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擇木道場

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擇木ブログ - 20170620のエントリ

来月からの仕事がない・・・どうするんだ?というサラリーマンだと普通はなかなかない貴重(?)な経験を、ここ1、2年で3回も経験した心印です。
 
SE(システムエンジニア)という仕事をしていると、システム開発のプロジェクトは以下のように進んでいきます。
 
1.システム提案 営業さん、営業系のSEが中心
2.システム受注 営業さんの土壇場
3.要件定義 開発系のSEがここから入る
4.基本設計 SE(システムエンジニア)の土壇場 その1
5.詳細設計 SE(システムエンジニア)の土壇場 その2
6.開発 PG(プログラマー)の土壇場
7.単体テスト PG(プログラマー)かテスターの土壇場
8.結合テスト PG(プログラマー)かテスターの土壇場
9.総合テスト
10.カットオーバー 本番稼働
 
ということで、一番人がおおぜい必要なのは5~7あたりで、後は少人数で行われるのです。開発プロジェクトは山の形と同じように真ん中あたりが一番人が多くなり、始めと終わりは人が少なくなっていくのが普通です。このように人が増えたり減ったりするわけなので、派遣の形で応援に来てもらう協力会社の方達が絶対に必要なのです。
 
人が増えるときはいいのですが、減るときは必要のない人がその対象になります。残念ながら(仕事ができないせいなので本人のせい)、その対象に3回もなってしまったということで、サラリーマンは宮仕えで気楽な稼業なんて今はとても言えない時代です。
 
私の場合、経験だけはあるものの、技術レベルは若い人と変わらない、お客様や他の人とうまくやっていけない、マネージメント力がないということで、これは私が座禅を始めた理由でもあるのですが、その力及ばずってところですか、あるいは座禅をしていなかったらもっと最悪のリストラってことになっていたかもしれません。
 
1度目は次の月からのプロジェクトにちょうどスキルがはまって、そこに入れてもらえました。2度目は次の月から、それを担当する人が辞めることになり、それをやることになりました。
 
3度目は5月末でその仕事が終わって用無しってことになったのですが、結局は他の若いSEさんがお客様とうまく信頼関係を結んでいる、技術でもスキルや業務知識がある、注意深さ(私は注意力が足りない、チェックが甘いと)に負けているのです。それは認めざるを得ません。
 
さすがに今度ばかりは前の2回のようにうまくは運ばないだろう、会社をリストラされてしまうかもしれない、そうなったらクビになったら単身赴任しているので、東京にはいられない、大阪に戻って仕事を探すしかなく、SEの仕事なんか大阪にはないのでスーパーやコンビニの店員さんか、でも腰痛持ちなので肉体労働する自信ないなぁと思っていました。
 
また大阪に帰ることになったら擇木道場でのことも後輩に任せるしかないし、人間禅には関西道場もありますが、下手したら人間禅を辞めるか、長期に休むことになるかもしれないとは考えていたのです。
 
しかし・・仏様がいらっしゃるかどうかわかりませんけども、そうなったらお前の人間禅での仕事は終わったのだと受け止めようと思っていました。
 
自営業の方にはこういうのは当たり前の状況かもしれませんが、サラリーマン生活の長い私には結構きつかったのはありますが、さすがに禅者の端くれの端っこですから、こういう状況に追い込まれても、あわてることも、焦ることもなく、心がブレない状態を保っていられたのです。これは座禅のたまものですね。
 
すると、なんと最終週、ギリギリになって仕事が決まったのでした。
 
あぁ、これで家族と一緒に暮らせる日々は遠くなったなぁと思いつつ、仕事があることにはもちろん感謝です。しばらくは人間禅の仕事もすることになったのでした。
 
「土砂降りの雨が降っていても止まない雨はないよ」・・・かって、某銀行のプロジェクトがキツ過ぎて、死にたいと思っていた頃に嫁さんに言われた言葉です。それで何とか死なずにすみました。
 
今は曇りにあたると思いますが、座禅をこのまま続けていけば、いつかは晴れるかもしれない、仰月庵老師が言われた言葉に「座禅をすると人生がバラ色になるんだよ」と言うのがありますが、いずれはそういう境地に行けたらと思いつつ。
 
もし同じようにリストラやパワハラの危機にあっている、仕事がきつくて死にたい、そういう方がいたら私と一緒に座禅してみませんか?
 
金曜の夜21時 「東京で夜一番遅い座禅会」でお待ちしています。
 
心印 拝
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法照です。
 
人間禅擇木道場では、奇数月に禅セミナーを開催しています。
禅セミナーでは、金曜日~土曜日の二日間で勉強会、講演会を催しています。
5月20日に開かれた講演会『「心療内科」と「禅」』をYoutubeにアップしたご紹介を6月9日のブログで行いましたが、今回、
岩村富嶽居士が感想を書いてくださいましたのでそれも併せて改めて掲載いたします。




Youtubeへはこちら

岩村富嶽居士は、ご自身も「実践心理学講座」を矢切の本部にある人間禅道場付属「宏道会剣道場」で月一回主催されています。
次回の
実践心理学講座は7月9日(日)の予定となっております。詳細は下記URLを参照してください。
https://momofunks.wixsite.com/yagiri
よろしければそちらもご参加ください。


以下、
岩村富嶽居士の感想です。

毎度禅フロンティアに参加できているわけではないけれど参加して毎回思うことは、ここで話される方々は“皆一様にして「在り方」が素晴らしい”と感じます。
まぁ、そういう方々なので講演をしていただいているとも言えるのでしょうが。
今回の中井先生もやはりそのお一人。様々な肩書きを持ちながらも驕らず、謙虚で柔和な印象を受けました。
話の内容もさることながら、その人としての在りよう、いわゆる人格という部分の印象を今も強く記憶として思い出します
 
毎度毎度講演者の在り方の素晴らしさを感じながらなぜ今回敢えて口に出したのかというと、私自身の過去のメンタル不全の経験として通院した心療内科は、中井先生とは程遠い存在であったからです。
かといって、その医師が悪いのかというと日本の医療制度上致し方ない点は多分にあるのでその医師達を責めることはできないかなと思います。
短い診療時間。表面的な症状に対する処方としての薬の処方箋。メンタル不全の根本原因はそんなところにはなく、まるで応急処置を施して良しとするかの治療方針が功を奏す気がしないことに気づくのにさして時間は必要としませんでした。。ある意味、自分がメンタル不全から脱却できたのは、医者に見切りをつけて「自分でなんとかするしかない」という点があったからなのではないかと、皮肉にもそう思い返します。
決して悪い医師達ではなかったのですが、これが心療内科の現状なのだと感じました。
わずか僕が経験したことを十把一絡げにどうこういうのはよろしくないのは承知の上で、そう思います。
逆を言えばそれだけ中井先生は素晴らしく、かつ稀有だということ。
人生とは誰と関わるかで大きく変わる。こういう人と関われた人は幸せなのではないだろうか。
だが、治療者としてこれが実践できていると言える人は一体どれくらいいるのだろう。
医療従事者に「かくあってほしい」という願いと、治療者として「かくありたい」という
想い、そして「かくあろう」という志の芽生えた講演会だった。
 

手前味噌な話ですが、僕は現在カウンセラーとして活動し、本部道場にある剣道場で「実践心理学講座」という講座をやらせていただいている。
過去のメンタル不全と自殺未遂の経験から、微力でも同様の境遇の人々の力になれたら。
心の捉え方や講座を通して参加者同士のかかわりでより元気に、幸せになる場の提供ができたら。
そんな想いで講座を月に一度開催させていただいている。
 
この講座の発起人であり、
僕の師匠である椎名先生には8年のメンタル不全の経験と自殺未遂の経験があり、今回講演された中井先生には三度に及ぶ生死の境を彷徨った経験をお持ちだと伺った。
 
「仕事」を「志事」にしていける人というのは、
その人の人生の中で強烈な「修羅場」の経験を持っていることが多く、
そこを乗り越えて今目の前に存在しているからこそ、影響を与え、「志」を「かたち」に変えられるのではないかと感じます。
 
トントン拍子にうまくいく人生などあり得ないでしょうが、
できるだけ僕らは苦しみ、悲しみ、痛みなどを避け、できるだけ楽しく、幸せに、無事に、うまくいくことを望んで生活をしている。
だが、人としての成長をする瞬間というのは実は「平穏無事」のなかではなく、地獄のような「修羅場」を乗り越えたところにあり、そこにドラマがあり感動があるのではないかと思う。
だからといって自ら進んで修羅場に飛び込む気もないしできるだけ平穏無事に過ごしたいわけだけど、中井先生がいうマイナスの出来事に光をあてる「逆観」、「出会いに偶然はない」というその「意味」はそんなところに共通するものを感じます。
 
「病気」はできることなら避けて通りたいものも、そこに「意味」
がある。
「どんな患者さんもその病気には意味がある」
中井先生にはそれを信念として強く持っているのを感じました。
 
「人生の苦難にいかに向き合い、そこにどんな意味を見出すか」
人生とはその追求であり、そこにその人の大いなる価値はあるのではないか。
そう強く感じた講演でした。
 
岩村富嶽
 
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