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擇木ブログ - 20190202のエントリ

数息観についての最近の思い(その1)
数息観評点によるマンネリ打破
春潭 
 
 座禅における数息観法は臨済宗が主として採用している三昧を深める方法(ソフト)であり、座禅を始める人にとってもまた人間形成の禅の究極を究めるためにも極めて有効なソフトです。
 耕雲庵老師を始めとし歴代の師家方が円了茶礼の垂示で、異口同音に一日一炷香の数息観座禅をするようにと説かれておられます。まことにその通りでありその数息観座禅を365日、一日に30分なり45分実行することは必須ですが、そこまでの言及にほとんどの場合止まってきました。すなわち一日一炷香の実践の中身すなわち数息観三昧の質についての言及はほとんどなく、わずかに磨甎庵老師が一日一炷香に精彩をつけよ!と云われたことが一,二度あったくらいで、その質については基本的に本人個人に委ねられてきました。そのため小生もそうでしたが、長年修行をしているものは一日一炷香の座禅が実践はされるがマンネリになってレベルの向上がなされないのが実態ではなかったかと思います。
 すなわち座禅の数息観の実践はあくまで個人の内面に向かっての修練「行」であり、その三昧のレベルについては外からうかがい知ることはできませんし、自分でも座ったかどうかとか何分坐ったかくらいで日進月歩の一日一炷香にはほど遠いのが実態ではなかったかと思います。
 そこで考えついたのが数息観の評点付けですが、これはNHKの「ためしてガッテン」という番組で肥満抑制のために体重を朝晩計測し記録を見えるところに張るというやり方です。これだけで何も食べないように節制したり我慢したりすることなく自然に着実に健康な体重が維持できるという放映が切っ掛けでした。
 ただ三昧というものは体重のようなデジタルな数値とは真逆のアナログなジャンルのことで、三昧のレベルを評点するなどという発想は非常識であり、歴史上も初めてのことでしょう。
 主観評価ですから他人と比較するべきものではないのですが、自分だけの評点としては相対評価が可能です。すなわち日進月歩が自分流の評点基準で可能になりマンネリを脱却し人間形成のツールとして大変有効に使えることが、自分でやってみての驚きであり想定以上でした。しかもやり出した当初は、一ヶ月ごとに評点基準をより厳しく設定し直してやるくらい三昧の評点(質)が向上しました。それまでの40年の座禅修練が無駄ではなかったとも思えたし、毎日の数息観座禅を挑戦的に取り組めるようになったのは有り難いことでした。まったく、ためしてガッテンに感謝です。詳細なやり方は昨年刊行した2冊の拙著の巻末にも集約して掲示していますので参考にして頂ければ良いと思います。是非一日一炷香を、数息観の評点付けをすることによって、人間形成の力にしてください。合掌
 
 
※数息観評点表については下記をご覧ください。
 

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有楽流 「阿吽の構え」

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/2/2 0:18
翠松です。

お正月に藤田法照さんが「阿吽の呼吸」について投稿しておられましたが、人間禅道場に伝わる有楽流茶道でも、「阿吽の構え」ということを致しますのでご紹介します。

 

日本座をする際、両膝を女性はひとこぶし程、男性はふたこぶしほど開けて背筋を伸ばし姿勢を正して坐り、両手を膝に乗せますが、その時に有楽流では掌を上向きにして指を軽くまるめます。そして左手はしっかり閉じます(人差し指、中指、薬指、小指の4指をそろえてまるめ、親指を人さし指と中指の接触部の先に軽く当てます。すると楕円形ができます)。右手は少し開けます(親指を人指し指と中指に触れさせません。かすかに開けておきます。閉じてはいない楕円形が出来ます)。これが「阿吽の構え」です。

「阿吽の構え」は座禅の時の「法界定印」に由来するそうです。客も亭主も、この構えをするのが基本です。が、長時間になり疲れた時には、阿吽の構えを解いて、次のようにしてもよいのです。左手を掌を上にして膝上・へそ下に腹に触れるようにおき、その上に右手を掌を下にして重ね、互いの手の甲を、揃えた指で包むようにして軽く組みます。

 

お辞儀をする時には、男性は両手を「阿吽の構え」の形のまま両脇に下ろして畳につけます。自然に上体が前に傾きます。女性は五本の指を揃えて真っ直ぐにして両脇に立て、畳に触れている中指に体圧をかけます。すると上体が前に傾きます。その形がそのまま有楽流のお辞儀になります。肘を曲げて、上体・頭を殊更それ以上下げる必要はありません。肘は曲げません。このお辞儀の仕方は、袱紗を右の腰につけることと共に、武家流らしさの現れている一面です。

 

この「阿吽の構え」とお辞儀の仕方の結果として、基本的に、点前中に衣服や床に掌をつけることはありません。(最初の総礼の前に居住まいを正しますが、その時に衣服の乱れを直すためにちょっと裾に触れることはありますが。)この「阿吽の構え」とお辞儀の仕方は立礼席での椅子の時も同じです。

 

「阿」はサンスクリット語のアルファベットの最初の音、「吽」は最後の音を表すそうです。日本語の五十音も同じですね。「あ」と発音する時は口が開いています。「ん」と発音する時は口が閉じています。

右手を「」形に開けているのは、これはいつでも働き出す用意のあることを示します。臨機応変の働きをする手です。左手を「」形に閉じているのは何事にも動じない絶対の不動を表します。

けれども、右手と言い、左手と言っても両者は決して無関係の別物ではありません。胴体でつながっています。両者は相関関係にあり表裏一体ともいえます。不動の心の支えがあってこそ、臨機応変の働きができます。また、臨機応変な働きに支えられてこそ、不動は堅固たりえます。

右手と左手との関係を動と静、慈悲と智慧、相対と絶対、無常と常などと言いかえてもよいかもしれません。宇宙の終わりと始まりとする考え方もあるそうです。

右手と左手を合わせて一つにした形が合掌です。(点前中、さしあげたお茶を召し上がった後、合掌されるお客様がおられますが、その時に私はお辞儀でなく合掌でお答えしています。)

 
 45年前の最初の擇木茶道部の稽古の時にお習いしたこの「阿吽の構え」を私はこのように捉えて実行を心がけお伝えしています。      合掌 擇木茶道部  林 翠松
 

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