メインメニュー
ブログ カレンダー
« « 2018 11月 » »
28 29 30 31 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 1
擇木道場

〒110-0001
東京都台東区
  谷中7-10-10
TEL 03-3823-7647

当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

検索
カテゴリ一覧

擇木ブログ - 20160207のエントリ

玉溪です。

ただいま摂心会中です。
今夜の御提唱は、碧巌録から「野鴨鼻頭」でした。

 臨済宗の大宗匠馬祖道一禅師が、後の百丈懐海禅師を見性させた因縁の則です。
 実は私が大学一年生の6月、最初にこの擇木道場に伺い、最初に拝聴した御提唱がこの則でした。
 まだ建て替えられる前の古い道場で、一体何が始まるのかもわからず、ただ先輩に連れてこられて一番末座に座っていました。18歳のことです。

  馬大師、百丈と行く次いで、野鴨子の飛び過ぐるを見る。
  大師曰く「是れ何ぞ。」
  丈曰く「野鴨子。」
  大師曰く「何れの処にか去る。」 
  丈曰く「飛び過ぎ去る。」

  大師遂に百丈の鼻頭を忸る(にじる。意味:ひねる。)
  丈、忍痛の声をなす。
  大師曰く「何ぞ曽て飛び去らんや。」
 
 ある日、馬祖道一禅師が弟子の百丈を伴って出かけたとき、ふいに野鴨がバタバタと飛び立った。馬祖はすかさず「あれはなんだ」と問いかけた。
 百丈は「野鴨です」と答えた。もっともな答えであるが、禅の悟りの商量ではない。「ではどこへ行ったか」と次の矢を放つ馬大師。百丈はまたそのままに「飛んで行きました」と答えた。

 ついに馬大師は百丈の鼻柱を思いっきりひねりあげた。
「あいたたたたーー!!!!」と百丈は悲鳴を上げた。
「飛んで行ったとはなんじゃ。ここにいるではないか」と馬大師。

 ここにおいて百丈は見性を果たした、と言われているお話なのです。
そしてそれがそのまま後に修行者が取り組む公案となって伝えられ、どれほど多くの修行者たちがこの則に参じたことか。
 臨済禅の修行は公案を解くことで少しずつ悟りの階梯を登っていくのですが、最初の悟りを見性といい、とても大事なところなのです。

 30年前、片隅でこの御提唱を拝聴した日を私は今もよく覚えています。
 さっぱりわからなかった、ということを、です。

 時は過ぎ今夜、30年経って再び拝聴いたしました。
 おかげさまで、今は良くわかります。
 馬祖や百丈など、研鑽に研鑽を重ね、無縁の大慈悲心で弟子を育て上げた、こうした人々の積み重ねが今に続いていることに、感謝の気持ちが沸き起こってきます。

 馬祖の鮮やかな手腕には感動。この大力量の禅師によってあの百丈が叩き出された、その場面が生き生きと蘇り、そこにいるかのような、名優の素晴らしい舞台をドキドキしながら身を乗り出して見物しているような、そんな感じがします。

 百丈の忍痛の声、まさにクライマックス。
 「何ぞ曽て飛び去らんや。」・・・おお、なんという決めセリフ。
 拍手喝采、ブラボーの声鳴りやまず、というところでしょうか。

 なんといっても葆光庵老師の御提唱は臨場感に満ちて、素晴らしいものでした。
 ぼちぼち続けて来た30年。なんのことやらさっぱりだった自分を思い出し、感慨深くも感じました。

 まだまだ奥は深いでしょう。
さて、この後、今日の日を、あの程度の理解で喜んでいたのか、かわいいものだよ、と思える日が来るのでしょうか。きっと来るだろうと思います。
 その日を楽しみに、また歩いて行こうと思います。

 摂心会は今週末まで開催されています。
 貴重な臨済禅の生粋の御提唱は、水曜日以外(この日は法話があります)毎晩7時半からです。
 普通は修行者のみの閉じられた期間ですが、ここでは解放しています。
 どうぞお申し込みください。

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (501)
最新のブログ記事