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擇木道場

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擇木ブログ - 最新エントリー

善財童子

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座禅ブログ
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擇木道場 2017/1/13 0:07
 
仏教講座<第5回>「『華厳経』を読む① 一一の微塵の中に一切の法界あり」が1月29日(日)にございます。
今回は華厳経ということで、仏教講座<第5回>のパンフレットを見ると「少年がいろいろな人に教えを請いながら成長していくストーリーの中に、仏教の重要な教えをちりばめ、人間形成の段階を示していきます。」とあります。
 
この少年というのは「善財童子」の事で、華厳経の末尾を飾る『華厳経入法界品』という経典に登場する主人公です。
この経典は物語になっていて、自分の愚かさに気づき、悩む若者が文殊菩薩に菩薩の道を教えてほしいとお願いすると、旅をして人に会うように勧められます。
そして、総勢53人の人々に会い、最後の普賢菩薩の元で悟りを得たというお話しです。
私は恥ずかしながらよく知りませんでしたが、仏教の世界では有名人です。
仏教関係の美術品として、絵巻物や彫刻などが多数あり、日本で見られるものとしては、
 
 安倍文殊院 快慶作「善財童子」(国宝)
 東京国立博物館 康円作・文殊五尊像の「善財童子立像」
 東京国立博物館 「華厳五十五所絵巻」
 
などが目につきます。
善財童子に関する美術品は日本のみならずアジアにも多数あり、遠いところではインドネシアのジャワ島にあるボロブドゥール遺跡にまで広がっています。
この青年の年齢は、15歳から18歳くらいではないかという意見が多いようですが、彫刻などの写真を見るともっと幼く見えるものが多く、とてもかわいらしい印象を受けます。
なんとなく「これは華厳経のマスコットキャラクターなのかな?」という印象を持ってしまいました。(笑)
 
これだけたくさんの美術品があるということは、それくらい人々に根付いている経典なのだと思います。
 
『華厳経入法界品』は善財童子の成長物語ですが、禅にかかわっている人で「成長物語」と言って思い浮かぶのが十牛図ではないかと思います。
この十牛図は牧童が牛を飼い馴らすのになぞらえていて、牛を悟り、牧童を修行者と見立て、牛を捜そうと志す少年が牛をとらえ、手なずけたのちに牛(悟り)にさえ囚われない自由で自然な存在となり…、というストーリーになっています。
パンフレットには「その教えは禅に色濃く受け継がれていきました。」とありますが、「華厳経入法界品」と「十牛図」がともに成長物語として語られているという共通性も華厳経が受け継がれている一つの表れではないかと感じました。
 
成長していくストーリーというのは人を惹きつけるものがあるように思います。
今の時代でも小説、映画、漫画などでも主要なジャンルではないでしょうか。
そんな人を惹きつけるストーリーだからこそ、善財童子の物語りも今に受け継がれ、多数の美術品も残っているのだと思います。
 
では、肝心の善財童子の物語りは…
続きは是非、仏教講座にお越しください。
私も一緒に勉強したいと思います。
お待ちしています。
 
◆仏教講座<第5回>のご予約は下記のURLからお願いします。
 
合掌
法照 拝
 
 
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 1月10日  火曜座禅会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/1/11 1:29

 今年初の火曜座禅会です。

火曜座禅会では、昨年秋から2炷香の座禅の後、道風庵老居士に
永平寺の開祖道元が留学を終えて洛南に道場を開いた頃、その学風を慕って
参じた懐奘が、日々の師の言葉を録した『正法眼蔵随聞記』を少しずつ
読んで頂いています。

今夜は第1の15「夜話に云く、祖席に禅話をこゝろえる・・・」のところ。
老居士のお話もまじえて簡単にご紹介します。


       -------------------

 夜話に言われた。禅門にあって禅話を心得る習わしとして教えている
ところは、自分がもとから知っていると思う心を次第に有徳の指導者の言葉
に従って、改めて行くことである。

例えば、釈迦や阿弥陀などが仏だと知っていても、指導者がガマやミミズを
仏だと教えるなら、その教えに信を持って、ガマやミミズこそ仏だと信じる
べきである。
禅門では、百尺竿頭を昇りきって、竿頭から手足を放ちさらに一歩進めよと
云われる。
己の知識理解に固執せず、本当に指導者の教えに従って命がけの努力をする
事が出来るか。
親鸞聖人は「たとえ地獄にまいらせても私は一向に構わない」といわれた。
道元禅師の言われた通りにやれるか!

       -------------------

火曜座禅会は毎週火曜の18時半からです。
皆さまのご参加をお待ちしております。  (秋香)
                            



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 年末からずっと快晴が続いています。今日も抜けるような空でした。
ここ谷中は、七福神めぐりで賑わっています。
2017年の女性部座禅会。 スタートです。


昨夜からお泊りの老師が面談をして下さることになり、初参加の4名の方と
いつも参加して下さるHさんが、老師の面談を受けました。
名古屋へ向かわれる前の分刻みの時間を、女性部のためにお使い下さった
のです。

今日は、しばらく見えず気に掛かっていた方も参加され、会員5名と共に
15名の静坐会。


1月から会員は毎日1炷香坐り、その坐り具合を自己採点して数息観評点表
に書き入れ、月末に老師にお目に掛けることになりました。

今日は、夕方もう1度道場に来ましたので会員と2人で暗めにした禅堂で
2炷香坐りました。
静かな禅堂でひっそり坐り続けますと、このままずっと坐っていたい気持ち
になります。

私は最初、座禅してるとどうなるのか、何処へ行くのかと思っていました。
初めていらした方にも、「最初は15分坐るのも大変ですが、毎日少しでも
坐ってみてください。自分がどう変わっていくか見てみて下さい。」と
申し上げます。

今日は、アメリカ・台湾・韓国の方も参加され、お抹茶をいただきながら
話題が豊富でした。


1月は、14日、21日は通常の女性部座禅会を致します。

1月28日は女性部勉強会で、9時半から『勝鬘夫人の告白』を読みます。
老師もご出席くださり、わかり易く禅について話して下さいます。
是非ご参加くださいませ。


最後になりましたが
今年もどうぞよろしくお願い致します。
そして皆様のご参加をお待ちしております。
                    (秋香)




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新年早々、仕事で初座禅会に参加できませんでした心印です。
せっかく葆光庵老師(ほうこうあんろうし)も応援に来ていただいたのに申し訳ないです。
 
前から、1月末に締め切りの仕事なので、スケジュールがきついのはわかっていたのですが、最初の週からこうなるとは思っていませんでした。朝の時点で今日は徹夜覚悟だなと思ったくらいです。
 
座禅会は法照さんをはじめ、香水さんや魁星さん、霊亀さんが応援に駆けつけてくれるとのことで、甘えてお任せすることにしました。
 
3連休なので休日出勤すればいいと思われるかもしれませんが、今はセキュリティが厳しくて休日にはお客様のビルに入れないのですね。私が新人の頃(約30年前w)は、お客様のビルだろうが、名前を書けば入館でき、鍵も開けられるくらい、今考えると有り得ないくらいセキュリティが緩かったものですが、今はお客様自身でもなかなか休日出勤できない時代です。
 
休日出勤できないってことは、金曜の夜はそのまま居座るってことになり、結局、徹夜になってしまうのです。もちろんビルから出ると入れなくなるので、夜20時までにコンビニでいろいろ買い込んで徹夜態勢を取ります()
 
お蔭で仕事も、まあここまでやっとけば何とかなるかなと言うレベルまではできました。でも1月末の締め切りまでは厳しいのは間違いないのです。
 
でも座禅のお蔭でどれだけ追いつめられても、それに巻き込まれて慌てて浮き足立つってことはなくなりました。追いつめられている自分と、客観的に見ている自分がいるって感じでしょうか? 
 
そして、主体は客観的な方なのです。慌てていても、慌てているなって感じることができる・・・それを慧日庵老禅子(えにちあんろうぜんこ)から、御者が馬車をコントロールできているんだと教えてもらいました。
 
普通の人は御者がいなくて、馬車が猛スピードで暴走しているだけなのですが、座禅をすると御者が機能しだすということなのです。
 
さて、去年の東京で夜一番遅い座禅会の後、勉強会をツイキャス(ネットの生放送)で放送したのをビデオに撮っているので、それを編集してYoutubeにアップしました。

 
「東京で夜一番遅い座禅会」では、座禅後にこういう禅の勉強会をしています。勉強と言うと固い感じがしますが、葆光庵老師が書かれた「座禅の効用」というのを読んで解説しています。
 
座禅を自己流でやっていると、数息観のやり方を間違ってしまうことがあります。例えば数を数えられずに、ストレスや、自分を責めてしまったりする人が時々いらっしゃいます。そうでなくても、雑念だらけになってしまう人もいるし、それは座禅の効果を上げられない原因になってしまい、道場に来られなくなってしまうのです。
 
今日の座禅はどうでしたか?と一言づつでもお話を聞くと、そういう方がわかるので、来られなくなる前に対処できないかなぁと思っています。文字でこう書くと上から目線のような気もしますが、そうではなく、座禅に効果があると思っていただきたいのです。
 
座禅は正しい姿勢と正しい方法(数息観)、そして継続によって必ず心は良い方向へ行くと思いますので、是非、道場へ来られて、座禅の話を聞いてください。効果が感じられない場合は、私や会員をつかまえて質問してくださいね。
 
心印 拝
 
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昨年の仏教講座を振り返って

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座禅ブログ
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擇木道場 2017/1/5 13:46
新年あけましておめでとうございます。
仏教講座を担当しています香水です。

昨年から始まった仏教講座に、人間禅会員の方、静座会会員の方をはじめ、毎回3~40名近くもの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。
スタッフ一同、あらためて御礼申し上げます。

本日は、私自身が、仏教講座にどのような思いを抱いているのかということについてお話したいと思います。

この講座は、人間禅の青年部を中心に、人間禅の特任布教師である慧日庵笠倉玉溪老禅子から、仏教の成り立ちや経典の基本的内容を学びたいという思いから始まったものです。

私自身、3年程前に、ある浄土真宗系の大学の通信講座で、仏教学という講座を受講したことがあります。そのころは、まだ禅と出会っておらず、実家が浄土真宗であったため、時々京都や築地の西本願寺に通っていましたが、ブッダの生い立ちや悟りを開くまでの過程を漠然と知っているという程度でした。そのため、通信講座のサマースクールで、初めて詳細にブッダの経歴や仏教の教えの基本的内容を学び、またインドにある仏蹟等の映像等も見ることができました。
しかしながら、その通信講座を担当していた講師は、自分は仏教徒ではなく、学問として仏教を研究していると公言されており、それ自体が間違っているわけではありませんが、仏教に関する知識は豊富でも、仏教の教えそのものを信じているわけではないということが言葉のはしばしに表れており、当時は浄土真宗門徒であった私が聞いても、到底納得のいくものではありませんでした。

その後、禅と出会い、自らがブッダの悟りを追体験していくという禅宗の修行が自分には合っていると気付き、坐禅や参禅弁道の修行を行うようになりました。頭でっかちな私には、考えないことは非常に難しく、公案を工夫するときにも、自分の頭の引き出しから、何かしら引出そうとする自分がおり、そのたびに鈴を振られていますが、その際に、何度も読み返すのが、立田英山老師がお書きになった「人間形成と禅」です。入門してすぐの頃は、何を書かれているのか非常に難しく理解できませんでしたが、その後、何度も読み返し、また公案が進むにつれて、少しづつ分かる箇所が増えてき、さらにその理解も深まってきました。「人間形成と禅」は、まさに私にとっての「座右の銘」です。

そのうち、「人間形成と禅」には、到るところで経典が引用されていることに気付きました。最初のころは、読み飛ばしていましたが、そのうち、やはり原典である経典そのものを読む必要があると思い始めました。
そのようなことを思い始めていたころに、慧日庵老禅子の仏教講座開講の話を聞きました。自分一人で経典を読み進めるのは困難ですが、老禅子にわかりやすく説明していただけるのであれば、こんなよい機会はないと思い、講座開講に向けて動きはじめたわけです。

講座を受講していつも感じることは、ブッダの教えを単に知識ではなく、自分の血肉にしなければ意味がないということです。坐禅をしている時だけ、あるいは公案の工夫をしている時だけというのではなく、24時間、常にブッダの教えとともに生きる、無意識に実践しているということが必要だと思います。常に、「正念の工夫、断絶するなからんことを願う」です。
仏教講座には、ブッダの言葉、経典の文言や背景等がわかりやすく解説されています。その内容は、1回2時間では収まりきらないほどの量ですが、何度も読み返すことで、経典の内容、さらには、「人間形成と禅」をさらに深く理解できるのではないかと期待しています。

仏教講座は、残り2回、1月と3月に開催されます。
これまで参加されていない方も、是非ご参加いただきますよう、スタッフ一同、心よりお待ちしております。

合掌 香水 拝
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座禅 それぞれのストーリー

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/1/5 0:02
心印です。
 
明けましておめでとうございます!!
今年もよろしくお願いします。
 
これはうちの猫のソラちゃん(後姿)です。
突然、何の脈絡もありませんが、お正月に帰省したって報告ってことでw

 
座禅会には既に予約が入っている状況ですが、毎年1月は大勢の方が来訪されます。1年の最初に何かを始めようと、いろいろ考え座禅を選ぶ方が多いのだろうと思います。
 
けれど・・・・2月、3月とだんだん減っていき、春まで続いている方はほとんどいらっしゃらないのが現実です。冬の道場の寒さ、あるいは期末や期初の慌ただしさ、にまぎれて、いつの間にか道場から足が遠のいていた・・・というパターンではないかと思います。
 
せっかく座禅を始められたのに、座禅しても効果が感じられない、貴重な時間を使って座禅しても何の役に立つのか?と、足が痛いだけ、苦行でしかないという感じなのだろうと思います。
 
でも、ここで少し考えてみてください。なぜ、あなたは座禅をしようと思いついたのか?を。何か求めるものが、座禅にあると思われたのではないでしょうか?
 
座禅にどんな効用があるのか? 金曜の「東京で夜一番遅い座禅会」では座禅後に老師の書かれた「座禅の効用」を読んで解説しています。その中で来られた方に理由を聞くと、「心を落ち着けたい」、「不安なので安心したい」、「ブレない心が欲しい」、「弱い精神をなんとかしたい」と口々におっしゃいます。
 
座禅に心をなんとかする効果があることは私が説明するまでもなく、皆さんご存知なのです、それはもう情報や知識としては・・・。
 
でも・・・心を安定させる、落ち着ける、ということが、1回や2回、座禅しただけで、まるで魔法のように解決できると思われるでしょうか?
 
いや、さすがに心の問題はそんなに簡単なものではないことは、すぐわかると思います。
 
本屋さんに行けば「5分でできる・・・」と言うノウハウ本がたくさんありますが、心の問題は本を読んだくらいで解決できるものではありません。
 
私自身が人間関係の問題は自分の心が悪いせいだと思って座禅を始めましたが、4年経って、少しはましにはなったかなぁ・・・とやっと言えるレベルです。でも4年前、座禅を始める前の私とは全然違ってきています。
 
確実に言えるのは、継続していけば心は必ずや良い方向に変わっていくことです。人によってペースはまちまちでしょうけど、その条件は続けることと、正しい座禅を身につけることだけですから、性格や性別、年齢、国籍などは関係ないのです。
 
是非、長く続けていただき、自分の心がなんとかなったと数年後感じて頂ければと思います。数年もかかるのか?と思われるなら、ペースを上げて毎週ではなく、毎日座禅をしてみてもいいかと思います。
 
毎日座ると、早い人なら一週間、遅くても1ヶ月くらいで少し変わってきたかな?と感じる方が多いようです。
 
今年は、是非、足が遠のいている方も、また座禅を再開してみませんか?
擇木道場では「東京で夜一番遅い座禅会」で待っています。
 
心印 拝
 

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木鶏

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座禅ブログ
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擇木道場 2017/1/1 13:27
法照です。
 
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
 
さて、2017年が始まりました。
今年は酉年ということで、酉にちなんだ話で始めようかと思います。
 
「木鶏鳴子夜」(木鶏(もっけい)子夜(しや)に鳴く)という禅語がございます。
私のような禅を始めて間もない者が禅語を語るのもおこがましいのですが、正直に言うと「酉にちなんだ話はないかな?」といろいろ調べている内にたまたまこの禅語に行き着きました。
どのように行き着いたか、と申しますと、かの大横綱双葉山が語った「われ未だ木鶏足りえず」という言葉がまず思い浮かび、調べるうちに行き着いた次第です。
この「われ未だ木鶏足りえず」は、双葉山が前人未踏の70連勝をかけた相撲に敗れたときに語った言葉で、有名な言葉なのでご存じの方も多いかと思います。
この木鶏の話は双葉山が学者の安岡正篤から学んだもので、元は「荘子」達生篇の中の話から来ています。
 
昔、闘鶏を育てる名人がいました。
王はその名人に自分の闘鶏を育てさせました。
ある日、王はその鶏を早く闘わせてみたくて「もう闘わせてもよいか?」と聞いたところ、名人は「まだ空威張りして強がっているだで闘わせることはできません」と答えました。
さらに10日後、また王は「もう闘わせてもよいか?」と訊ねると「まだだめです。他の鶏の姿や鳴き声に興奮して、まだ闘わせる状態ではありません」と断ります。
さらに10日後、王は訊ねますが、「気負い立っていて、まだ本物ではありません」と断ります。
そして、その10日後、名人は王に向かい「もう大丈夫です。木で作った鶏のように無為自然としているうになりました」と言ってその鶏を献上しました。
この話は、威張っている、強がっている人は本物ではなく、どんな時も泰然自若として無為自然でどっしりと構えていられる人が本当の強さだと教えています。
 
禅語の「木鶏鳴子夜」(木鶏は子の刻(午前零時)に鳴く)は、この荘子の話が元になっています。
なぜ子の刻になくのか?というと、「無為自然の鶏は深夜に鳴く」ということで、強い者ほど誰も見ていないところで努力を重ね、人前ではその片鱗を見せずにどっしりと構えている、ということだそうです。
 
擇木道場では、「心がぶれない生き方と禅」という講演会を過去に二度、テーマを変えて行っていますが、いずれも盛況でした。
座禅会にいらっしゃる方も、「心を落ち着けたい」ということが動機の方が多くいらっしゃいます。
動じない心を養いたい、というニーズは多くありますが、やはりなにかを成し遂げるためには日々の努力が大切ではないかと思います。
座禅で言えば、「一日一炷香」(一日に少なくとも線香1本(約45分)は坐禅をすること)
毎日の継続した積み重ねが木鶏に至る道ではないかと思います。
 
年も改まりましたし、なにかを始めるにはいい時期ではないかと思います。
なかなか毎日は続けられなかった方も、心機一転、一日一炷香を始めてみてはいかがでしょうか?
 
擇木道場は1月5日の木曜耳順会(木曜座禅会)から座禅会が開始されます。
自宅だけで座り続けるのも、なかなか難しいと思います。
是非、道場にもおいでください。
 
合掌
法照 拝
 
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人間禅創始者耕雲庵老師の人となりについての思い出

丸川春潭

 平成285月の本部道場での諸会議の中で、2年後の人間禅創立70周年記念を期して後世に何かを残すことをしようではないかと話し合った中で、東京支部の慧日庵笠倉玉渓老禅子から、人間禅の創始者である耕雲庵老師がお亡くなりになり今年で37年を経過し、耕雲庵老師を全く知らない人も多くなってきているし、老師の謦咳に触れた人も高齢になられているので、今のうちに耕雲庵老師の日常のエピソードを集めて思い出集を作りそれを残したらどうかという提案があった。常任法務会でも、評議委員会でも賛同を得て、現在進行中であり、そのサンプルとして小生の学生時代の思い出を綴ったので紹介します。

 ただ、老大師の思い出を時代順に書いて行こうとして、小生の学生時代から書き始めた。「その1」がそうであるが、23週間すると未だ学生時代の思い出がぽつりぽつり想い出されて、それをまとめたのが「その2」である。次は就職以降と思って1ヶ月ほど経った間に、まだ学生時代の思い出が出てきて、この「その3」になった。

(人間の記憶は、ぽつりぽつり想い出されるものであるから、インタービューを受けてさあ思い出を語って下さいとテープ用のマイクを向けられても直ぐには出てこないものであることが判った。)

 

耕雲庵老師の思い出 その3.S34S38(小生の学生時代の思い出-3)

耕雲庵老師のご入浴は、夕食前が定例であり、お入りになってしばらくしてザーッと音がして浴槽から出られたのを外で窺っており、その音で浴槽を出られたと見計らって、「お背中をお流ししましょうか?」とお声を掛ける。オーという返事を待って、上半身裸で半パンツの格好で浴室に入り、老師の差し出されるタオルを受け取り、それで背中をお流しするのであるが、ここでも新米の侍者に背中の流し方の基本をお教えいただいた。

 老師云く、「最初は、石鹸で体の表面の油をヘミ(ドイツ語の化学?)の作用で取り、その石鹸を完全に洗い流したあとに、固く絞ったタオルで、今度はフィジカルに(物理的に)垢すりをするんだ。そのやり方は毛に逆らって尻から徐々に上に向かって首まで擦り上げて行くんだ!」こういうような調子で教えていただいた。

(後年、第二世総裁妙峰庵老師には松戸の銭湯で詳しく小生が背中を流して頂きながらお教えいただきましたが、最初の手解きは耕雲庵老大師からお教えいただきました。また、磨甎庵老師には、背中流しのあとの肩のもみ方について詳しく教えていただきました。)

 

中国支部摂心会期間中の散歩から帰られて、侍者ちょっと来いとお声が掛かり、「どこどこに見事な夏蜜柑がたわわに成っているので、一枝貰って来い。儂はそれで絵を書きたいのだ。」と云うことで出かけました。立派な門構えのお屋敷で、高い土塀の上から大きな夏蜜柑の木が見え、黄金色で夏蜜柑がなっていました。大学生の小生に取っては、未だ経験したことのない命題で、深閑と静まりかえったお屋敷を前にして怯みましたが、師命ですから勇を鼓して呼び鈴を押したものでした。老師にはにっこりしていただきましたが、良い経験をさせていただきました。

熊本の摂心会の放参日に阿蘇に一行庵老師(当時は中村義道居士:熊本支部の侍者、外科医)の運転で出かけたとき、オートバイの若者が後ろに女の子を乗せてかっこよく通り過ぎるのをご覧になって、「儂も若かったら、珠月を乗せてあれをやりたいなあ!」と。

九州からの帰路の車中で、鳥取の砂丘の話になり、「風紋のある砂丘に珠月を歩かせて写真を撮りたい!」と独り言のように仰られました。(若い学生の小生に、この類いの惚気のようなうらやましい話をさりげなくよくされました。)

中国支部の支部長が岡山で名の通った作家数名の茶碗展があるから、侍者はご案内しろということで、ご案内しました。老大師は心経茶碗を沢山作られた23年後のことでした。見終わって帰り際に、どうでしたかとお尋ねするとぶすっと難しい顔をされて、こんなに茶碗をわざとヘコませたり、歪めたりしているのは良くない!茶碗のゆがみは、普通に丸く作っても炉の中で自然にゆがみ、それが風情となって良いのであって、作為的に歪めているものは駄目だ!」とご機嫌斜めでした。(ことほど左様に、とにかく自然を大切に、人工的作為を嫌われました。)

どういう状況でのお話だったか定かでなく、ひょっとすると中国道場での提唱だったかも知れませんが、「儂に相見したかったら、本部道場の内路地を見ろ!」と云うお話で、特に水の流れが庭全体でどういう流れにしているかなどご自分で設計して綿密に工夫されて作られたようです。自負と思い入れのある内路地は塾生でなければ掃除をさせないお触れも出ていたようです。(耕雲庵老師に相見するつもりで、じっくりと内路地を散策下さい。そして原型を崩さないようによく手入れをして後世に伝え残さねばならないと思います。)

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12月23日 金曜座禅会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/12/28 0:08
法照です。
 
1223日の金曜座禅会ですが、クリスマスイブ前日、三連休初日ということで、参加者は少ないだろうと予想はしていましたが、一般の方3名と会員4名という参加でした。
私は一昨年の2月からずっと参加していますが、こんなに少ないのは初めてでした。
 
座禅の後は勉強会ということで、いつもは先輩方が仕切っていて、私は一緒に聞いているのですが、今日はいろいろあって私が進めることになりました。
いつも心印さんは総裁老師がお書きになった座禅の効用を読んで解説されていますが、私はそんな難しい話はできないので、座相について、自分なりに考えて工夫してきたことをお話しさせていただきました。
前半は一通り、座り方の基本などをお話しさせていただいて、後半はデジカメを使って撮った自分の座相をタブレットPCでチェックしながら工夫していただくということをやってみました。
これが結構盛り上がりました。
 
その時撮ったのが下の写真です。
                                   
  座禅会中の写真 座相のチェック1回目 座相のチェック2回目 
  
  奥がMさん
  手前がNさん
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 
「座禅中の写真」は、勉強会の前の座禅会の時に撮影したものです。
奥のMさんが3ヶ月、手前のNさんが1年以上座禅会に参加されて座っていますが、自分の座っている姿をこうして写真で見るのは初めてということでした。
お二方とも自分の座相を見て、「こんな姿勢だったんだ!」(Nさん)、「俺、力はいってるな」(Mさん)と、驚いていらっしゃいました。
「座相のチェック1回目」は、前半の説明を聞いた上での内容を意識して座ってもらいました。
「力が入ってる」とおっしゃったMさんは、少し力が抜けてきています。
Nさんは、前半の説明で両膝とおしりで作られる三角形の中心に重心を置くという話をしましたが、座禅中よりやや重心が前になって来ています。
「座相のチェック1回目」が終わって、タブレットPCで表示した自分の座相を見ながら皆でアドバイスをして、再度工夫していただいて撮影したのが「座相のチェック2回目」の写真です。
Mさんは、最初、一番上のの座布団を折らずに使っていましたが、最後は2枚目も折って高くして座りました。
「座相のチェック1回目」より座相がよくなっているのがわかると思います。
Nさんは「座相のチェック1回目」で少し固かったので、2回目は力を抜くことを意識されたのだと思います。
1回目よりはゆったりした感じがします。
皆様、自分の姿を写真で見てチェックできたのはわかりやすくてよかったようです。
 
ちなみに、下記は会員3人の座相です。
                         
  


  

  


  

  


  

  

翡翠禅子
  

  

法照
  

  

心印居士
  

(法照と心印居士の写真は、向きを合わせるために反転してあります)
 
翡翠禅子は座禅歴3ヶ月です。
心印さんにアドバイスを受けて、だいぶ変わりました。
私(法照)は、写真を意識しすぎて肩の辺りに力が入ってますね…
座禅歴5年以上の心印さんはさすがです。
 
いかがでしたでしょうか?
今回の試みは好感触でしたが、人数が多いと難しいのが難点です。
しかし、また参加者が少ない時にでも実施できればと思っています。
 
法照 拝

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 12月24日   女性部静坐会

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座禅ブログ
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擇木道場 2016/12/26 3:30

風も空気も冬そのもの。
でもしっかりとした日差しが禅堂の中まで差し込んでいました。

今年最後の女性部静坐会でした。

多摩センターからいらっしゃった方を迎え、10名で坐りました。
歳の最後に、常連の方々と坐れるのは幸せなことです。

この秋から、30分2回の座禅の休憩時間に、座禅の仕方について書かれた
ものを読んで、皆さんに坐り方の再確認をしていただいています。
そのせいか、前半に比べ後半では坐相が良くなります。

座禅後のお抹茶を頂きながらのおしゃべりも、皆さん忌憚なく
思いのたけを話して下さるようになりました。


私にとって、年の瀬はかなり厳しいものでした。
身体も心も忙しいと、重心が上の方に行ってふわふわします。
「時間を使え。」といわれるのに、時間に使われます。
どうにもこうにも落ち着かない。
自分を持て余してる時に坐っていたら、大事なのは何かに気づきました。
力の及ばないことまでは考えず、この一つの事にあたる・・・
   (なんか判じ物のような話になってしまいました)



今日、読んで頂いた「わずかな梅花の香り」に

               ・・・・・・・・・・・・

座禅というものは、自らが人間として本来持っている心の真実のすがたを
取り戻し、その香りを発揮させるものといってよいのです。
それは梅の枝の茶杓が、長い歳月の間使われ、磨かれて本有の絶妙な光を
出してくるのに似ています。
人間の心が風雪にあい、琢磨されて心のもつ徳の香りを発露してくる、
禅とはそういう修行なのです。

          ・・・・・・・・・・・
と、書かれていました。


今年もたくさんの方においでいただき、何人かの方が坐り続けて下さって
います。ほんとに嬉しく、有難いです。

新年の女性部静坐会は、1月7日にスタートいたします。
皆さまのご参加をお待ちしております。

どうぞ良いお年をお迎えください。    秋香




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