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擇木道場

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擇木ブログ - 201912のエントリ

第7回『人間形成と禅』輪読会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/12/8 21:04

第7回を迎える今回の内容は、「C.ほんとうの宗教の在り方-Ⅰ 客観的情勢からみた新しい宗教-16.教理の合理性」がメインでした。


「人類の幸福のために、世界楽土を建設するの、正義・自由・平等・平和を目途として一致協力するのと申せば、新しい世代の人々は、決して反対しないで、しょうが、その反面、それは何も宗教に限ったことではない。だから、宗教そのものに関心を持つ要因にはならないと言うでしょう。ですから、宗教は一方に於て、どうしても宗教でなければならないという力強い特異性を示さなくてはなりません。それが、夫々の宗教の教理なのであります。教理とは、その宗教がよってもって立っているところの原理つまりは教義とか宗旨とかいわれるものですが、ここでは一般的に教理と申しておきます。その教理にはどこまでも合理性がなくては、新しい宗教としての資格はありません。」

名誉総裁老師も、まずしっかりとした教理があることが宗教の大前提であると話されておりました。
それぞれの宗教に盤石の教理があり、かつ、それが現代人にも受け入れられるような合理性を兼ね備えているかということだと思いました。

「それなら一体、どんな風に教理を説いたらよいでありましょうか?信じなければ最後の裁きに遇うの、無間地獄へ堕ちるのといっては、尚いけません。反感を抱かせるばかりです。ただ信ぜよ、信ずる者は救われんといっても、救われたいの、恵みを受けたいのということ自体が、奴隷根性であると軽蔑している現代人には、もっと自主性の尊厳を傷つけないような説き方をしなければなりますまい。

たとえば、これもほんの一例で、こういう説き方をせねばならぬと申すのではありませんが、こういう説き方もあるということをご参考までに申してみましょう。こんな風に説いてみたらどんなものでしょう?

超人間的の神仏の存在に対する解説ですが、無から有が生ずる筈はない。然るに現実は存在する。その在るべくして在り、成るべくして成らしむるところの何物かがなくてはならない。いわゆる物あり天地に先だって生じてはいるが、われその名を知らずである。しかし、名のないのも不便であるから、仮リに名づけて神仏というのであると説明したらどんなものでしょう?ですから、必ずしも神仏と名づけずともよいので、大道といいたければ大道ともいうし、真理といいたければ真理というもよかろう。その他天命・エホバ・天之御中主命・仏性・命体なんと名づけてもよいので、夫々の宗教の伝統に従って、都合のよい呼び名をもって呼んだら宜いでしょうが、要するに、唯一絶対の根源、第一原因たるそのものを、ここでは神仏と名づけるのであると申したら、どんなものでしょう?つまり、神仏とは絶対者そのものに名づけたのであると説けば、現代人も納得がいくのではないでしょうか?

又霊魂も、甲の人の霊魂乙の人の霊魂というような数量的ないい方をするから物議をかもすので、霊魂とは宇宙生命そのものである。脈々として活動している大自然の生命そのものを、宗教的に霊魂という名によって呼ぶに過ぎない。だから人間の生命も元より霊魂の然らしむるところであるが、山川草木も皆な悉く宇宙生命なる霊魂の現われであると説けば、誰でも納得がいくのではないでしょうか?そして、この霊魂とも呼ぶ宇宙生命こそは、不生なるが故に不滅であるから、敢て未来世を想像してまで、生きながらえることを願う必要もないのであるが、同時に、天国や極楽を否定する必要もなくなります。」
今回の内容で最も心打たれたところです。特に、霊魂とは、宇宙生命そのものである。脈々として活動している大自然の生命そのものを、宗教的に霊魂という名によって呼ぶに過ぎない。と何とも明快で、何の不可思議もありません。宗教によってそれを呼ぶ名前は異なれど、指し示すものは同じなんだと。そして、我々の禅の修行もこれを悟ることであると思いました。

「仏教では古来、理釈と事釈と申しまして、教理の解釈を二通りにしております。理釈とは、その言葉の精神を汲んでこれを合理的に解釈する方法です。事釈の方は事実そのままと解して、ただ有難く受けとるのです。今『観音経』の一節に例をとって説明を試みるならば、同経の中に【若し復た人有って、当に害せられるべきに臨んで、観世音菩薩の名を称せば、彼の執る所の刀杖、尋いで、段々に壊して解脱を得ん】という一節があります。これを事釈に従えば、お芝居にもある日蓮上人竜のロの御難ともなって、あの通り観音様の霊験はまことにあらたかである。‘‘あら有難や南無観世音菩薩”ということになりますが、これを理釈によると、趣きが違って来ます。そもそも観世音菩薩とは、智慧・慈悲・勇猛心という心の三つの徳を人格化したものであるとします。そして刀杖とは‘樫貧の,心を指しておる。ですから、この一節の意味は、相手が樫貧の心をもって向って来ても、こちらが慈悲の心をもって、柔和な態度で対すれば、尾を振る犬は打たれぬ道理で、さすが振り上げた拳もやり場がなくて自ら下ってしまうであろう。これを解脱を得たというのであると説きます。これなら若い世代の人々にも納得がいけましよう。これも一例に過ぎないのですが、すべてこういうような解説の仕方や説明の仕方を教理の合理性と申して、文化人の新しい宗教としての条件に数え挙げておるのです。人を見て法を説けで既成の宗教なら、相手によっては、今まで通りの説き方でも差支えないと思いますが、相手によってはこんな説き方の脱皮を試みるのも一案でありましょう。もし、新しく創設される宗教なら、初めから堂々と合理性を打ち出した方が旗職鮮明です。世界楽士の建設に当って、専らその精神面を受け持つ宗教であると説くのもよいし、絶対者の中に自己を正しく位置づける教えであると説くのもよいでしょう。或はほんとうの人生を味わう為であるとか、俺はこれでよいのだと満足し納得して生き甲斐を感ずる為であるとか、いろいろありましょうが、とにかく合理的な教理を高く掲げれば、文化人は飛びついて来るに違いありません。ほんとうのものを文化人は心から求めているからです。」

教理の解釈には事釈と理釈があり、理釈とは、その言葉の精神を汲んでこれを合理的に解釈する方法で、事釈は事実そのままと解して、ただ有難く受けとる。とありますが、どちらからでもアプローチできるようにしておかないといけないと思いました。相手によっては、事釈のほうがしっくりくる場合もあれば、理釈の方で初めて納得する場合もあると思います。
そのため、こちら側は、相手によって臨機応変に教理の説明をできないといけません。勉強の必要を感じました。
 この輪読会では、毎回心を打つ内容を味わうことができます。次は新年明けて118日(土)になります。一緒に「人間形成と禅」を味わってみませんか。お待ちしております!     玉道 記

              




第7回『人間形成と禅』輪読会






『人間形成と禅』輪読会発足にあたって 

                人間禅総裁 葆光庵丸川春潭

この著書は人間禅第一世総裁である耕雲庵立田英山老師が、『立教の主旨』が宣布されてから10年間構想を積まれて出版されたものであり、人間形成の禅とはどういうものなのか、すなわち「人間禅」とはどういう会なのかを世界に開示された著作であります。

その当時の会員(会員番号が400番未満)は全員、座右と書かれた右に自分の名前も書かれた老師署名の『人間形成と禅』をいただきました。小生もまだ道号のない本名を書かれご著書を頂きました。エピソードですが、その当時の旧参の者が所用で老師に相見した際、老師から座右と書いて渡しているのに鞄の中にこの本を入れていないと厳しく叱られたことがあったようです。ことほど左様に耕雲庵老師は、人間禅の会員はこの『人間形成と禅』を常に生活の規範にしてほしいと願われていたのであります。

小生が総裁になっての最初の年頭の垂示(平成19年1月3日)において会員の皆さん全員に、この『人間形成と禅』をもう一度読み直すようにお願い致しました。しかるにそれ以降に入会した方は既に450名余にのぼり、この垂示を直接聞いていない方の方が現在の人間禅では多くなっているのです。

座右の教えをしっかり将来に引き継ぐために、青年部が中心になって人間禅の原点たるべき『人間形成と禅』を読み且つ味わう勉強会を立ち上げてほしいと先日お願いし、禅セミナーの一コマに入れさせていただいた次第であります。



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本部塾生の岩村富嶽です。

先日行われた禅フロンティアのフォーラムが「引きこもりと禅」というテーマでした。

参加しての感想を述べたいと思います。

私の今の仕事が障がい者の就労をサポートする就労移行支援で、利用者の方々の中には引きこもり経験者も多数あり、興味深いテーマでした。

登壇していただいたのは公益社団法人青少年健康センターで臨床心理士の倉光洋平さんでした。


今回のテーマでまずおさえておきたいのは「引きこもり」という言葉そのものが、なにかこうレッテルを貼られたまま一人歩きしてしまっている感があるという点。それが引きこもりの問題を更にややこしくしてしまっているのではないかと感じたこと。

私達の圧倒的多数がおそらく「引きこもり」という言葉を耳にしたのはテレビやネットなどの事件からなのではないでしょうか。かくいう自分はいつだったか記憶がおぼろげではありますが、おそらく新聞かテレビのニュースのような気がするのですが、それが20年前なのか、もっと前から後かなど気がつけば一般用語として認知されていたように感じます。

そんな私も35歳の時に仕事のトラブルから鬱を患い、年末実家に戻ってから出社が出来ずに10ヶ月ほど自宅療養していた時期があり、病院や買い物には出かけていたので「引きこもり」の定義からやや外れるものの、「引きこもり予備軍」であったことは間違いないなと感じています。

自分はどうして鬱から抜け引きこもりにならずに社会復帰できたのだろうか。フォーラムの時間、ふとそのことについて考えていました。

至極稀なケースなのかもしれませんが、私の場合は医者に薬を処方されても効果を感じられず、無為に時間だけが過ぎていく日々の中で「こりゃ自分でなんとかするしか道はなさそうだな」と感じ、家にいても良くなる気がしなかったので、地域若者サポートステーションというNPOを利用し始め、そこの座禅講座で「人間禅」を知り、講師として来ていただいたのが人間禅岳南道場の衣笠輝風さんでした。輝風さんは人間禅の前身が「両忘会」という団体で、その創設に山岡鉄舟が関わっていたことをお話しされました。私はいつだったか歴史小説の中に出てきた山岡鉄舟の話を記憶しており、その時に「こんな人間がいたのか」と驚きを感じたことを思い出し「山岡鉄舟が創設に関わっていた座禅団体の流れをもつ人間禅には、心を鍛える何かがあるのではないか」と興味を持ち、その後行われた禅セミナーや座禅合宿に参加するに至り、そこで「鬱から抜ける」という貴重な体験をしました。もしこれらの出来事がなかったら、自分は鬱から抜けられたのだろうかと今でもよく思います。

結果として私の場合は鬱から抜けられたことで引きこもり予備軍どまりで済みましたが、一歩間違えば部屋に篭ってしまっていた可能性は否定できず、引きこもりの問題は人ごとと思えないところがあります。

私の場合は、山岡鉄舟という過去の読書体験からの強烈な興味が導火線となり、座禅合宿という中での座禅体験が鬱から抜けるきっかけとなりました。引きこもりには様々なケースや事情があり、座禅をすれば良いということをアドバイスしたいわけではなく、当事者の興味というのが部屋から出る導火線なのではないかと自分の体験を通して思うところがあります。

日本神話である古事記には「天の岩戸開き」のなかで天照大神が岩戸隠れした話が出てくるが、捉えようによってはこの話は「神様の引きこもり」とも言えそうで、岩戸開きのきっかけは「岩戸の外が楽しげで笑いに満ちていたから」で、これは引きこもりから抜ける一つのヒントになるのかなと思っています。

引きこもりの当事者の興味や関心事を部屋の外とどう結びつけるのか。それが解決の一つのヒントだと言えるように感じます。

今回のフォーラムを通して人間禅として、私個人としてできることは何か。

人間禅では、「正しく、楽しく、仲良く」ということをモットーにしておりますが、この「楽しく」と「仲良く」が外の人にも感じられるものにしていくこと、私個人もまたそれを感じてもらえる人となること。そうなることで、引きこもりの当事者や関係者に座禅や人間禅に興味をもち、繋がるきっかけとなっていくことが大事なのではないかと考えます。

大きな何かをやるのではなく、目の前の来てくれた方々との会話や対応にできる限りの意識を持って対応する。言うは易く行うは難しなところはありますが、それが大事なことなのではないかと改めて感じたフォーラムでした。

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 擇木道場の風印です。

 1127日~121日に開催された、第7回東京荻窪支部摂心会に参加しました。

 荻窪支部の摂心会は東京都杉並区の善福寺公園が目の前にある道場、清明庵で開催されます。












 清明庵は個人のご自宅を改装した道場ですが、前回9月の摂心の時に比べて増築がなされていて、一体いくら掛かったのだろうと驚きました。寄らば大樹の陰という感じで感謝しつつ使わせて頂いております。

 私は皿洗いくらいしか出来ませんが、摂心中いつも美味しい食事を作って下さる道友にも大変感謝しております。












 今回の摂心では50年以上茶道をされているお茶の先生から「茶禅一味と禅」という講話がありました。心や身体の余計な動きを少なくするのが「わび」で、それによって現れ出てくる人格、その人らしさが「さび」というお話が印象に残りました。

 「娘さび」という言葉もあるそうですが、道友が笑顔で「おばさんさび」と言っていて、以前禅の指導者から「自分はこのような因縁で生まれてきたという宿命を受け入れられないから、自分も他人も裁いてしまう」と言われたのはこういうことかと思いました。おじさんだから出来ないと言い訳するのではなく、おじさんであることを受け入れた上で自分らしく生きれば良いんですね^^

 師家(禅の師匠)には「宿命という言い方は好きで無く、自分に今あるローカル条件に過ぎない。宿命を受け入れるのでは無く、元々自分の中にあるんだ」と言われました。頭でっかちに分かった気になるのでは無く、体験として分かりなさいということかもしれません。宿命を受け入れるというのは、精神を病んでいる人には却って辛くなってしまうのではないかとも質問しましたが、「そのような人には治療が必要であって、あれこれ言うべきでは無い」と言われました。そのような方とどう接するべきか少しずつ学んで行きたいです。


 講話では「点と点を結ぶとお茶になる」というお話もあったのですが、どういうことか分からなかったので懇親会の時にお茶の先生に質問させて頂きました。

 『お茶の亭主はお客様をどのようにもてなすかをイメージして、掛け軸や茶花、茶器、茶杓、茶釜などを配置する。それら一つ一つの点を結びあわすことによって線になり、線が合わさることによって立体になる。そうして狭い茶室の中に季節や風景を表現するのです。そして、お客様が「美味しかった。ありがとう」などとお礼を言ってくれるのが、亭主にとって何よりのごちそうなのです』

 お話をお聞きして、そこまで細やかに考えてお茶会を催されているのかと感心しました。不調法な私も少しは見習いたいと反省しました。


 今回の摂心の作務では屋根の雨どいの掃除をしました。








 屋根に上って掃除をしていたら、師家に「危ないから降りろ!」と叱られましたが、お陰で良い写真が撮れました。


 次は3月に摂心と記念式典があるそうなので、また参加したいです。


合掌 風印 拝


【東京荻窪支部主催・座禅会のご案内】

<荻窪剣道場座禅会>

・日時 毎週木曜日 午後7時30分~

・場所 東京都杉並区荻窪4-30-10 トヨタマビル5階「荻窪道場」 

 JR荻窪駅東口より線路沿いの道を新宿方面に歩いて5分です。

 ビル1階奥のエレベータ脇のインターホンで501号室を呼び出して下さい。


<善福寺清明庵座禅会>

・日時 毎週土曜日 午前9時00分~

・場所 東京都杉並区善福寺3-8―5 清明庵

 善福寺公園の上池ボート乗り場東横の家です、大きな欅(けやき)が目印です。

 荻窪駅から南善福寺行のバス乗車、善福寺公園下車(約15分)


*初めての方は事前に御連絡の上、座り方を説明しますので、15分前にお越しください。

*参加費 初回1000円(座禅指導料込)、2回目以降 500円(善福寺清明庵では、抹茶・お菓子代+300円)


(連絡先)中川香水

 090-5827-7004 kousui.nakagawa@gmail.com


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日本仏教に対する関心の低下や宗教離れの要因について

①政教分離の影響

 日本のように宗教の休日である祭日が無い国は世界でも数少ないと聞く。本来日本にも祭日はあったが、戦後GHQによって祭日は国民の祝日に書き換えられることとなった。また、憲法に政教分離原則が規定され、国家権力が宗教団体に特権を与えたり、宗教教育や宗教的活動をしてはならないことが明記された。

 国家権力と宗教の結び付きによって悲惨な戦争を起こしてしまった反省から、国民生活から宗教的要素が排除されたと考えるが、その結果、「宗教はカッコ悪い」「無宗教の方が知的」というイメージが定着し、宗教離れに繋がっているのではないかと考える。

②宗教団体による凶悪事件の影響

 オウム事件のように宗教団体が起こした凶悪な事件が、「宗教は暗い、怖い」というイメージに繋がり、宗教離れの原因となっている面もあると考える。

③檀家離れの影響

 近年、檀家離れが問題となっている。江戸時代に宗教統制政策の一環として設けられた檀家制度によって寺院の権限が強化され、檀家に経済的負担を強いることによって寺院の社会的基盤は強固なものとなった。

 しかし、戦後の民主化によって寺院の権限は低下し、いわゆる葬式仏教は残っているものの、檀家制度にあぐらをかいて自身の修行や勉強を怠り、布教を怠ってきた日本仏教への関心が低下し、高いお金を出してまで葬式をあげることの必要性を疑問視する方が増えたため檀家離れが進んでいるのではないかと考える。

④各宗派の排他性

 私は各地の座禅会や、テーラワーダやマインドフルネスの瞑想会などにも参加しているが、それぞれの宗派には自分の実践のみを重視する方が多く、他の宗派を悪く言ったり、そもそも関心が無いことが多いように感じる。各宗派がバラバラに活動していて協力関係に無いことが日本仏教衰退の一因となっているのではないかと考える。


日本仏教に対する関心の低下や宗教離れを防ぐにはどうすればいいかについて

①について

 アメリカの祭日であるクリスマスやハロウィンは日本でも広く受け入れられており、座禅や上座部仏教の瞑想法から宗教的要素を取り除き現代風にアレンジしたマインドフルネスは日本でもブームとなっている。また、ヨガはホットヨガなどのように様々な形式を取って若い女性などにも広く受け入れられている。

 このような事実を謙虚に受け止め、寺院などでも親しみやすく皆で楽しめるようなイベントを催したり、マインドフルネスやヨガを取り入れた瞑想会を開催することなどによって、まずは寺院や仏教に関心を持ってもらうことが大切ではないかと考える。仏教の教えや瞑想法がいかに素晴らしいものであるとしても、何も知らない方にいきなり難しい話をしたり、厳しく瞑想を指導しても却って敬遠されてしまうのではないかと思う。地道な活動を少しずつ続けることによって、定着した悪いイメージを払拭していくことが必要と考える。

②について

 「宗教は怖い、何をするか分からない」というイメージを払拭するには、組織の透明性を確保することが必要と考える。

 予算や会計を外部に公開することによって、資金の流れが明確になり、「坊さんは高級車を乗り回している」と言うような悪いイメージを払拭できるのではないかと思う。

 また、上命下達ではなく合議制に則って組織を民主的に運営することが必要と考える。誰が見ても納得のいくように明るく運営していけば、いわれの無い誤解や軽蔑を受けるようなことも無くなるのではないかと考える。

 さらに、例えば「人が空中に浮く」のを見世物にするような神秘や奇跡を売り物にするのではなく、教理は科学的、合理的なものであるべきと考える。例えば座禅をすることによって、大脳の前頭前野の機能が活性化したり、幸せホルモンと言われるセロトニンの分泌が高まることが科学的に証明されてきているが、そのように自派の教理の科学性、合理性を説明することによって、「宗教は迷信」と言うような誤解を払拭することが出来るのではないかと考える。

③について

 今後葬式離れ、檀家離れは更に進んで行くと考えられる。最近音楽活動をされている僧侶などを目にするが、お寺でただ人が来るのを待っているのではなく、一遍上人の踊り念仏のように大衆の風俗を取り入れて仏教を広めて行くことも必要ではないかと考える。

 十牛図の八図「人牛倶忘」で色即是空と空を体得した修行者が、九図「返本還源」、十図「入鄽垂手」で空即是色と世俗に戻っていくように、自らの悟りを求めるだけでなく、広く一般の方に仏教の魅力を伝えていくことも必要と考える。他方で自身の修行や勉強は怠らず、自派の本質的部分が世俗化や堕落しないように戒めることも必要と考える。

④について

 太古の時代には、いわゆる「神」は、それぞれの氏族や部族だけの守護神で、極めて排他的なものであったが、氏族や部族の連合統一によって国家が形成されると、今度は国家統一の中核となった部族の守護神が、民族の守護神に昇格して民族宗教となった。そして、民族宗教の封鎖性と排他性とを打ち破り、国境や民族や人種の差別を超えて、世界中の人類にあまねく救済の手を広げ、世界宗教を樹立したのが釈迦やキリストやマホメットであるといえる。

 このように、現代人によって支持される宗教は、世界的なものでなくてはならないと考える。他方で、世界の宗教を統一するのは不可能と考えられる。なぜなら、宗教における信仰や信念はその雰囲気の裡に深く浸りこんでこそ生命があるといえるので、それぞれの特徴を無視して世界中の宗教を一色に塗りつぶしてしまっては、宗教そのものの自殺に他ならないことになってしまうからである。

 では一体どうすればいいのか?正しい宗教である以上は、お互いに、その教義や宗旨は尊重し合わなければならない。即ち、人種や民族や国境を超越する意味での排他的でないばかりでなく、その教義や宗旨の上に於いても排他的であってはならないのである。

 このことは、決して自らの教義や宗旨を軽んずる意味ではなく、あくまで、自らの特徴を維持した上で、他の特徴を認めるのである。宗教である以上は、この線を崩すことはできないが、視野を世界的に広げて、各々の特徴を保ったまま、共通の立場に立つことはできる筈である。

 それは、教義や宗旨とは別に、宗教団体が社会事業に携わっている例に見られるように、各々の宗教団体が結束し、協力する広場を作ることである。例えば、環境問題や核問題に全世界の宗教団体が本気になって結束して立ち上がれば、即時に効果が現れるのではないだろうか。

 現代人に対しては、抽象的な理想ばかりを掲げ、現実から遊離してしまっては相手にもされないだろう。視野は世界的であると同時に現実に根ざした活動でなければならない。環境問題や核問題というような誰にでも共感でき、そして現実的な目標に向かって、宗教・宗派の違いを超えて、共に手を携えて行くべきではないだろうか。


参考文献

「人間形成と禅」 平成1671日 新装第1版発行 著者:立田英山 発行所:宗教法人 人間禅教団出版部


合掌 風印 拝


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人間禅擇木道場について

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/12/4 2:16

人間禅擇木道場について

 人間禅は千葉県市川市に本拠地を置く宗教法人で、会社員、主婦、学生など様々な方々が日常の暮らしの中で道を求め、共に禅を学び自己の修養を深める、社会人のための座禅道場である。全国に36ヶ所の道場があり、擇木道場は人間禅の東京支部として日暮里の谷中に所在する座禅道場である。

宗教法人「人間禅教団」の源は、明治8年に創設された居士禅の会である「両忘会」にある。居士禅とは、従来僧侶にしか許されていなかった禅門の修行を、職業を持つ社会人に認め、佛法の正脈を伝える事を認めた新しい禅佛法を言う。

「両忘会」創設の由来は、幕末から明治の剣術家・政治家として知られる山岡鉄舟を初めとする10数名の居士が、国の前途を憂え寺院の伝統の殻を脱却した在家禅の振興によって、有為の人材を養成するために、当時臨済宗円覚寺の管長であった今北洪川禅師を東京に拝請して摂心会を開催し、この集まりを「両忘会」と称したことによるものである。

 「両忘会」の主催者となった山岡鉄舟が出家しようとした時、洪川禅師は「失望せざるを得ない。(仏法の)大なるところを攫んで居られないやうな気がしてならぬ」として反対したが、これは決して出家を否定したから出家を止めたのではないと考えられる。

 出家とは自分を徹底無にすることが条件である。姿形を無くし法そのものになることである。空である。しかし娑婆は色である。職業や立場など具体的な姿形を通じて救済の働きを成さねばならぬ。

 洪川禅師は、伝法嗣法は出家が命がけでやるから、君はそちら側で働くべきである。君は特別な働きができるのだから。君という形はふたつとないのだから。形を無くしてはいけない。在家のまま働いて、多くの人を彼岸に渡してほしい。このように言われたのではないだろうか。

 結果として山岡鉄舟は出家せずに「両忘会」を続けていたが、その「両忘会」も何時とはなしに中絶してしまった。

 明治34年に、当時鎌倉円覚寺において参禅していた居士らが、時の管長釈宗演老師のもとに、「居士会」を創設したいため、釈宗演老師の戸籍上の息子である釈宗活老師を東京に拝請したい旨を申し出た。釈宗演老師はこれを許可し、その会に一時中絶していた「両忘会」という名称を与え、ここに「両忘会」が再興されることとなった。

 釈宗演老師は慶応に学んで洋学や英語を学んだり、セイロンに留学したり、日本全国のみならず世界へと行脚し、欧米に初めて「ZEN」を伝えた老師として知られている。

 一方、釈宗活老師は、医者であった父親に才を見込まれて英才教育を受けたが、臨終の母の「富貴栄達を望まず、正しき教えに就いて自分の心を磨いて名珠の如き人間になれ」との遺言を守り、20歳の時今北洪川禅師に入門、洪川禅師帰寂後は釈宗演老師に参禅して厳しい修行をし、29歳の時出家した。そして、明治34年、32歳の時に釈宗演老師に両忘庵の庵号を授与され、その命により「両忘会」を再興したのである。明治38年頃には若き日の平塚らいてうも日暮里の両忘会の道場で座禅をしていたそうである。

 釈宗活老師は明治39年に渡米し、サンフランシスコに北米両忘会を開設した。その後、北米両忘会はニューヨークに移り合衆国の公認を得て、昭和20年まで会は存続し、老師も何度か渡米したとのことである。

 そしてついに大正4年、医科機械商を経営し、禅の修行もしていた田中大鋼居士が日暮里の谷中に「擇木道場」を建設し、両忘会を主催していた釈宗活老師に寄進したのである。ここで、「擇木(たくぼく)」とは「良禽(りょうきん)は木を擇(えら)ぶ」という中国古典 「左伝」の中から採られ、修行者が正しい師家を求めて参禅弁道すると言う意味である。

 大正14年には、認可に伴い「財団法人両忘協会」が設立され、立田英山老師が第一回理事に就任した。両忘協会は、昭和15年には宗教団体法施行により「両忘禅協会」に変更された。

 立田英山老師は、明治26年生まれで、大正5年に東京帝国大学在学中に釈宗活老師に入門。大正8年に東京帝国大学を卒業し、大正10年に中央大学予科、自然科学の教授に就任した。大正12年、30歳の時に「耕雲庵」の庵号を授与され、昭和3年、35歳で師家分上となり、両忘会最初の居士身のままでの法嗣が誕生した。出家しなければ本格の修行ができず、妻を離縁せざるを得なかった今北洪川禅師の時代から、出家が在家を嗣法者にした時代が来たのである。

 釈宗活老師が立田英山老師を法嗣とした決断の背景には、出家か在家かの区別以前に、只々真の求法者でありたい、という願いがあったのではなかろうか。その真剣さが出家か在家かという区別を乗り越え、「二者択一」から「不二」へと飛躍したのだと思う。

 昭和4年、中央大学に座禅の会である「五葉会」が結成され、これが機縁になって各大学に座禅の会が結成された。

 昭和11年には、千葉県市川市に現在の人間禅本部道場が建設された。本部道場は今も当時の面影を十分留めており、会員の手で大事に守られている。

 この後、戦中戦後の時代が来るが、混乱の中の巡錫は困難を極めたという。例えば立田英山老師が北海道の摂心会に巡錫の際には、身動きできない混雑の中で汽車に揺られ、海を渡るには蟹工船にまで乗ったということだった。

 昭和22年、突如「両忘禅協会」は釈宗活老師によって閉鎖された。

 理由は明らかにされていない。この時のことを立田英山老師は、「私の20数年に亘る宗教生活の基盤が足元から崩れ、途方に暮れてしまいました、ただわずかに自利利他の素願の達成はあらゆることに優先し、誰人といえどもこの志だけは奪えないという信念と、志を同じゅうする少数の道友に励まされて」翌年ただちに「人間禅教団」を発足させたと振り返っている。

 昭和24年、立田英山老師は人間禅を設立し、その初代総裁に就任した。その「立教の主旨」には、従来の「伝法のための伝法」ではなく、「布教のための伝法、世界楽土の建設のための立教」であることが明記された。人間禅の精神としては、人間味が豊かなこと、各自の個性を重んずること、神秘性を説かないことが挙げられた。科学者らしい合理を重んじた明快な宗教観と言えるであろう。

 釈宗活老師は両忘禅協会閉鎖の理由を語らなかったが、老師自身が幕を引いたことで、出家のしの字もきれいに無くなり、伝統的な寺や僧や歴史的なしがらみがもたらす全てが払拭され、「在家の、在家による、在家のための僧伽」が誕生した。

 換骨奪胎されて残ったもの、そこに永遠にあるもの、それは釈尊の悟りであり、仏法そのものである。純粋に真っすぐに自己に向かう努力を惜しまず、やがて人々と共に彼岸に渡る、その誓願である。娑婆に生きる者自らが任に就き働く道がここにある。釈尊の神髄は天地を窮め、人間禅という在家禅の存在そのものの中にも生きているのである。

その後、擇木道場は建物が老朽化したため、多くの関係者による寄付金によって、昭和63年に第一期改築工事、平成4年に第二期改築工事が完了して現在に至っている。擇木道場は人間禅の東京支部として、支部員をはじめ、禅を志す人々が日々、修行に精進している。


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人間禅擇木道場


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擇木道場の禅堂


参考文献

「擇木道場創建100周年記念 蒼龍窟今北洪川禅師から山岡鉄舟への手紙」 平成28214日発行 著者:慧日庵笠倉玉溪 発行所:宗教法人 人間禅 擇木道場


「宗教法人 人間禅教団30年史」 昭和5355日発行 発行者:人間禅教団30年史 編纂委員会 発行所:宗教法人 人間禅教団


合掌 風印 拝


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