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擇木道場

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擇木ブログ - 201609のエントリ

9月28日 合掌 さいたま座禅会 

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/9/29 8:43

 昨日は座禅会でしたが、随分ご無沙汰だなぁ、と思ったら先週、擇木道場の摂心会で、二週間ぶりでした。 

 いつものメンバーが集まって、新しい人も来てくださり、嬉しい会でした。

はじめての方が思うさまざまな疑問は、お渡しした「数息観のすすめ」に書いてあることが多いと思います。ちょっと読むと、サラっと簡単な逸話と説明の本に思えますが、いやいや、そうではありません。是非、いまはなき著者がいま読む人のことを思って書いている本です。そこのところを感じてお読みいただきたいと思います。

ということで、最近はじめての人には、まず「坐ってみて感じていただく」ことにしています。・・・・・時間がないとはいえ、もう少し懇切の方が良いかも?と反省していますが。

さて、昨日は、ビスコと麦茶の茶話でしたが、「合掌」と、「叉手当胸」の作法の違いに

ついて、質問が出ました。「合掌」の意味についてあいまいにしか応えられなかったので、老師がブログに書かれたものをここに引用します。シリーズで書かれていますので、どうぞすべてご覧ください。

http://hachioji.ningenzen.jp/modules/d3blog/details.php?bid=411

「叉手当胸」については下記の記載があります。公案をもっている人だけではありませんから、禅堂の中では坐っていようと、歩いていようとすべてが座禅、という説明もあろうかと思います。 これも「作法」としか書かれていないものがほとんどですね。

http://www.ningenzen.jp/bousou/modules/d3blog/details.php?bid=260

                                               海香

 

 

 

 



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擇木道場の心印です。
いつもは法照さんですが、今日は私からメルマガを送ります。

★本日の東京で夜一番遅い座禅会について

いつもは21時からの東京で夜一番遅い座禅会ですが、本日は摂心会(せっしんえ)中なので、老師が二人いらっしゃいます。


以下のようにご提唱があるので、早めに来れる方はおいでください。

19時  提唱の講本の下読み
19時半 葆光庵老師によるご提唱

碧巖録という公案集から解説されます。ただし提唱は、知識の講義や解説とは違って、禅の真髄を体現されるのだとお考えください。

20時半頃 提唱終了後、座禅
20時50分 参禅開始 一般の方はそのまま座禅

擇木道場はお寺の座禅会とは違って、公案による参禅修行ができる本格の禅道場です。この参禅による修行に興味がある方は連絡をください。

以下の方法がありますが、老師から直接禅の話を聞くことができます。

・このメールに返信
・HPのお問い合わせ
・道場で会員にお申し出


慧日庵笠倉玉渓老禅子による公案による修行のお誘いをお読みください。

人間の悩みのほとんどすべてが、物事に対し自分がどのような感情を選択するかで起こるものです。
人は常に五感を通して外界に心が反応して、そのたびに心が揺れます。好きか嫌いか、正しいか誤っているかなど、一説には人間は1日に2万回の判断をしているといいます。これでは時に心が疲労しても当然です。坐禅はこうしたやじろべえのように常に左右に揺れている心を真ん中に定めることを目的にしています。真ん中の地点はいってみればゼロのようなものですから、そこにはなんらエゴや心配は起こりません。安定した状態は心を穏やかにさせ疲れを取り去ります。
私たちからは伝統ある社会人の禅の道場で坐禅をしていただくことを提供できます。

もうひとつとても大事なものを提供できます。
私たちの禅は、先に円覚寺から師家を拝請したと申しましたが、ということは臨済禅に属しています。これは大変特徴がありまして、いわゆる禅問答をするのです。これを参禅といいます。ひとりひとりの心の状態に合わせて的確に成長させる問題集がもう何百年も受け継がれています。この本格的な出家しか本来許されなかった禅問答がこの道場ではできるのですが、これは実はかなり貴重なことなのです。
現在、学生から年配の方まで多くのいろいろな職業を持った社会人、あるいは女性も参禅をしています。


心印 拝
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このメールは擇木道場で、メールアドレスを書かれた方、予約や問い合わせをされた方、メルマガに登録頂いた方に送信しております。

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9月10日  女性部勉強会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/9/12 12:36

女性部では 小野円照老師の 『勝鬘夫人の告白』 をテキストにして 
2ヶ月に1度 勉強会を開いています。

テキストは 用語も内容も難しいのですが 質問に答えて下さる  
老師のお話がいいのです。

以前 女性部長がこの勉強会について
「発せられた疑問に対して 老師が真剣に答えて下さるその姿勢と言葉の中に
私達は 本物を感じ受け止めていく。 勉強会とは そんな作業の積み重ねと
思っています。 参加された方の心に届くものを提供したい。」
と云われました。

テキストに 「煩悩・迷いが起きるのは煩悩の根源である無明住地を断じて
いないからだ。」 と書かれてます。
この日も 良い質問が出ました。


Fさんの質問。
「仏性を徹見する と 無明住地を断つ とは関連があるのか。」
「長年修行すれば 修行を了えるということがあるのか。」 


老師の解答
「人間禅の修行には 2本の柱があります。
 1つは 数息観を10年・20年単位で 少しずつ深めること。
 2つ目は (臨済宗の特徴である)公案で 釈迦の悟りの追体験をすること。
 老大師が 公案を200則にまとめられたが 仏性を徹見するはその第1則。
 無明住地を如何に空ずるかは 200則の公案の中ほど過ぎにある山々の峰。」

「行けば行くほど深いし 味わいが深い。どんな大宗匠でも 終点は無い。
 老師も一生 修行です。」
「座禅してるだけじゃ 自分のくもりは自分では分らない。
 師家が公案を使って その人のくもりを取っていく。」 
 
「三毒(貪・瞋・痴) 五欲七情 四苦八苦 が無明住地です。
 無明住地を断つ・空ずるのではなく そこから離れる。 フリーになる。
 好き嫌いに居ると四苦八苦だが そこから離れると 許せる 。 楽になる。」


初参加の方々には取っ付きずらい 『勝鬘夫人の告白』。
こんな質問をしてもいいのかと恐る恐る言葉に出してくださる方のお蔭で
私共も老師の言葉を ずしんと修められるのです。・


次の勉強会は 11月26日(土) です。
皆様のご参加をお待ちして居ります。

今週土曜日(17日)は 通常どおりの女性部静坐会を致します。
9月24日は 支部の摂心会中ですので 時間が少し異なりますので
ホームページをご覧の上 お問い合わせくださいませ。

お陰様で充実した勉強会になりました。
有り難うございました。
今週末にお目に掛かれますよう!!!  
                          秋香   
                              


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9月7日 さいたま座禅会 

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/9/8 12:36

「座禅ねぇ・・・。それって面白いの?」って思いませんでしたか?

いえ、あなたの心が読めるわけではありません。そして、座禅して

神通力を得られるわけじゃありませんが、神通力に気づくことはできます。

(それはあとで書きます。) 坐り始めて少し経つと、畳が海になって波がきたり、

周りが金色に耀いたり・・・後光がさした仏像が表れたりを見る人もいます。

これは悟ったわけでも神通力を得たのでもありません。()ただ、頭が作り出す幻想です。

それに、ただ坐るって、やってみると結構難しい。足も含め身体は、あちこち

痛いし、肩が凝ってガチガチになるし、頭の中は頼みもしないのに考えをやめないし。

日頃の緊張がほぐれて眠くなるのは日常茶飯事。そういえば、私よく寝てましたね。

昔のことを思い出して、悲しくなったり、怒りたくなったり。仕事のことを

考えることもよくありました。・・・、私のボヤキはどうでもいいって?

コホン、本題に戻りましょう。

笑っちゃう面白さじゃないけど、心の中で喜ぶっていう面白さ、これは座禅には沢山あるのですよ。

たとえば、ほんのちょっとの時間「三昧」っていうのかなぁ、息を数えること、その一点に集中できたなぁ、という時は、終わった後、妙に頭がすっきりして整理がついたなぁ、とか、好きだ、嫌いだって言っていたのは、なんかばかばかしいことだったかも?とか。

結局、自分の疑問の答えは自分が知っていたんだなぁ、なんてことにも出会う。

自己変革の本をいくら読んでも、全然変わらないのに、それが坐っていると、教わるのではなく、自分の中のなにかによってストンと腑に落ちる。なんだ、初めから・・・・だったじゃないかと。そういうことって、ある意味、面白くありません?

ただ、やっぱり、一回、二回坐ったところで、わかったと思うのは、ほとんど

気のせいです。頭で考えただけのことが多いですから。

数か月坐ったけど、なかなか、三昧になれない、頭の中を雑念グールグルと

いう人は、もう一度、姿勢、呼吸、数息観を点検するといいですね。それから、

無理に足組まなくていいですよ。個人差がありますから。

ということで、昨日の座禅会の茶話会でお話できなかったことをここで。

30分の座禅を2回坐りますから、眠かったら1回目はぐっすり寝て、2回目に

しっかり坐ってください(これは、さいたま座禅会だけのローカルルールです)

他のいろいろは、昨日お話したとおりです。

それから、最期に神通力の話ですが、座禅を続けると、自分勝手な

気持ちが少しずつなくなって、相手を思いやれるようになります。そうすると相手と心が

通じあえることがあります。これって、神通力ではないかなって、私は思っています。

それでは、またお会いしましょう。               海香

 

 

 

 

 


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仏教講座<第3回>Q&A

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/9/6 22:05
法照です。

9月11日に仏教講座の第3回が開催されます。
詳細は下記をご覧ください。

http://takuboku.ningenzen.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=212

講座に先立って第3回のポイントになりそうなところを講演者の慧日庵老禅子に質問してみました。
講演の参考にしていただければと思います。

Q1 遺教経とは釈尊のご遺言ともいうべき最後に説かれた経典ということですが、どのような特徴がありますか?
A1 前回学んだ「涅槃経」から、臨終の場面をより詳しく語り残したものです。
 お釈迦さまは、人々の質問に対しそれぞれ答えてこられました。
 その記録は数々のお経に残されており、拝読している自分が2500年前という時空を超えて、まるでその場に連なっているかのような気持ちにさせてくれる素晴らしいものばかりです。
 しかしこれからは自分はもう答えてやれない。だからどのようなことに気を付けて生きていくべきか最後に語っておこう、というまさに集大成の教えなのです。
 しかも教理を説きながら、暖かい慈悲の心があふれ出ています。
 仏教を知りたい人にはどうしても読んでいただきたいお経ですね。

Q2 遺教経に出てくる八大人覚(はちだいにんがく)とはどのようなものですか?

A2 心が安らかになる道、人間として完成する道を歩くにあたり、守るべき8つの実践ということです。
 少欲。知足。寂静を得る。精進する。妄念に惑わされない。禅定を修す。智慧を開く。戯論に振り回されない。の8つです。
 どれも表面上の言葉では理解できない深い意味を持っています。

 道元禅師は「正法眼蔵」の最終章を「八大人覚」でしめておられます。
 八大人覚の最後には、「如来の弟子は、かならずこれを習学したてまつる。これを修習せず、しらざらんは仏弟子にあらず。」とまでおっしゃっておられます。
 また侍者であった懐奘は、「八大人覚は、釈尊が最期に語られた教えであり、かつ道元禅師が最期に書き残されたものである。道元禅師の遺言でもある。もし道元禅師を恋慕し奉るものはこの巻を護持しべし」と添え書きしています。
 そのくらい大事なものなのです。

Q3 どうして八大人覚のような仏則が最後に出てきたのでしょうか?

A3 遺言として様々語られてきて、最後に具体的にまとめられていますので、読む方としてはとてもわかりやすいです。
 こうしたお経はどこまでが実際の釈尊の言葉だったかは不明です。
 意図をよく理解した弟子が編纂した部分もあったと思われますので、非常に整然とまとめられています。
 とはいえ、釈尊はその深い悟りから実践的行動、考え方を教え残しておられますので、ぜひとも知っておきたいところだと思います。
 仏教者であるとかないとか、宗教は信じないとかいう考えを越えて、人間を悩ませ阻むものは何か、どうしたら人間の普遍的な苦を乗り越えることができるのかを見出した、人類史上のひとつの頂点として永遠に残る教えだと思います。
 特に実践にまで落として語られるところは貴重だと感じます。

Q4 この経典が、特に禅門で重視される理由はなんでしょうか?

A4 禅は自力と言われています。対するのは浄土教などの他力です。
 実際には方法論の違いであって何も変わらないと私は思います
 しかし方法論には大きな違いがあります。「遺教経」にはお念仏の話は出てきませんし、実際に自分が何をすべきかのみが書かれています。
 そこで、自力の禅にしてみれば、常に自分を顧みながら実践する方法を選択しているのですから、なおさら本当に参考になるのです。
 道元禅師が自身の遺言として残されようとしたことを見てもその重要性が窺えるというものです。

Q5 八大人覚の他にも重要なキーワードがあれば教えてください。

A5 やはり最初に出てくる「戒」だと思います。
 「戒」とは何か守らなければ罰を受けるというように感じる方もあるかもしれませんが、まったく意味は違います。
 たとえば「殺してはならない」というのは、人間は人間である以上、たとえ肉は食べなくても、植物の命を絶っています。
 生きていくためにはどうしてもしてしまうからこそ、本来それはいけないことだと自覚することによって、ではどのように人間としてそのことを受けとめ、どのように生きていったらいいのか、そうせざるを得ない以上できることはないだろうか、という思索的発展がはじまります。
 実は非常に前向きで積極的なものなのです。
 仏教の「人間観」がそこに集約されていると私は思います。
 お釈迦さまも「自分が死んでも、戒を教えにすればよい」と述べられています。
 仏教の人間観をぜひ知ってほしいと思います。

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下記のページからお申し込みください。
法照 拝
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心印です。


この日は女性部のスタッフがお墓参りやいろいろと都合があり珍しく誰も対応ができないということで、龍泉と心印で、支部長、副支部長がそろって?やることになりました。・・・と書くとすごいことのように聞こえますが全然すごくはありません()


初めての方は4名、うち座禅が初めての方、3名に座禅を教えましたが、うちお一人はお母様に連れてこられたお子さん(と言っても大人ですが)でした。お母様は半年くらい前に数回来られていて、その頃は女性部の座禅会は人が少なかったのに、今はこんなに大勢がいらっしゃっていると驚かれていました。


女性部の座禅会は、今年に入って人が大勢来られるようになっているような感じです。それもとても雰囲気が良くて、参加される方がお互いに仲良くなっているのですね。


座禅会後は抹茶を頂きながらみなさんのお話を聞くわけですが、その中でも吉○さんの「こんまりの片付けの魔法」シリーズ(?)は皆さん楽しみにしています。きっかけは家で座禅をしようと思ったら部屋の汚さが気になって片づけ始めたそうですが、毎週、だんだん部屋が片づいている感じがします(そのうちブログにシリーズ化して掲載されたりしてw)。


部屋が片づいたら次の段階は座禅をするモチベーションだとのことで今後の展開が楽しみです(続く・・・って感じw)。


仲良しの女性3名と吉○さん、龍泉支部長、心印でサイゼリヤにお昼を御一緒させて頂きました。座禅会を通してこうして仲良くなっていく感じがとても嬉しい心印でした。

PS.このうち川○さんは、こんまりさんの「人生がときめく片づけの魔法」の本を持たれていました。売上に貢献してますね!! 吉○さん。 


心印 拝



 
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