なことで心が動き、惑わされてしまいます。

かの執権 北条時宗は、無学祖元国師の指導を受け、禅を修めながら国難を舵取りしたと伝えられています。


回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (539 回閲覧)
これはテレビや雑誌などでよく使われ、誤解をされがちですが、坐禅とは無念無想などという「ボンヤリ」を目指すものではありません。

前述のように「数息観(すうそくかん)」を行い、雑念を克服し、正念を取り戻そうというものです。


回答者: ゲスト 掲載日時: 17-May-2012 15:47 (767 回閲覧)
正しい坐禅の体勢を作った後、数息観を行います。

数息観とは静かに自分の呼吸を勘定する修養の方法で、雑念を交えずにひたすら数息三昧(すうそくざんまい)になる事を目指します。

心に次から次へと沸き起こる雑念には誰もが手を焼きますが、ここで養い得た集中力・素直な心を以って日常生活を自分らしく、正しく、楽しく送っていくことを目指します。

詳しいやり方は道場に来て、「初めてです」と申し出て頂ければ指導させて頂きます。
また、このホームページの「坐禅の仕方」のページもご参照ください。

さらに修行を進める場合は、老師に参禅をすることもできます。