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擇木道場

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擇木ブログ - 最新エントリー

私は雑巾?

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/1/19 18:26
年末の徹宵座禅会が終わって、年末年始の慌ただしさも一応過ぎたところですが、今度は早くも次の摂心会です。この前の摂心会では、個人的には「なりきる」事が課題というか、難しいというか、興味深い点でした。
 
人間禅に入会した頃、摂心会での作務で、[なりきるって?]と、先輩に尋ねたところ、「雑巾になりきる!」とのお返事。「え~、私は雑巾か?」と???が、頭の中をぐるぐる巡ったことを覚えています。
 
禅の世界では、日常の作務をとても大事にします。生活すべてが、「今、ここ」の修行の機会となるからです。(と、理解しています。)
止と観が切り離されず、その作業に全身全霊を込めて取り組みつつ、溺れず、観察(覚醒)していること。
私が禅とは縁の無い暮らしをしていた頃、庭の草むしりをしながら、次々湧いてくるどうしようもない感情を持てあましたり、想念を振り払おうと、体力の限界まで頑張ってその爽快感で、自分を一時的に誤魔化したりと、何と無駄な不毛な時間を費やしていたのかと、今思うと呆れるばかりです。
 
数息観を習うようになり、こうして頼りない足取りながら何年か続けて行く内に、無駄な感情に振り回されることも少なくなり、心が徐々に軽くなっている今日この頃です。
雑巾になりきるって楽しいですよ!
 
先ずは、一緒に坐ってみませんか?
お待ちしています。
 
妙玲拝
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こんにちは。泉 玉水です。

 

身を切るような寒さの毎日ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

泉家では、今日も中三の長女が、短く折ったスカートをはき、筋肉質な太ももを出してでかけていきました。

 

私は子供の頃、母や祖母から、そんな恰好をして寒くないのかと、よくあきれ顔で言われていました。

いつの間にか、私もあきれ顔をする方の一員のようです。

 

 

 

さて、今回の禅フロンティアの内容は、前回に引き続き、LGBT(性的マイノリティ)と学校教育についての内容です。

 

実際の学校現場でどのような問題がおこっているのか。

思春期の子供たちのセクシュアリティに焦点を当てながら、

生きづらさを感じている子供たちに対して

私たちはいったいどのような態度をとれば良いのか考えてみたいと思います。

 

---【内容】---------------------------------------------------------

68回 禅フロンティア:「性の多様性」と「禅」

人間の性は何通り? セクシャリティについて考えて見よう

--------------------------------------------------------------------

 

 

ゲストにお迎えする津吹先生は最初は教員として、その後は相談員としてずっと教育の現場に身を置いて来られました。

子供たちの悩みの相談を受ける中でその中に潜む性の問題に注目され、

相談業務の傍ら、性教育の専門家として学会活動や講演活動を行っておられます。

 

今回のフォーラムではまず、「人の性を決める 4 つのセクシャリティとは何か?」という問いが発せられ、

参加型アクティブラーニングの形式で、セクシャリティについての理解を深めていきます。

 

後半では、「もし、性的マイノリティの当事者から相談されたら、あなたはどうしますか?」という問いに対して、

それぞれのセクシュアリティごとの事例を元にグループワークを行う予定です。

 

私たち、禅に関心を持ち、禅を学び行ずる者は、他者の悩みを我が事として生きていきたいものです。

 

今回のフォーラムでは性の多様性をテーマにしながら、私たち自身の生き方にまで踏み込んでいけたらと思っています。

 

<講師>津吹哲男 

演者略歴

千葉県教育庁東上総事務所嘱託教育相談員、千葉県公立中学校スクールカウンセラー、千葉思春期研究会理事、

日本思春期学会性教育認定講師、思春期保健相談士

司会: 光永道虔(医師 禅修行歴29年)

 

 

 

 

---【内容】---------------------------------------------------------

68回 禅フロンティア:「性の多様性」と「禅」

人間の性は何通り? セクシャリティについて考えて見よう

--------------------------------------------------------------------

 

126日(土)

受付:14時30分

フォーラム:15時から16時45分 (お時間おまちがえなくお越しくださいませ。)

座禅会:17時~18時15分

費用:2,000円 ※初めて座禅をされる方は指導料として別途500円(テキスト代含む)

場所:人間禅擇木道場 日暮里駅南口徒歩3分

 

 志ある方は一般の方でも正脈の師家(老師)に参じることができます。

ご希望の方はスタッフまで


予約
/jump/frontier_info.html?v=67



ニュース

/jump/frontier_reserve.html?v=67

 

 

----------------------------------------------------------------------




本日も最後までおつきあいくださり、ありがとうございます。

ご一緒できます事を、楽しみにしております。

玉水 拝

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路遙かにして馬の力を知る

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2019/1/18 1:00
路遙かにして馬の力を知る
春潭 
 
 人間禅の創始者耕雲庵英山老師が喜寿の時に小生は「路遙知馬力歳久識人心」(路遙かにしてその力を知り、歳久しくして人の心を識る)という漢詩の書を拝受し、今 目の前に掛け軸として掛かっています。
 拝受した時期は、小生が20代の後半で50年前のことです。耕雲庵老師は喜寿以降の晩年にこの詩をよく書かれているようです。
 頂いてから50年近く経過した最近になってからこの詩が非常に近しい感じに思えてしばしば床に掛けるようになりました。振り返ってみれば、まさに老大師がこの書を書かれた年に自分がなってはじめてその示唆するところが噛みしめられるようになったということに最近気がつきました。
 上の句の意味は、近いところでは徒歩で行っても大したことはないが、数十キロにもなると馬に乗って行く有り難さが初めて判りだすというくらいな意味であり、下の句もその調子に乗って年を重ねるほどに人の心がよく判るようになったというのです。当然この詩の作者も下の句が云いたいが為に、その比喩形容として上の句を持ってきたと考えるべきでしょう。
 最近この軸に惹かれるのも、当然ながら下の句の「歳久しくして人の心を識る」であり、それが何を意味しているかが若い頃には判らなかったということもこの下の句に対してです。
 耕雲庵老師は30才前半で師家分上になられるという五百年間出の英才であり、この詩を書かれ出した喜寿までに師家の任に付かれている年数が40年以上になるという大宗匠です。こういう耕雲庵英山老師が、「歳久しくして人の心を識る」を書かれる。小生のような凡才とは月にスッポンというか高嶺の月を仰ぎ見るようなお方でも、この年になって初めて識ることがお有りであったということであります。すなわち老大師のような若い頃からできあがったような方も未だこの年で境涯が進んでいるということなのです。そのように小生は拝察し感動するのであります。(つづく)
 

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こんにちは。泉 玉水です。

 

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

とても寒い日が続きますね。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

私は、年明け実家に帰省し、両親とお茶をのみ楽しい時間を過ごしました。

年老いた両親ですが、元気な姿を見ると安心し、また東京でがんばろうと力が湧いてきます。

 

みなさんは、どんな年はじめを過ごされましたか?

 

あなただけのストーリー、大切に、丁寧に生きていきたいですね。

 

 

さて、今回の禅フロンティアの内容は、前回に引き続き、LGBT(性的マイノリティ)と学校教育についての内容です。

 

実際の学校現場でどのような問題がおこっているのか。

思春期の子供たちのセクシュアリティに焦点を当てながら、

生きづらさを感じている子供たちに対して

私たちはいったいどのような態度をとれば良いのか考えてみたいと思います。

 

思い出せば、私が通っていた中学(20年以上前)、同級生にLGBTの彼がいました。

 

いつも女子と一緒に行動していて、わいわいと楽しそうに過ごしていた姿を思い出します。

いじめのような事はなく、環境には恵まれていたと思います。

 

子供は時に残酷なもので、周りと違った人に対して、理解を示さず、好奇の視線を思い切りぶつけてくるものです。

そして思春期に入れば、制服で男女を区別され、男女別々の授業も増えてきます。

 

私の知る彼も、明るく気丈に乗り越えていましたが、今思えば、周囲に言えない悩みを多く抱えていたことでしょう。

LGBTに関心が高まってきた今だからこそ、あの時の彼の大変さを感じる事ができます。

 

どこにも居場所がないと孤独感を感じていたのではないか?

自分を否定したい気持ちに囚われる時があったのではないか?

 

そう思うとぎゅっと心が締め付けられます。

 

---【内容】---------------------------------------------------------

68回 禅フロンティア:「性の多様性」と「禅」

人間の性は何通り? セクシャリティについて考えて見よう

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ゲストにお迎えする津吹先生は最初は教員として、その後は相談員としてずっと教育の現場に身を置いて来られました。

子供たちの悩みの相談を受ける中でその中に潜む性の問題に注目され、

相談業務の傍ら、性教育の専門家として学会活動や講演活動を行っておられます。

 

今回のフォーラムではまず、「人の性を決める 4 つのセクシャリティとは何か?」という問いが発せられ、

参加型アクティブラーニングの形式で、セクシャリティについての理解を深めていきます。

 

後半では、「もし、性的マイノリティの当事者から相談されたら、あなたはどうしますか?」という問いに対して、

それぞれのセクシュアリティごとの事例を元にグループワークを行う予定です。

 

私たち、禅に関心を持ち、禅を学び行ずる者は、他者の悩みを我が事として生きていきたいものです。

 

今回のフォーラムでは性の多様性をテーマにしながら、私たち自身の生き方にまで踏み込んでいけたらと思っています。

 

<講師>津吹哲男 

演者略歴

千葉県教育庁東上総事務所嘱託教育相談員、千葉県公立中学校スクールカウンセラー、千葉思春期研究会理事、

日本思春期学会性教育認定講師、思春期保健相談士

司会: 光永道虔(医師 禅修行歴29年)

 

 

 

 

---【内容】---------------------------------------------------------

68回 禅フロンティア:「性の多様性」と「禅」

人間の性は何通り? セクシャリティについて考えて見よう

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126日(土)

受付:14時30分

フォーラム:15時から16時45分 (お時間おまちがえなくお越しくださいませ。)

座禅会:17時~18時15分

費用:2,000円 ※初めて座禅をされる方は指導料として別途500円(テキスト代含む)

場所:人間禅擇木道場 日暮里駅南口徒歩3分

 

 志ある方は一般の方でも正脈の師家(老師)に参じることができます。

ご希望の方はスタッフまで


予約
/jump/frontier_info.html?v=68



ニュース

/jump/frontier_reserve.html?v=68

 

 

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本日も最後までおつきあいくださり、ありがとうございます。

ご一緒できます事を、楽しみにしております。

玉水 拝
 
 
 


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和気満堂(その2)

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2019/1/11 0:03
和気満堂(その2)
丸川春潭
 「和気満堂」の(その2)です。
 先の(その1)は、「和気満堂」の難しさは、「正しく・楽しく・仲よく」の最後の「仲よく」の難しさと共通するものがあり、「正しく」「楽しく」がしっかりできていなければ「仲よく」にならないし、また同じように「和気満堂」も実現しない。そして、「仲良く」はお互いに合掌し合うことであり、これが基盤にあれば自ずと他の良いところが大きく見え、他に欠点があっても仕方がないなあと許すことができ、仲良くが現成してくるという観点でした。
 以上は、(その1)の要旨でした。
 ここの(その2)では、和気満堂を阻害する要因として、「自己中心と空気を読めない」を取り上げてみたいと思います。
 自己中心を広義に捉えると(その1)も入ってしまいますが、狭義に見てみてもこれが仲よくの大きな阻害要因になっていると思います。
 自己中の特徴は、他が見えない・他に対する配慮が欠如している点であります。
 禅による初関の透過すなわち見性は自己が大仏(毘盧遮那仏)であることを悟ることであり、一見 自己中心と形は似ているのですが実は全然違います。すなわち自己中の自己はチッポケな自我(エゴ)でしかないのです。見性しても日常において一日一炷香(三昧)が継続されていないと自己の大仏が段々とチッポケなものになってしまいます。これは20年30年修行している旧参の者も十分心しなければならないところです。見性の境涯は最初で死ぬまでのものであり、これを継続できるかどうかが人間形成の修行の最大眼目というものです。
 チッポケな自己中では他に対する配慮が欠如するわけですから、特にリーダーがこの自己中になっているとその組織における仲の良い求心力は消滅してしまいます。 リーダーは常に反省に反省を繰り返し、空気を慎重に読まなければいけません。空気を読むと云うことは他を常に意識できているということであり(他を我が面と見れている)、自己中に陥って他が視野から消えてくると、無神経で事務処理的な差配になってしまい、仲良くがその組織で醸成されるはずはありません。
 指導の任にあるものは特に注意しておかねばなりませんが、やはり組織を構成するみんなの他を意識する精神的安定さ(正念相続)がみんなに必要であり、その有無が和気満堂にそのまま反映するのです。(未完)
 

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日曜座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/1/7 0:09

1月6日 日曜座禅会

朝  7:00-8:30の後、30分の座談会

初めて参加   0人

二回以上参加  4人

会員      4人

 

夕方 17:00-18:00の後、30分の座談会

初めて参加   1人

二回以上参加  2人

会員      3人

 

朝は、休憩5分を挟んで37分座禅を二回の後、

「般若心経」「坐禅和讃」読経、二回目の座禅中に10分の経行。

夕方は、休憩5分を挟んで23分座禅を二回の後、

「般若心経」「坐禅和讃」読経を行った。

 

居士寮で茶菓子をいただき、『今北洪川禅師から山岡鉄舟への手紙』の

P21から24 6.釈宗演禅師 7.両忘庵釈宗活老師を読んだ。

両忘会の意味の質問に、迷いと悟りを忘れるという意味、と回答。

今北洪川禅師、釈宗演禅師、釈宗活禅師は師から悪辣な指導を受けつつも、自ら厳しい修行を果たして法を嗣いできた。在家の立田英山老師も瑞巌寺での雪の洞窟に一昼夜座して見性した経緯を『人間禅30年史』に記載されている。やはり真剣に取り組まなければ得られない。

夕方の座禅会に1月4日の青年部座禅会に参加して宿泊した方が再来した。昨年5月から結跏趺坐を試み、やっとできるようになった。年末に京都の寺で坐禅体験をした。今は座禅をしたい。擇木道場は毎日座禅会をやっているのがありがたいとのこと。1月25、26日の禅セミナで老師に面談することを勧めた。

 

案内

1月16~20日 横浜支部の摂心会

1月25、26日 禅セミナ

2月2~9日   東京支部の摂心会

2月3日は「今の自分を抜け出す」という講演会がある。

難しいと言われる「数息観」への導入を体験できると説明した。

龍泉 拝
 

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水曜夕方座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/1/6 23:23
 水曜夕座禅会は午後7時~8時です。初めての方には6時半にお越し頂き、居士寮で坐禅の仕方、数息観の紹介と仕方を説明します。その後、2階の堂内にご案内し、基本的には45分坐禅―5分休憩―10分読経です。ご希望があれば、その後居士寮でお喋りタイムになることもあります。
 
 休憩時間には、なるべく早く堂内に戻って頂き、経本の持ち方の説明をします。経本の持ち方は、色々あるようですが、私は次の持ち方をお奨めしています。
経本を広げ、両手で持ちますが、その際に経本のこちら側に指2本(親指と小指)、向こう側に指3本(人差し指、中指、薬指)をあて、3本指と2本指とで経本を挟むように持ちます。そうすると頁をめくり易く、スムーズに次々と新しい頁をくることができます。
そして経本を眼の高さに立てて持ちます(上腕は体側に沿わせ、前腕を前に出す)。そうすると眼と文字との距離が程よく(前腕+掌の長さ)保たれ、腕が疲れることなく、自ずと上半身全体の姿勢も調います。経本を低く持つと、背が曲がり姿勢が悪くなります。
 
 読経の際には、意味が分かっても分からなくても、文字をよく見て、腹から声を出し、唇をしっかり動かして、一心不乱に読むようお奨めしています。一同で声を合わせて心を一つにして読みますので、眼、口の他に耳も自ずと働かせることになります。10分~12・3分間(参加者の慣れ具合により、時間が変わります)ではありますが、姿勢を正して、声を出し続けることになります。「黙」の座禅に対して「声出し」の座禅です。
 
 唱えるお経は、開経偈、般若心経、観音経偈、四弘誓願文、五戒です。
今年度中(平成31年4月まで)はこの方針でゆく予定です。
 
 座禅会後はすっきり気持ち良いです。きっとセロトニンがたっぷり分泌されることにもなっているでしょう。仕事帰りに座禅会にお寄りになることで、気分転換になり、ストレスが癒され、仕事モードからホームモードへの切り替えが行われ、帰路の足取りもきっと軽くなることでしょう。
 
 ご都合のよい時に水曜夕座禅会に是非お立ち寄り下さい。途中参加、終わりごろに駆けつけてのご参加も可です。お待ちしております。
 
 参加者数は毎回変わり、昨年(5月~12月)は2名~9名/回でした。因みに前回(12/26)は6名(内初参加者2名、複数回参加者3名、会員1名)でした。
日中の茶道部稽古に引き続いての参加者もあります。
毎朝夕(木、土曜日は昼間午前中にもあり)行われている他座禅会への参加もご自由です。
 
 新年張り切って参りましょう。     林 翠松拝
 
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和気満堂(その1)

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2019/1/6 21:49
和気満堂(その1)
丸川春潭
 
 みなさま、明けましてお目出度うございます。
 季刊誌『禅』の新春号の巻頭言に、「和気満堂」というタイトルで拙文を書かせていただきました。これは、人間禅の『立教の主旨』第3項「人間禅は、正しく・楽しく・仲の良い 人間味の豊かな人々の家庭である」と相通じる考え方であります。
 和気満堂は素晴らしい言葉であり、実際に家庭において人間禅の集まりにおいて、これが如実に実現することが目標であるとしても良いものです。
 しかしこの実現は極めて難しいのも現実であります。
 それは何故か?
 その難しさはどこから来ているのか?
 「和気満堂」の難しさは、「正しく・楽しく・仲よく」の最後の「仲よく」の難しさと共通するものがあります。すなわち「正しく」「楽しく」がしっかりできていなければ「仲よく」にならないし、また同じように「和気満堂」も実現しないのです。
 もう少し具体的に何故「仲よく」できないのかを見てみると、「正しく」が個人的になり過ぎて「仲よく」ができない場合もその一つであります。
 すなわち自分が考えている正しさを他の人に要求する場合であります。論理的にはその正しさは客観的に正しいのであるからそれをキチッと他人に要求することは間違いではないのですが、こういうリジッドな正義感が得てして「仲よく」できない原因になっている場合も結構あるのです。
 人間である限り、完全無欠な人は居ないわけで、誰でも良いところもあるし弱い抜けているところも持っているのがリアルな現実の人の有様であります。
 人間関係において、良いところに注目してみると、仲よくできるはず。しかし弱い抜けているところに強く注目すると非難合戦になり終いには喧嘩になります。
 「仲良く」はお互いに合掌し合うことであると云われており、これが基盤にあれば自ずと良いところが大きく見え、弱い抜けているところがあっても仕方がないなあと許すことができるのです。
 これがお互いに同時にできた時が、お互いに合掌し合うと云うことになり、仲良くが現成してくるのです。
 そして大切なことは相手の問題ではなく、自分の問題であると云うことです。すなわち相手がこちらに合掌するのならこちらも相手に合掌するというような、後出しじゃんけんでは駄目です。相手がどうであれ自分が心から合掌することが肝要です。これができるかどうかは自分に三昧が身に付いているかどうかに掛かっているのであり、仲よくできるかどうかは相手のせいではないのです。真に自分の人間形成の問題であります。(つづく)
 

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狛犬に想う

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/1/5 21:43
法照です。
 
皆様、初詣には行かれましたでしょうか?
私は買い物ついでに近所の神社へお参りしてきました。
神社と言えば、入り口に一対の狛犬が置いてありますよね?
私は狛犬を見ると「呼吸」を連想するのですが、皆様はいかがですか?
「呼吸?は?」と思った方に余計な話も入れつつ説明していきますと…
 
一対纏めて「狛犬」と呼ばれていますが、実は本当の意味で「狛犬」なのは片方だけなんです。
そっくりですが実はもう片方は「獅子」なんです。
角がなくて口を開いている方が「獅子」角があって口を閉じている方が「狛犬」なんです。
下記はお参りしてきた獅子と狛犬の写真ですが下からのアングルなので角はわかりませんが、口の違いがあるのがわかると思います。


 
口を開いている方が阿形(あぎょう)、閉じている方が吽形(うんぎょう)といって、吐く息と吸う息を表したり、阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音からそれぞれ宇宙の始まりと終わりを表すといわれたりします。
阿形・吽形は狛犬だけでなく法隆寺の門の両脇に一対の金剛力士があったりしますが、これも片方は口を開き、片方は閉じています。
狛犬も仏教伝来と共に日本に入ってきたものが神社に取り入れられたものなので、仏教にとって阿吽というのは重要な意味を持ちます。
 
呼吸を表す阿形・吽形ですが、呼吸は座禅でもとても大事です。
足を組んで息を吸い、息を吐く。雑念から離れて息に集中していきます。
 
また「阿吽の呼吸」などと、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを現す言葉として使われます。
「阿」も「吽」も相手をよく見て、感じて、一体とならなければ共同して行うことはうまくいきません。
お互いが相手に合わせて息を吸い、相手に合わせて息を吐く。どちらかがいいかげんなことをしてしまえば息は合わず、バラバラとなって失敗してしまいます。
「自分、自分」でなかなか相手の事より自分の事、という世知辛い世の中ですが、なるべくたくさんの人と「阿吽の呼吸」となっていければよいな、と思います。
 
今の時代、いろいろなことで息が乱れがちですが、今年も座禅を続けて息を整えていければいいですね。
 
擇木道場では1月4日から通常通り座禅会が始まりました。
この道場は毎日座る時間がございます。
皆様も、是非、息を整えにいらしてください。
 
法照 拝

追伸
稲荷神社にも行きました。
稲荷神社は狛犬ではなくお稲荷様が一対あるのですが、こちらもやはり一方は口を開き、一方は閉じています。
 

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「ZEN 釈宗演」

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/1/3 22:42
法照です。
年の初めのブログは漫画の話です…
まあ、正月なので堅い話は抜きで(←言い訳)
 
ご紹介するのは、日経BP社から出版されている「ZEN 釈宗演」
(ちゃんと禅の話ですよ!)

釈宗演といえば人間禅とも縁浅からぬ人です。
 
人間禅は明治の初め、山岡鉄舟などがの先覚者が鎌倉円覚寺の管長今北洪川禅師を拝請し、一般の人々を対象として始めた修禅の会「両忘会」に源を発し、今日に及んでいます。
釈宗演老師老師の命で門下の釈宗活老師が両忘禅協会へと発展させ、更には戦後、昭和から平成に至るまで、釈宗活老師門下の立田英山老師を初代の総裁とする「人間禅」へと受け継がれた、という歴史があります。
 
さて、この漫画、上記で出てきた山岡鉄舟、今北洪川禅師も出てくるんです。
(加えて福沢諭吉も描かれてます)
 
お話しの内容は、貧しい家に生まれながらも優秀な釈宗演が幼くして仏門に入り、世界に羽ばたくまでの物語。
描いたのは「高島正嗣」という方で、聞いたことがないかもしれませんが、「バガボンド」で有名なの井上雄彦のチーフアシスタントなので絵は上手です。
そして、監修は円覚寺の横田南嶺管長なので、ちょっと禅をかじった人にあるような「?」と思うような変な部分はありません。
 
話の筋はしっかりしていますが、残念なのは上下2巻ということで、お話しが駆け足になっているところでしょうか。
もうすこしじっくり描いてほしかったな、というところはありますがページの制限からして致し方ないところでしょう。
 
そうそう、最後の方に鈴木大拙も出てきますよ!
 
Amazonで最初の方を読むこともできます。
 
これだけ宣伝して擇木道場に一円でも入ってくるわけではないのですが…
禅の世界の一端を気軽に知ることが出来るかな?、ということでご紹介しました。
 
法照 拝
 

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