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擇木道場

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擇木ブログ - 20170509のエントリ

なぜ座禅をするのか?

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/5/9 21:54
心印です。
 
なぜ人は座禅にひかれて来られるのか?
毎週、金曜日の夜になると、黙々と禅堂に座りに来られる人々。
 
彼らが初めて来られた時に、座禅講習申込み書の一番下に座禅の理由を書く欄があるが、簡単に書かれる方もいらっしゃるが、そこでひとしきり考え込んでしまう人も、また多いのだ。
 
心がざわつくから、心を落ち着かせたい、落ち着きがないから、、集中力がないから、座禅が良いと聞いたので・・・と、理由のいくつかをまとめて何種類かに分類することができるが、自分の理由と他人の理由が全く同じ人はいないはずなので、それこそ人の数だけ理由があると思う。
 
そういう私にも明確な理由があって、よく金曜の夜の座禅後に行っている勉強会で話すのですが、人間関係に関する悩みである。若いうちはそんなことを考えたことがなく、ただガムシャラに仕事をしまくっていたという感じだったが、思い出すと、その頃でも、これでいいのだろうか?と幾度となく考えることがあった。でもSEという多忙な職業を選んだおかげで、考える暇もなく次の仕事をこなすだけで精いっぱいだった。
 
よく例えられることに、健康な時は全く気にならないが、病気になった途端に胃腸や肺や血管の存在に気付くものである。人生もそれと同じで、順風満帆の時、あるいは逆風の時は、なおさらそんなことに気付いている暇はないが、歳を取って先行きの心配をしたり、先輩や身近な人が亡くなったりすると、ふと不安に襲われることがあるだろう。
 
1年ほど前、30代の女性に「何が一番不安ですか?」と聞いたら、「老後が心配です」と言われたが、経済的にも、心理的にも老後が不安だという年齢が早まっている時代だと思う。
 
じゃあ心配している主体はなんだ?と言うと、それは「自分」である。でも私はよく説明するのだが、人が「自分」だと考えているものは、半分以上が妄想や雑念でできている。心配もその妄想や雑念が発生源であるから、座禅をしてちゃんと正しい「自分」をつかめたら、心配や不安は解消されてしまう。
 
何かの自己啓発的な方法論や精神論で解決したり、何か楽しいことで気を紛らわせたりするのではない、座禅は元から絶つのであって、そもそも「自分」がはっきりと掴めたら、心配や不安は発生しなくなるのだ。
 
座禅によって問題が解決するのではなく、その問題を発生させてしまう主体である「自分」というものが変わると言ってもいいであろう。
 
数息観だけの座禅でも、「自分」をかなりのところまで掴むことができる、仏教的に言うと「自分」と言うのは本来、決まりきった形を持たない、仏教用語で言うと無相と言うが、数息観に習熟してくると、だんだん自己と世界の境目がなくなっていくことを感じる。
 
さらに参禅までして、公案修行をするようになると、これは実感を持って「自分」というものが掴めるのであるが、こればっかりは実際にやってみないとわからない、言葉では届かない世界なので、言葉で書けることは、例えば「自分が掴める、実感がある」とか言う表現しかできない。
 
さらに「自分」を掴めたと言っても、禅の修行段階から言うと最初の方であって、それを自在に使いこなせるようになるまで、あるいはそれで人を救えるようになるまでは、まだまだ何十年も先になる修行の道がある。
 
それをどこまでできるのか? あるいは自分がどこまでできるのか? それはやってみないとわからない。最初から、何十年も一生をかけて座禅しようと決心できる人なんてほとんどいないのだ。
 
少なくとも私はそうであった。人間関係に悩んで座禅を始めたが、解決したら辞めるかも?と思って、始めて5年が過ぎたが、まだまだ解決の道は遠い、でもこの道の先に確実に解決する方向があるな、とようやく気付いたくらいなのである。
 
もし、この文章で何か思うところがあれば、「東京で夜一番遅い座禅会」に参加して、勉強会に出てみましょう。
 
心印 拝
 

 
 
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日曜座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/5/9 9:33
57日 日曜座禅会
初めての参加  3
2回以上参加  4
支部員     3
合計     10
 
読経    「般若心経」
一行物   「檻前山深水寒」
北周隋代の僧璨(そうさん)(達磨大師から数えて3番目の祖師)による『信心銘』の「至道無難」に関する公案が『碧巌録』に4則採られている。「趙州至道」に対する雪竇重顕の偈頌にある「天際日上月下 檻前山深水寒」から出た一行物。深山幽谷の美しい景色を思わせる一方、水は清く冷たいという当たり前のことを言っている。「道」はどこかほかにあるのではなく、身近なところに当たり前のようにあるものだと言っています。
 
一行物の紹介のほか、葆光庵老師の作成された「相対樹、絶対樹」を説明した。相対的思考は自然科学の進歩に不可欠であるが、絶対的思考も人間形成には必要です。その分野の開拓手段には「数息観」が良い。擇木道場では一週間に数回の坐禅会を開催して「数息観」を弘める活動をしています。
連絡事項
519日、20日に禅セミナを開催します。
520日午後は「心療内科と禅」というテーマで禅フロンティアを開催します。
龍泉 拝

 
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