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擇木道場

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トップ  >  第33回 「瞑想する映像」と「禅」 動画あり  7月28日『南幸男 瞑想する映像と禅』に参加して
非常に興味深い内容で、日頃忙しさに埋没して気づいていない事を気づかせて頂きました。
最初の映像『桜』から『飛ばない鶴』『月と刑場』『shadow影』を見てゆく内に、数々の事に気づかされた。
『桜』では、何気ない現実の映像(橋の横にある桜と女性の通勤風景?)から、映像だけの世界に引き込まれ、次々と映像が変化してゆく。現実世界の変化と心の中の変化。現実世界の変化は自分ではどうする事も出来ない事。心の変化は自分の事なのに、瞬時に変化している。その事すら忘れて(気付かず)毎日を過ごしている。気づいてみると橋と桜。さっき見た場面だけれど、一瞬の事?。〔今〕
『飛ばない鶴』、人工物で無機質なはずの鶴の噴水。でも確かに生きている。もしかすると噴水の水が勢いよく出ている事がそう感じさせるのか?いや違う、、、噴水の水が冬の寒さで氷つき、鶴の翼が伸びて羽ばたいている。そうか!時間が経過しているのだ。その間、全てのモノが生命活動をしている。〔山川草木悉皆成仏〕
『月と刑場』、映像と音声。音声は詩の朗読だけど内容が重い。死刑囚の数、死刑判決の数、死刑囚の心の叫び、そして関係する人々の数。淡々と朗読される詩に映像が重なる。電車がホームに到着して乗客の乗り降り、そしてブザーが鳴り発車。朗読されている詩の内容と何の関係があるのだろう。何も関係ない。我々が日々生きているこの現実社会。考えている事と“見ている(見えている)”事が一致しているだろうか。当然一致している筈もなく、見えている映像と関係なく思考している。電車が発車して当たり前の雑音が聞こえている。「ガタン・ゴトン・ガタン・ゴトン・ガタ・・・―――」音が消えた。映像は変わらない、見えている。でも音はしない。その瞬間、詩の内容が頭に飛び込んでくる。深く考えている。そう!これが〔三昧〕か。
最後に見せて頂いた『shadow影』。見ているのは影?見えているのは影が映っている石垣?
黒い影が光によって色が変化する。赤・青・黄色・白。白い影って成立するんだ!!光の強弱で影が変化する。影が表情を持つ。生きている影。影をそうさせるのは、見えている石垣の為なのか。10分間の沈黙。・・・なんだったんだ今見ていたのは?〔人間五十年、夢幻のごとくなり〕
 
龍石拝 

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