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擇木道場

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両忘協会標識  高ヒット
2012/4/22 23:34 投稿者: 擇木道場 (記事一覧) [ 1838hit ]
これは人間禅になる前の団体である、「両忘協会」の標識です。
天王寺のほうにあったものを、道場の前まで持ってきたそうです。
(かなり重かったとか・・・)

現在は、擇木道場の向かって右側の一番、端に置いてあります。

両忘協会碑
 
  この石碑は、大正14年に創られここに据えられたものである。この碑の由縁について以下に簡単に紹介する。

円覚寺派第2代管長楞伽窟釈宗演老師の法嗣、両忘庵釈宗活老師は、明治34年、日暮里のご隠殿坂下に、両忘会を師命により再興した。最初の両忘会は、明治8年に、円覚寺派初代管長蒼龍窟今北洪川老師を盟主として、奥宮慥齋、山岡鉄舟、中江兆民らによって、当時希有であった一般人対象の禅会として創られている。

両忘庵老師が再興された両忘会には、平塚らいてうや、また後に大徳寺管長になられた後藤瑞巌老師(当時は後藤宗碩)などが参加していた。

その後大正4年に、同じ日暮里のこの地に両忘会会員田中大綱居士が一宇の禅堂を寄進し、両忘庵老師が択木道場と命名された。この択木道場には、多数の居士、禅子が来参し参禅弁道した。人間禅創始者の耕雲庵立田英山老師もその一人であり、大学生時代からこの択木道場で両忘庵老師に師事して修行し、昭和3年5月に在家者のまま嗣法し、両忘老師を輔けて大法を挙揚された。

両忘会は、大正14年財団法人「両忘協会」、昭和15年「両忘禅協会」と名称の変遷があった後、昭和24年、耕雲庵立田英山老師によって「禅による人間形成」という新しい理念が打ち出され、宗教法人「人間禅教団」が創設され、現在ここは人間禅択木道場となっている。

明治8年創設の両忘会以来の在家禅の歴史を持ち、大正14年設立の両忘協会を経て、現在この人間禅択木道場は、大東京における人間形成の坐禅道場として、禅を求めるあらゆる人々の修行道場として門戸が開かれている。
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