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擇木道場

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トップ  >  会員の声  >  「入門までの道のりと現在に至るまで」 山崎 竜光(2007年 1月記)
「入門までの道のりと現在に至るまで」
山崎 竜光  平成19年 1月10日


 ただ今ご紹介に預かりました、山崎竜光と申します。昨年、大学を卒業し、現在は中学校の教員をしております。今回の観話会では、私が入門を決意するまでの道のりと、入門してから現在に至るまでのお話をさせて頂きたいと思います。
 私が入門したのは、今から三年前、大学四年生の時でした。当時、私が在籍していた大学には、二つの坐禅の会があったのですが、この擇木道場に縁のある「清風会」という坐禅サークルでは、当道場の杉山呼龍さんが指導されていました。大学三年の春に初めて清風会を訪れ、何回か道場の摂心会に参加した後、一年後、大学四年の春に入門することになったのですが、今思い返せば、私が入門した動機には、いくつかの理由があったかと思います。今日は、当時のことを思い出しながら、私が入門に至るまでの道筋を、お話しさせて頂きたいと思います。
 私が入門に至った動機は、大きく分けて二つあるように思います。まず一つめは、失恋による傷心と、もう一つは、大学一年の時に父が亡くなったこと。この二つが色々な形で絡み合って入門に至ったように思います。父が亡くなったことはさておき、失恋が入門の動機となると、なんだ、ずいぶん軟派な理由だな、と思われる方もいるかもしれませんが、私なりに、真剣に悩んだ結果のことでしたので、そうなるまでのいきさつをお話しさせて下さい。

 平成12年の春、私が一浪しながらも、晴れて第一志望の大学に合格して、家族や親戚も皆喜んでいる中で、私の大学生活がスタートしました。新しい環境の中、かすかな期待とともに始まった大学生活でしたが、不幸なことに、入学してまもなくの六月、父が急病で亡くなってしまいました。 私のうちは一人っ子で、父と母は共働きで、母はいわゆる男勝りのキャリアウーマンといった感じでした。ばりばりと仕事をこなし、勝ち気な性格だった母が、父が亡くなったとたん、プツンと糸が切れたように、落ち込み、弱々しい人になってしまいました。
 母は精神的にも不安定になり、一緒に病院に通い、薬を服用している時期もありました。私は、それまで、仕事はしても家庭は顧みない母と、父と母の冷め切った家族関係に嫌気がさし、大学にはいると同時に家を出ようと考えていたのですが、母の変わり様をみて、そうすることもできなくなってしまいました。そうして、やむを得ず、自宅での母との二人暮らしをすることになりました。そんな中、大学で同じ授業をとっていた女性と知り合いました。彼女は、大学入学当初からの友人で、私と同い年なのですが、とても思いやりがあり、賢い女性でした。父と母の話や、今の僕の心境を、涙を浮かべながら、親身になって聞いてくれ、そうして一緒にいるうちに、やがて交際することになりました。

 彼女は、読書家で、教養もあり、入学当初からキリスト教に関心を持っていました。また僕も、父と母のこともあって、はじめはごく何となく気が向いて、大学の近くの教会に通うようになりました。はじめは何となく通っていた教会だったのですが、教会で牧師さんの話を聞いたり、授業でキリスト教について学ぶうちに、次第にキリスト教に対する関心が深まり、また、父と母のこととも結びついて、足しげく教会に通うようになりました。教会に彼女と一緒に通い、礼拝に参加して、亡くなった父や、苦しんでいる母のことを祈り、彼女もまた、僕と僕の母のために祈ってくれました。それから、半年か、一年ほど教会に通い、彼女との交際も深まっていったのですが、しかし、次第に、僕は、キリスト教の考え方に疑問を抱くようになっていきました。教会の人は、皆、親切で、親身になって母の話を聞いてくれるのですが、教会に通い、母と離れたところでいくら祈っても、それがいったい母のためになんになるのか、という疑問が湧いてきたのです。

 「いくら祈っても母はよくならないし、そんなことでは誰も救われない。」 そんな思いを抱くようになり、ある日、彼女と、考えの違いから口論になり、僕が言った一言が、彼女を深く傷つけてしまい、それをきっかけに、彼女とは交際を終えることになってしまいました。父が亡くなってからずっと、私を支えてくれた彼女と別れることになり、私は精神的に大きなショックを受けました。初恋だったこともあり、もともと自分自身も精神的に不安定な部分もあったので、心身ともに、かなり不安定な状況に陥ってしまいました。「この人なら一緒にやっていける、一緒に母と三人でやっていける」などと、淡い期待を抱いていたため、その分、失ったときのショックも大きく、相当苦しみました。

 そんな時、中高の同級生で、たまたま同じ大学に通っていた友人から、宗教の誘いを受けました。その友人は、一家で、立川にある仏教系の、某新興宗教を熱心に信仰していました。私は、失恋の痛手と、母をどうにかしたいという思いから、すがるように、その友人に導かれるまま、立川に足を運びました。そこでも、やはり、某宗教団体の方は、親切に話を聞いてくれましたし、何よりその友人は、本当に親身になって話を聞いてくれました。父を亡くして、母は人が変わってしまい、一緒にやっていこうと思っていた恋人まで失ってしまった私は、本当に苦しくて、次第に、「自分はもう人並みの幸福では満足することができない。何かもっとほかに、母や自分が救われる道はないのか」と思うようになり、何かを求めずに居られず、そのお寺に通うようになりました。

 はじめは、友達に言われるままに熱心に活動していたのですが、お寺に通ううちに、そのお寺の方から、霊界や御霊言、因縁などという話を聞き、そういった言葉に、次第に疑問を抱くようになりました。しかし、疑問を感じはしたものの、自分はもう何かを求めずにはいられないという気持ちがありましたから、そのまま修行を続けていました。ところが、さらに修行を続けていくうちに、やがて、お助けという話が出てきました。お助けというのは、自分が修行を進めるにあたって、次の段階に進むために、そのお寺に、何人かの人を導かなければならいというもので、いわゆる、宗教勧誘と呼ばれるものです。これには疑問を感じたものの、でも、そうするしかないのならば、という思いもありました。しかし、私は、自分だけ修行するのではなく、母も一緒に修行をして、母にも救われてほしいという思いがありましたから、母が宗教勧誘をしている姿を想像してみました。そして、母がうまく人を誘えずに、落ち込んでいる姿を思い浮かべると、なんだかどうしようもなく悲しく、虚しい気持ちになりました。自分だけがそのような苦労をするならまだしも、母親にはとてもそんな思いはさせられない。そもそも、冷静に考えてみれば、修行をするにあたって、まずはじめに、自分自身が修行をして、喜びを得て、その喜びを人に伝えたいという思いから、人に勧めるというのが本来の道理であって、何もわからないうちから、他人に勧め、人を導かなければ修行が進められないというあり方は、どう考えてもおかしい。そう思うようになりました。そのような思いから、だんだんとそのお寺に対して疑問を抱くようになっていきました。

 そんな中、当時、私は、大学で文学部に在籍しており、宗教や哲学の授業などもあったものですから、授業を通して、色々な思想に触れる機会がありました。私はその中で、たまたま友人の紹介で、エックハルトというキリスト教の宗教哲学者の著作を購読する授業を受けました。そのエックハルトの思想は、禅に非常に近いと言われていて、はじめはそのエックハルトを通して、禅の考え方に触れました。また、一方で、友達と哲学の勉強会なども開いていて、その中で、当時私が学んでいたフランスのバタイユという哲学者の本の中に東洋の禅が紹介されていました。そのバタイユという哲学者は、自身の体験と東洋の禅の体験が非常に近いものであると解説していたのです。その本の中には、長年修行したが見性できずに、修行をあきらめ、師匠の墓の墓守をして暮らそうとした修行僧が、ある日、墓掃除をしていたときに、自分が投げた小石が、木に当たり、その音を聞いて見性したと言う話が書いてありました。その後には、見性の喜びがつづられていたのですが、私はそれを読み、まだ良く分からないながらも、なんとなく、「もしかしたら、これなら…」という思いを抱いたのです。 そこには、キリスト教の博愛精神や、新興宗教の迷信的なものに対する信仰心などとも違った、もっと別の、新しい可能性があるように思えました。

 そうして、大学三年の春、サークルの紹介誌を見て、初めて清風会に足を運び、そこで杉山呼龍さんに出会いました。呼龍さんから、禅の基本的な指導を受け、座禅会が終わると、みんなで食事に行き、そこで呼龍さんから禅の話を聞きました。そうして間もなく、呼龍さんに紹介された択木道場の一日座禅体験会に参加し、そこで当道場で長年修行されている妙恵さんの講話をお聞きしました。妙恵さんは、ご自身の体験から、見性の喜びについてお話しされ、そのお話に私は、強く心を惹かれました。目の前に禅の修行をされ、見性をし、その喜びを語られている方がいるのを見て、「本当にそういうものがあるんだな。そういうものを求めていいんだな。」と思い、強く心打たれたのを覚えています。そうして、その後、何回かの摂心に参加するうちに、禅への気持ちも高まり、また、自分なりに感ずるところもあって、当道場に入門することを決意しました。

 一緒に某宗教団体のお寺に通っていた友達には、正直に事情を説明し、もうそちらのお寺には足を運ぶことができません、と自分の思いを伝えました。とても親身になって私のことを考えてくれた友達ですし、また、一時は私もそのお寺でやっていこうと思っていましたから、断るのは本当に心苦しく、申し訳なく思いました。しかし、「自分の人生だから、本当に自分の納得できる道を」と思い、思いを決めて、入門を致しました。
 これが、私が入門に至るまでの大まかな流れです。入門してから、色々と苦労はしましたが、今は禅に出会え、ここでこうして修行できていることを、本当にありがたく思います。修行を進める中で、得るものもあり、そのときは、本当に、今まで自分が背負ってきた苦しみや悲しみが洗われるような喜びを感じられることもありました。

 ところで、今日ここには、入門されていない方も見えているようですが、皆さんは、どのような動機で足を運ばれているのでしょうか。理由はきっと、人それぞれだと思います。 何となく、禅の看板を目にして、行ってみようかなと思った方、人間関係に悩んで足を運ばれた方、心身に病を抱えている方もいるかもしれませんし、大切な人を亡くして苦しんでいる方もいるかもしれません。特に日常生活に問題はないのだけれど、何か毎日が物足りない、心が満たされない、と思っている方もいるかもしれませんし、また、もしかしたら私のように、失恋の痛手からという人もいるかもしれません。 本当に、理由は十人十色、人それぞれだと思います。しかし、自分のことを振り返ってみても、どういう理由だから正しいとか、正しくないとか、そういうことはないのかと思います。禅には、「大道無門」という言葉があります。「大道」、つまり禅の道というものは、門がない。要するに、入り口などは人それぞれで、どのような理由から、どのような動機から修行を始めようとも、間違った理由などはないということなのではないかと思います。

 道場の方のお話を少しだけさせて頂きますと、私が、先ほど紹介した杉山呼龍さんという方は、最近、仰月庵という庵号をもらわれました。庵号というのは、禅の修行を一通りすべて修められた方が頂くものなのですが、以前、お話を聞いたところによりますと、呼龍さんがはじめに禅を始めようと思った理由は、若い頃に持っていた、自分の「どもり」という癖のためだと聞いております。そういった、いわば自分の肉体的なコンプレックスから始められた方も、長年修行を続けるうちに、禅の修行をすべて修められたのです。 また、現在、老師をされている(老師というのは、修行をすべて終えられ、修行者を指導する立場にある方のことですが、)葆光庵老師という方がいらっしゃいますが、その方が以前、私達の大学の禅サークルに来て、禅を始められた動機についてお話しして下さったことがあります。老師は、若い頃に入門されたのですが、当時、勉学がなかなか思うように行かず、また、同じ学校の学友との人間関係にも悩み、「勉強以外に、何かもっと他に、本当の意味で、人間を測る尺度(ものさし)になるようなものはないのだろうか」という思いから、禅の門を叩いたというお話を聞いたことがあります。

 昔の禅の修行者は、本当に深刻な悩みから、断固たる決意を持って禅の修行を始めたと聞きます。例えば、戦時中などは、いつ戦争にかり出されるか、明日生きるか死ぬかもわからないというような人たちが、自分の生命の不安にかられ、生き死にの問題を解決するために、禅の修行をしたという話をよく聞きます。しかし、現代では、そのように、生きるか死ぬかといった、切迫した問題に行き当たる場面はあまり多くありませんから、そのような理由で禅の修行を始められる方は、それほど多くないのではないかと思います。 しかし、どのような理由であっても、入門した後に、真剣に修行して、必死になって努力すれば、禅の道で大成することができると言うことなのではないでしょうか。

 私も、はじめは禅のこともよく分からず、昔の人に比べればたいした動機ではなかったかもしれませんが、今は、自分の選んだ道が正しかったと、胸を張って言うことができますし、また、禅との縁に結ばれ、本当によかったと心から思います。禅には、「うたた登ればうたた高し、うたた入ればうたた深し」という言葉があります。それは、「はじめはよくわからず、何となく始めた禅の修行であっても、中に入って真剣に修行をしてみると、例えば見上げても頂上の見えない山のように道は高く続いていて、のぞいても底を見ることができない谷のように奥が深い。」というようなことだと思います。そしてまた、道が高く、奥が深い分、得るものも大きいのだと思います。 ですから皆さんも、たとえもし、最初は禅に対してそれほど強い思いを持っていなかったとしても、入門をして、真剣に修行し、努力し続ければ、きっと、禅に出会えてよかった、やってよかったと思える時があるはずです。ですから、どうかこの縁を大切にして頂き、今回の話を機に、「自分も禅を真剣にやってみようかな」と、少しでも思って頂けた方がいたとしたら、私としても大変ありがたく思います。 少し長くなりましたが、これで、今回の私の話はおしまいです。ご清聴ありがとうございました。 
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