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擇木道場

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擇木ブログ - 201703のエントリ

インドラの網

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/3/24 0:45
「法照」です。
自分の道号に括弧をつけている理由は、また後ほど。
さて、来る3月26日は
『華厳経』を読む② 「真実を求めて~善財童子の旅」
がございます。
一年かけて慧日庵老禅子がお送りした仏教講座も第一期はこれが最後になります。
これに関連したお話しをしたいのですが、善財童子については前回のブログ
「善財童子」
で記載しましたので、今回は講座で取り上げられると予告されている宮沢賢治について書きたいと思います。
第5回の仏教講座でも慧日庵老禅子が少し触れられましたが、宮沢賢治と華厳経のつながりというと「インドラの網」になります。
「インドラの網」をお読みになったことはございますでしょうか?
読んだことのない方は、下記の青空文庫から無料で読むことができます。
青空文庫「インドラの網」
※青空文庫は著作権が消滅した作品を無料で公開しているサイトです。
「インドラの網」は、ネットなどで調べると「童話」として紹介されていますが、「童話」というにはかなり難解です。
第5回の講座でも少しご説明がありましたが、「インドラの網」とはインドラ(帝釈天)の宮殿にかかる網のことで、結び目にそれぞれに宝珠がついていて、その一つひとつが他の一切の宝珠を映し出すという深遠な世界を現しています。
また、ストーリーは于闐(こうたん)という都市(華厳経の経典が秘蔵されていた都市)にあった于闐大寺を発掘した青木晃が、ひどく疲れて倒れていたところ、気づくと壁画にあった三人の天の子供たちに会い、幻想的な世界の中で天の子が指し示すインドラの網を見て…、と続いていきます。
宮沢賢治といえば、詳しい方は「なぜ法華経を信仰している賢治が華厳経を題材にしたのか?」と思われたかもしれません。
調べてみると賢治は法華経を深く信仰していたようですが、それ以外の知識も広い分野から得ていたことが宮沢賢治が残した蔵書目録から見て取れます。
文学(日本、世界文学)、古典、思想、仏教書、聖書、数学、化学等々。
宮沢賢治には「四次元」に関する著作もありますが、相対性理論などの本も蔵書目録の中にあります。
(「インドラの網」の中にも「重力」という単語が出てきます)
それほど賢治の知識は多岐にわたっています。
自身の信仰のみならず、あらゆる分野の知識を貪欲に吸収して独自の世界観を構築していったことが蔵書目録から想像することができます。
膨大な知識と賢治の感性から作られたこの物語は出てくる言葉の一つ一つが荘厳な世界を想像させますが、それが最終的に何を現しているのかを読み取るのは非常に難しい作品であると感じました。
賢治の世界観は先ほど「読み取るのは非常に難しい」と書きましたが、結局「読み取る」ということで理解できるものではなく、最後は読む側の感性を最大限に使って感じ取るしかないものではないかと思いました。
そう考えると、この物語は「公案みたいだ」ということも言えるように思います。
「公案」というのは禅の問題で、私たち禅の修行をする者は老師から公案を授かって、答えを考えて師である老師に見解(答え)をもっていきます。
「答え」とは書きましたが、公案は理屈で考えて答えの見つかるものではなく、理屈以外の、感性からでてくる閃きといった形で現れてくるように思います。
「インドラの網」も理屈で考えると、「結局何が言いたいの?」で終わってしまうような終わり方です。
言葉で考えるのではなく、宮沢賢治の「世界観」のようなものをいかに感じ取れるかでこのお話しを深く受け止められるかどうかが変わってくるように思いました。
皆様、もしこの物語をお読みになりましたらどのように感じられますでしょうか?
無料で読めますので、是非、読んでみていただければと思います。
さて、冒頭で自分の道号を括弧で括っていた理由ですが…
道号とは最初の公案を透ると(正しい解答をすると)老師からいただける名前になります。
「法照」という道号をいただいたときは驚きました。
「法」といえば、ざっくり言えば仏の教えというものでしょうか。それを「照らす」…
いやいやいやいや、ちょっと待ってください…
そんな大それた道号、いただいてよろしいんでしょうか?
正直、うれしいよりも怖かったです。
が、そんな大それた道号をいただいたからといって、いきなり法を説けるわけもなく…
(だいたい、修行が一定以上まで進まなければ法を説いてはいけないという決まりもありますし)
自分には過ぎた道号だなと思っていたのですが、仏教講座のスタッフとして関わっていて少しわかってきたように思います。
「インドラの網」は、結び目にある無数の宝珠がそれぞれの光を反射して無限に広がっていきます。
法を光と例えるならば、お釈迦様から始まった光は、弟子達に反射して、更にその弟子達へと脈々と続いてきました。
その降り注いだ光の先に我々人間禅もあり、慧日庵老禅子が仏教講座という形でまた光を反射していきます。
私の役目は、その光が皆様の元に届くように、私自身は光ることができなくとも皆様の元にその光が届くようにするすることではないのかと思いました。
自分は法を照らせなくとも、法を照らす人の元へ皆様をご案内できれば、インドラの網も輝きを増していくのではないでしょうか。
そう考えるようになって、自分の道号もすこしなじんできたように思います。
是非、皆様もインドラの網にある宝珠の一つとして、光り輝いていただければと思います。
合掌 「法照」 拝
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3月21日 火曜座禅会

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座禅ブログ
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擇木道場 2017/3/22 15:31

321日 火曜座禅会

初めての参加    1

2回以上の参加    4

会員                     7

合計                     12


読書会                 『正法眼蔵随聞記』

お知らせ              3/2426  禅セミナ

                            3/25 午後 禅フロンティア「能楽と禅」


久しぶりに火曜座禅会に参加した。一月前のメールで、オーストリア人のDr. Andreas Tuchacekさんが擇木道場に来訪する旨を聞いていました。3週間の休暇を利用して日本を訪れています。仕事は精神セラピストで、2年前に擇木道場を訪れたMrs. Evaさんの友人です。Evaさんは旧擇木道場で禅に出会い、現在も続けています。葆光庵老師ほか東京第一支部出身の多くの先輩方もEvaさんをご存知です。

昭和21年から長屋喜一先生は擇木道場主幹として坐禅指導と普及活動をされていました。さらに、昭和40年から62(御齢90)までは、一年の半分をドイツ、オーストリアなど欧州で坐禅を弘める活動を続けられていましたが、オーストリアで摂心会をしたときにAndreasさんの父上が入門され

た。その影響でご自身も坐禅を始めて、現在までに30年の修行歴をお持ちです。坐禅終了後は居士寮での『正法眼蔵随聞記』の読書会に参加し、日暮里の中華レストランで夕食を共にして親交を温めました。座禅の道友が遥か離れたオーストリアで修行をしていることを知り嬉しく思いました。尚、Evaさん、Andreasさんが所属しているウィーンの禅グループ(Mr.Obermayer's Zengroup in Vienne)のメンバーは1,000人とのことでした。写真は夕食会でのスナップです。参加者はAndreas居士、妙義軒老居士、道風庵老居士、翠松禅子、慈照禅子、雲泉居士、龍泉です。


 



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  3月18日  女性部静坐会

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座禅ブログ
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擇木道場 2017/3/22 11:12

私は家で坐るとき、以前頂いた白磁の観音様の前で

坐ります。 20センチ弱の観音様です。

上体を少し斜めに傾けてうつむき加減の優しいお姿。

最近はお香も焚きます。 45分も消えないものでなく

観音様の背丈ほどのもの。今は、ちょっぴり贅沢に白檀。

幸せな香りに包まれますが、自分の息を数える数息観は

お香には助けてもらえません。

寧ろお香が消えて、あゝ煙が上らなくなっちゃった・・・と

思う頃に気持ちがシーンとしてくるようです。

 

女性部静坐会では座禅後、読み物をします。

よく読んで頂く一つに、坂村真民さんの詩があります。

 

  死のうと思う日はないが、

 生きていく力がなくなることがある。

  そんなとき、お寺を訪ね

 わたしは、ひとり仏陀の前に坐ってくる。

 力湧き、明日を思う心が出てくるまで、坐ってくる。 

 

 

この日も3人の新しい方々が坐りにお出で下さいました。

いつもは座禅後、禅堂でゆっくりとお抹茶を頂きますが

支部総会が予定されていたので、慌ただしい呈茶となり

申し訳ありませんでした。

皆さん一斉に茶筅を振って細かい泡の美味しそうなお茶が

点ちました。

 

今週25日は女性部勉強会。『勝鬘夫人の告白』を読みます。

4月は毎土曜日、常の静坐会を致します。

ご参加を心よりお待ち申し上げます。  (秋香)

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4月1日花見会を開催します。

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擇木道場 2017/3/21 11:25
今年も、お花見の季節を迎えました。
靖国神社の桜も開き始めたとか・・・開花宣言が待ち遠しいですね。

さて、擇木道場がある谷中は、お花見スポットである上野公園や谷中霊園ののすぐ近くにあります。
そこで、満開を迎えるであろう4月1日午後4時すぎから、上野公園散策後、5時過ぎから、道場でお花見懇親会を開催いたします(参加費ひとり1000円)。

静座会に参加されている方どなたでも大歓迎です。
満開の桜の下、一期一会の楽しい会ですので、是非ご参加ください。

道場の出頭簿横に案内文書を置いてありますので、参加希望の方は、御名前をご記入の上、備え付けの封筒にお入れください。

合掌
 香水 拝
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平成28年度第1期の仏教講座も、3月26日にいよいよ最終回の第6回目を迎えます。

これまで(第5回目まで)、のべ195名の方にご参加いただきました。
また、5回全部出席された方が10名、4回出席された方が14名いらっしゃいます。
さらに、2回目以降も、新たに受講された方が続々と申し込みいただきました。
本当にありがとうございました。

回を重ねるごとに、仏教に関する知識の修得だけでなく、御釈迦様との出会い、悟りに触れる喜びを感じることができました。講師である慧日庵笠倉玉渓老禅子が、毎回詳細なレジュメを用意され、難しい仏教用語をわかりやすいお話いただくことで、難しいお経を身近に感じることができたと思います。

さて、ここからが、最終回のサプライズです。

今回の仏教講座は、6回の受講を通して、仏陀の生い立ち、悟りの内容、大乗仏教の成立過程とその内容等の基礎的内容を理解していただくことを目標としております。
そこで、平成28年度の仏教講座を5回以上出席された方には、上記内容を修得されたこととし、慧日庵笠倉玉渓老禅子より、第1期仏教講座修了証書をお渡しいたします!
これまで0回あるいは1回のみ欠席された方が対象となりますので、是非6回目もご出席いただき、修了証書を受領してください!

ん?そうなると2回以上欠席した方や初めて参加した方には何もないの?
いやいや、老禅子が、なんと!第6回目参加者全員に素敵なプレゼントを用意されています!
これは、なかなかゲットできるものではありませんよ。
プレゼントが欲しい!という方は、是非是非お越しください!

また、講座終了後に短い時間ですが、懇親会を設けます。
来年度の講座内容についてもお話がある予定ですので、こちらにも奮ってご参加ください(懇親会参加費500円)。

スタッフ一同、皆様のご参加を心よりお待ちしております!

合掌
  仏教講座担当 香水 拝
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仏教講座「華厳経を読む」

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擇木道場 2017/3/15 23:00
今回は華厳経を学びました。
本来は膨大な資料の中で、2時間という限られた時間の中で説いていくには時間が足りない中、慧日庵笠倉玉溪老禅子が、辛苦してわかりやすくまとめて下さいました^ ^
経典などは、絶対的な悟りをどうしたら伝わるかとあらゆる側面から伝えるために、時にドラマティックに、ダイナミックに説かれています。それをさらにわかりやすく毎回噛み砕いて、講座を開いていただいています。

僕の感想を書かせてもらいます。

僕ら含め、全てに仏の命が宿っている。
その例えとして、海で例えるなら、海に漂う藻が僕らとすると、一見、個人個人のように見えます。
そう思うと、他者と自分を分け、そしてその自我が強すぎると孤立し、孤独になっていく。しかし、一旦海に潜ってみると、実はみんな下で繋がっている^ ^他人も自分も実は一つで、その中で、みんなそれぞれの個性()がある。

だから他者にしてあげる事は自分にしてあげる事と同じ事。皆一つに繋がっているから、全て帰ってくる。
全て学び。
他者との関わりの中で自分がいて、その中で成長でき、関わる事、人にする事は無駄ではなく、自分のためなんだという事。そういうものの見方ができれば今の世の中の状況、問題も解決していく鍵になると思います。
だけど現実は色々あり大変な事だけれど、だからこそ禅などの実際の修行があり、理屈だけではなく深い所で確信できるように、力強くぶれない心を身につけるように、実際に行動に移し学んで行くとが大切だと改めて感じます。

今回の内容は自分自身、グサッと刺さる所もあり、胸が痛くなりましたがf^_^;余計に明確になりました^ ^
そして、先祖も含め沢山の無限の数の中で、僕らは縁して生きて、沢山の縁によって生かされている。一つ欠けても今はない。その奇跡、必然性に感謝と、感動を覚えました。

華厳経において、もっと沢山の事があると思うのですが、僕が今回感じた、自分の実践として持って帰る事の出来た事でした


小林 赤誠
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心印です。
 

この土曜日は「癒しの座禅と癒しの歌姫 玉村梨紗さん 座禅体験会+ミニコンサート」を開催しました。
 

ツイキャスを昨年の10月頃に始めて、re-in.Carnation(リーインカーネーション)というバンドのCDを入手した話をこのブログに書いたのが、12月20日の「音楽、アーティスト達の今昔物語」でしたが、そこに初めて、最近のお気にいりってことで玉村梨紗さんのことを書きました。
 

それから、もしかしてうちの道場でコンサートってできるのだろうか?と思いついて、調べると、既に市川の本部道場では地元のバンドや、会員にフルートの先生がいらっしゃるので演奏会をやっていたのでした。
 

擇木道場では私が知る限り、こういう音楽活動はなかったので、内部のSNSでお伺いを立てたところ、老師からすぐに返信があり「大いにやれ、人がいっぱいになって困ると言うまでやって良い」とのこと。
 

それからいろんなアーティストさんに声をかけていたのですが、皆さん座禅と歌???ってなって断られる中、最初にOKを頂いたのが玉村梨紗さんでした。
 
それからスケジュールや内容を調整し、チラシを作り、ツイッターやFacebook、メルマガ、ホームページの記事を書き、座禅会で告知、玉村梨紗さんのツイキャスでも他の方から見ると迷惑なくらいコメント()で集客をしていましたら・・・
 
最初は5名くらいで、玉ちゃんの周りに車座になって座って聞く感じだろうとねとファンの皆で言っていたら、玉ちゃんのツイキャスが人気でどんどん人が集まってきて、予約が14名にもなり、これは座禅の指導は私だけでは無理だと、慌てて前日に誰か助けてくださいとメールを道場内で回すという嬉しい悲鳴になりました。
 
そして、ついに3月11日を迎えることができました。
 
午前中の女性部の座禅会が終わってから、ファンの方に音響の仕事をされている方がいて、群馬からわざわざ機材を持ってきてくれました。大型のスピーカーが2台入って、その音はそのまんまライブハウスと同じものでした。
 
私も大昔バンドをやっていたので、音響のことを少しはわかりますが、擇木道場の禅堂のような畳の和室は、反響せず音を吸収してしまうので、ちゃんとした音を聞かせるにはチューニングが難しいのです。
 

黙々とセッティングする群馬のととちゃん
擇木道場がライブハウスに!!
 

次々にお客様がおいでになります。中にはバイクで来られた方も、一番奥は名古屋から来られたチャックさんのホンダCB、2台目が電気屋さんのヤマハ セロー、3台目は私のカワサキZZRです。

 

 
だんだんお客様が集まってきて、既に知り合いになっているファンの方もいて談笑している図です。時間まで本を読んでる人もいます。ライブハウスと違って道場だと、こういうリラックスした感じになるので、おばあちゃんの家みたいだと言う方もいました(玉ちゃんもそう言っていましたね)。
 

 
いよいよ玉村梨紗さんの登場です。最初はみんな既に知っている人ばかりかと思ったら、初めて会うと言う方も多かったので、ちゃんと紹介しました。岡山出身、昨年4月に上京して来られて1年、CDを出したばかりのシンガーソングライターさんです。3歳からピアノを習い、ドラムも叩けるし、ギターも弾ける多才さ、また撮影のモデルさんもされていました。
 

自己紹介をしてもらいましたが、禅道場と言うことで、上京する前、何度も仕事で東京に来ていた頃、巣鴨で買った作務衣を着てこられたとのことです。

 

 
全部で24名(一般16名、人間禅会員8名)の方が集まりまして、こんな感じになりました。私、心印から座禅の仕方を指導しましたが、説明がわかりやすいと後でツイッターしてくれた方がいらっしゃいました。ありがとうございます。
 

 

ツイキャスをしているとわかるのですが、座禅についての正確な知識が伝わっていないため、みなさん大きな誤解をされている、「座禅とは動くのを我慢する、少しでも動いたらバシっと叩かれるもの」だと思っている方が多いのですが、こういうイベントも正確な座禅の知識を広める活動の一つなのです。

 

座禅用のイスを説明している図です。必ずしも座禅は足の痛いのを我慢することはなく、こうしてイス座禅でもいいのです。

 


 
姿勢は大海さんをモデルにさせてもらって説明をしました。なかなかカッコいいですねっ!!
 

 
玉村梨紗さんは楽な座り方ということで正座を教えたので、それで座られていました。
 

 
みんなで座禅に入りました。
 

 
玉村梨紗さんもきれいな姿勢で座禅されていました。
 

 
座禅とマイクスタンドが同時に写真に写るのは前代未聞のできごと・・・()
 

 
助警(警策で姿勢を正す役目)は大海さんにお願いしました。これは叩いてほしい人が自己申告でお願いするものですが、玉村梨紗さんもお願いして叩かれていました。
 

 
さて座禅が終わるとお楽しみのライブです。みんな待っています!!
 

 
いよいよ玉村梨紗さんの登場です。ギターはコールクラーク製で「シャーロット」と名前をつけて愛用されているものです。
 

 
 

 
ワンマンライブってことで時間があるので何曲か封印していた曲も歌ってくれました。おばあちゃんが亡くなった時に作った「おばあちゃんの歌」や、愛車との別れを歌った「レッドちゃんの歌」もセリカとの別れを思い出してうるっときました。
 

 
途中、なんとラジオ体操が始まりました!! この為に、ととちゃんにラジオ体操 第1と第2の音源を頼んでおいたそうです。ととちゃんは、第2も?って聞いたそうです。後から第3と言うのもあると聞きましたが、見たことありません()

 
楽しいライブはあっという間に終わってしまいます。集合写真を撮った後、物販になります。玉ちゃんのCD「シャーロット」が(飛ぶように)売れています。
 
 
 
一緒に写真も撮ってくれます(ただし有料~)。希望するとCDにはサインも入れてくれます。
 

 
いつも素敵な満面の笑顔で握手してくれる玉ちゃんです。
 

 
ファンの方からぬいぐるみをもらいました。写真にはありませんが、他にチャックさんから花束も頂いていました。

 
なぜか突然、似顔絵を描くということになりチャックさんが座らせられました。一体何が始まるのか?と思ったら、玉ちゃんは似顔絵も上手なのです。
 
しかし、この写真は後でツイッターで、玉村先生に叱られるチャックさんの図にしか見えないとファンの間では拡散してしまいましたとさ・・・
 
玉村先生「チャックさん、バイクもいいですけど、スピード違反はだめですよー」
チャックさん「つい玉先生に早く会いたくて・・・」 セリフアレンジby心印。
 

 
叱られるチャックさんの図(似顔絵を描いている)
できあがり(これは家宝ですねw)。
 

 
ととちゃんが仕事があるということで、機材を片付けてすぐ帰ろうとされたところを似顔絵を描くからと引き留める玉ちゃん、本当に数分で似顔絵を描かれてしまいました。
 
こんなにファンのことを大事にするアーティストさんはなかなかいないと思います。
 
 

 
描けた似顔絵を渡して握手、ととちゃんは後でこのことをツイッターに「業界入って30! オフステージではある意味タレントとは対等。しかしオンステージでは全力で持ち上げる!
その中にはサインや色紙は存在しなかったのですが、本日その呪縛が解かれました!
しかも似顔絵付き( ˆωˆ )
感謝の気持ちで描いてくれたが、こちらが感謝()」と書かれていました。
 

 
帰られたととちゃんを送って、その後、擇木道場の前で記念写真(法照さんに撮って頂きました)。
 

 
擇木道場の玄関で帰られる皆さんをお見送りする玉ちゃん。まるで旅館の若女将()
 

 
 

 
 
心印 拝
 

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次回は3月26日(日)14時30分から、東京・日暮里駅そば擇木(たくぼく)道場にて、華厳経の第二回講義となります。14時からは前回までの復習説明もあります。初めての方でもぜひいらしてください。

さて、第5回仏教講座参加者からの感想です。

ごきげんようの玉道です。みなさん、「華厳経」というお経は知っていますか?

おそらく、聞いたことはあるのではないかと思います。お経というと漢字ばかりで難しそうですよね。自分なんかも、坐禅をした後に、お経を唱えることがありますが、意味も考えずに、ただ一生懸命にお経を唱えることが多いです(笑)。読経三昧になることも大切だと思いますが、その意味を知ることもまた、大切だと思います。しかも、この「華厳経」とは、釈尊が悟りを開かられたその時を壮大に語ったものとなっていて、仏教の教えがここに、ギュッと凝縮されているそうです。

それは、

~~この世は、すべての存在が関与し依存し合い、見えない大きな因縁のはたらき「無尽の縁起」による、すなわち「事事無礙法界」の姿をしている~~

という教学です。

ただ、これは大変長いので、要所を取り出して初級編として2回に絞り、1回目は教義について、2回目は善財童子の菩薩への成長の旅を取り上げるとのことで、今回はその1回目でした。

それでは、ここで紹介したい部分を、テキストから抜粋します。

 

第二章 廬遮那仏品       教主廬舎那仏の世界

「十の教え」

① 【事事無礙法界縁起】

「一切の世界海は、無数の因縁によって成り立っている。すべては因縁によってすでに成立しおわっており、現在成立しつつあり、また将来も成立する。ここに言う因縁とは次の事を指している。如来の神通力、物事はすべてありのままである、衆生の行為や宿業、すべての菩薩は究極のさとりを得る可能性を有している、菩薩が仏の国土を浄めるのに自由自在である、これこそ世界が成立する因縁である。

 世界はすべてが安定している。なぜなら廬舎那仏は無量無辺のすべての世界海を浄めたもうているからである。」

 

② 【相互依存的安定】

「一々の世界海では一々の小さな塵の中に仏の国土が安定しており、一々の塵の中から仏の雲が湧きおこって、あまねく一切をおおい包み、一切を護り念じている。一つの小さな塵のなかに仏の自在力が活動しており、その他一切の塵のなかにおいても廬舎那仏の現れなのである。」

 

③ 【形態】 一即一切 一切即一 

・・・一一の微塵の中に、一切の法界を見る

「一切の世界海には種々の形態がある。あるいは円、あるいは四角、あるいは三角、八角、あるいは水が曲がりくねって流れるように、あるいは花の形のようにさまざまである。

 諸仏の国土は心業によって起り、計り知れないほどのさまざまな形があって、仏力によって荘厳されている。その国のすべてのものはそれぞれ自由自在であって、無量の姿を現わしている。浄いものもあれば汚れたものもあり、苦しみもあれば楽しみもあり、ものごとが常に流転するにつれてその姿も移り変わっていく。

 

 一本の毛の孔のなかに無量の仏国土が荘厳されており、悠々として安定している。

(一毛孔の中に無量の仏刹あり。荘厳清浄にして、曠然として安住す・・・ありようにブレがない)

すべての世界には種々の形があり、どの形の世界のなかでも尊い仏法が説かれている。それこそが廬舎那仏の説法である。それはあたかも幻のようであり、また虚空のようでもあり、もろもろの心業の力によって荘厳されている。」

  どんな取るに足らないと思われるものにも、汚いものにも、無量の仏の国が詰まっている。心を空にすればその浄土が見える。また、現実のものを通じて華厳蔵世界に入っていくことができる。

 

=======================================

 華厳経の最重要思想・・・事事無礙法界縁起と一即一切・一切即一

立田英山著「人間形成と禅」 P117 大乗仏教の要諦

 人間禅創始者立田英山老師(以下、耕雲庵英山老師)は、大乗仏教の説明に「華厳経」と主とし「般若心経」と「法華経」を従として教理と行の説明をする、と書いておられる。

 

仏教は「空」を悟れば教理は自ずから判る。華厳蔵世界の思想の理論的基盤である「即」もここから出ているので、空の説明をする。

大乗の空観は「体空観」・・・あるがままに空。

これを理解するには「般若心経」の色即是空 空即是色を解説するのが良い。

「即」とは、不二・一如の意。色と空は別のものでもないが同じものでもない。色は相対差別、空は絶対平等を現わしている。色は色でありながらそのまま空、空でありながら色、空を離れて色があるのではなく、空に即した有であるので、これを「妙有」という。空も有に即した空であるので「真空」という。「真空妙有」が大乗の空観。これを納得するには悟りの世界まで踏み込まねばならない。

  

 平等と差別は相反する事実とされているが、本当は「平等即差別」「差別即平等」である。人間の顔は十人いれば十人違うが、皆等しく人間としての人格を持っていることについては平等。この真理を敷衍していけば、自由即平等、個即全体、物即心など、対立すると見える事柄もそのままで矛盾が解消され、和が保てる。これは大乗仏教の重要な教理で涅槃の思想もここに根拠を置いている。

華厳蔵世界とは理想の楽土のこと。普通は理想の世界と現実にズレがあるものだが、大乗仏教の世界観では現に今、華厳蔵世界の真っただ中にあると観る。

<法界円具>理法が行われている世界、大宇宙とか自然のこと。何一つとして単独なる存在はなく、皆ことごとく互いに相い縁り相互に依存し合って存在しているという観方。衆生と言う言葉も衆縁和合して生ずる、と言う意味。一切万物、宗縁和合しないで生ずるものはひとつもない。単独の存在はない。植物無くして動物はないように、それぞれが独自の面目を保ちつつ相互依存して調和して存在しているのである。そこにはなんの優越も遜色もなく一切平等でそれぞれ真理を具現して並んでいる。法界縁起は華厳蔵世界の原因、法界円具はその結果である。このように華厳宗では、法界円具の思想を法界縁起説で説明するのである。

<一即一切 一切即一>一は一切に関連している。一は唯一の真理を現わし、一切とはあらゆる事象を現わしている。

お経では、帝釈天の宮殿を覆っている網、因陀羅網に喩えている。無数の網の目ごとに水晶の玉が結び付けられていて、中央に灯火を点じると火影が全部に映り、お互いに移しあっていると説明する。

よって、千差万別の事柄そのものがそのまま真理である、理想の楽土をあえて将来に求めなくても、このまま華厳蔵世界の真っただ中である、という思想が成り立つのである。

 

どうでしたか?少し難しいかもしれませんが、現実世界の在り方を表しています。まさに、現実この世界が、華厳蔵世界であると。そして、すべてのものが繋がっていて、どれ一つが欠けても成り立たないということですよね。切り離されて個々が存在するのではないのです。例えが悪いのですが、世間では、人の不幸は蜜の味とか、同僚が失敗するのを見て、「あっ自分ではなくて良かった」とかありますが、そんな、ちっちゃい話ではないのだと。あいつの幸せが、自分とも地続きでつながっている、そもそも、すべて全体の中につながった存在なのである。この辺りの話は、講師の笠倉玉渓先生の分かりやすい図で、すっきり分かりました。これは、目からウロコです。図を見てください。<泡>と<海>の関係です。泡が、個人と考えてみてください。この泡を上から見ると、つながっていないで、個々で存在していますが、横から見ると、実は、すべて全体の中でつながった存在なのである。色即是空、泡は色(個)であるが、それが即、空(全体、命そのもの)である。そして、空即是色でもある。仮に、泡が消えてしまった、つまり、死んでしまったとしても、全体の中に戻るだけである。なくなってしまったのではなく、在り方を変えただけなのです。この捉え方は、「千の風になって」の世界観と一致するところだと思います。

~~私のお墓の前で 泣かないでください 

そこに私はいません 眠ってなんかいません  千の風に  千の風になって

あの大きな空を  吹きわたっています~~
この図を見れば、「華厳経」の内容も理解が深まるのではないでしょうか。今回の仏教講座では、この図を教えていただいたことが何よりもの収穫でした。私たちは、普段、上からという一方面だけで世界を見て、ものごとを捉えがちですが、本当はそうではないのです。この横からの視点というのがなかっただけなのです。実際の世界は、このようなつくりになっているということを認識しないといけません。ただ、もちろんこれは知識として知っただけで、これを本当に理解するためには、坐禅の行が必要なのは言うまでもありません。華厳経の世界観を知識として勉強できて、体験として納得できるのは、人間禅だけです!!!一緒に、欲張りませんか?
               
               

                
    
  
  
  
 
 
 
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3月4日   女性部静坐会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/3/7 15:27
「坐禅をしてみたいな。
でも、一人で新しいところへ入っていくのってちょっと心細い・・・。」
 
そんな時は友人や同僚などを誘ってみてください。
少し早起きして擇木道場で坐禅をして。。。それから谷中周辺を散策する。
そんな土曜日は、きっと充実した一日になることでしょう。
 
4日に初めて来てくださった7名のうち
「坐禅の後に○○を予定しています」
という方々もいらっしゃいましたよ。
 
そして、3日から総裁老師が擇木道場にお泊りになっていたので、
初めてお越しくださった7名は総裁老師と面談できるという貴重な機会に恵まれました。良かったですね!
 
また、女性部静坐会では坐禅をした後に、
老師などがお書きになった文章を味わう時間と
各自でお抹茶をたてながら自己紹介を兼ねたおしゃべりをする時間があるのですが、
そこでも総裁老師が時間の許す範囲でお話ししてくださいました。
 
「坐禅をしたあとに谷中銀座に行くもよし、同窓会をするもよし」とも。
 
総裁老師はさらりとおっしゃいましたが、
何かをする前に数息観をするのは次の行動での集中力を高めることになりますし、
先輩居士禅子からも「朝、一炷香坐ると気持ちよく過ごせる」とよく聞きます。
そういえば、坐った後の食事ってとっても美味しく感じます。集中してご飯を食べているのでしょうね。
 
皆で気持ちのよい土曜日、美味しい食事を楽しみましょう
土曜日の朝、9時30分からの女性部静坐会にご参加お待ちしております!
 
   合掌 翡翠 拝
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美人が多くなったなぁ、と思う。

昨日は座禅会でお渡しする「数息観のすすめ」が不足したので擇木に寄って

ばったり、道場事務をやっていた香水さんに出くわす。

座禅会がなければ、飲みにでも誘うのだがなぁ。


浦和に着いてお茶菓子とお茶を買って公民館の会場に。

翠香さんがすでに会場設営を済ましていて、あ、ここにも美人がいたね。


そのうち、いつもの剣道家の女性が来られ、先週参禅会に参加した方、

そして祖芳さん、それに擇木で坐っています、という男性も。美人だね、

美人は男女に関係ない。

坐禅は、坐ろうと思った瞬間に人を美人にする、、、のかもしれません。


珍しく、しっかり坐れていい感じでお茶タイム。そのあと「正念の工夫」に

ついてを読む。「まえがき」だけでタイムアップ]、このあとが面白いところ

だが次回のお楽しみ!!  でも、「まえがき」だけで、公案と提唱と「正念の

工夫」の位置づけがわかりますね。

? わからない。・・・・ハイ、家でもう一回読んでね、・・・ということなく終了。とっても伝えたいことなので、ここに掲載させていただきます。

http://www.ningenzen.org/zen39/02-2.pdf#search=%27%E6%AD%A3%E5%BF%B5%E3%81%AE%E5%B7%A5%E5%A4%AB%27

でも、ね。頭で理解するのではなく、坐って、それをわかってね、と。

 

まぁ、だいたいのご提唱とか公案について書かれた本は、「例のほらアレ、そうだよねぇ」という専門学会のパーティに一人紛れ込んだようで、専門用語も沢山出てくるし、わかる人には、わかるのだけど、わからない人には話を聞こうが解説されようが、さっぱりわからず身のおきどころがないのですが、この「正念の工夫」はわかるところがあると思いますしね。


そのあと、男3人でいつもの飲み屋で山形正宗をゴマよごし、串焼き、漬物などで歓談。呑んでいて、あぁ、そうだったのかも・・・・と思う。

形にならないものはそのまま言葉にもならないまま、突然に。


今朝、読んだ本の冒頭に、1983年のアメリカの脳の実験で、筋肉を動かそうと

する指令より運動の指令が早かったそうで、意識はあとづけで受け取ってエピソードを記録する、とありました。無意識、というものだそうで。

この無意識、・・・武道の人の常識ですね、思う前に動ける、これ。


坐禅も・・・無意識・・・言い換えれば習慣となればしめたものです。

 

今月は、8日と15日の水曜は仲町公民館で座禅会。

23日の木曜がしみん会館うらわで「参禅会」です。       海香

 



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