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擇木ブログ - 20160111のエントリ

耳順会~女性部座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/1/11 23:43

お正月は、遠出をしなかったせいか、着物姿の女性を見なかった。60年以上も前、年末の美容院で鹿の子絞りの布飾りのついた丸髷を結ってもらっているのを、羨望の目で眺めていた少女の頃を思い出した。お姐さんの鹿の子絞りの赤さが、今も鮮やかに目に残っている。あのころは、まだ、お正月には日本髪に振袖の人がいたし、会社への初出は私も着物姿で出かけた。甘く、少し寂しいようなノスタルジックな古き良き時代の風景であった。
 
   最近は、スカートを穿く若い女性が少なくなってしまった。颯爽と、細身のパンツ姿で闊歩する姿は、少年のように清々しく美しい。また、その反面、超ミニスカートの女性も多く見られる。女性の服装はスカート丈だけでも多様になり、お正月の晴着も日頃のそれと変わらなくなってしまった。毎年、正月二日目は、近くの中山寺へ初詣に出かけるが、今年も本殿までの参道は30分待ちの行列であった。破魔矢を求めて、庭内を散策していると、人垣の真ん中に猿回しのサルが竹馬に乗って障害物を越えたり、お辞儀をしたりと、演技中であった。これも、毎年変わらない風景である。お猿さんは好んで演技をしている訳ではないと、動物愛護の立場からは、動物虐待だとの批判の声も当然出ており、何れこのお正月の行事も見られなくなるかもしれない。ちょっとまた、甘く寂しい気分になってしまった。
 
  擇木道場の年初の静坐会は先週から始まって、木曜朝の耳順会は、新年を新たな気分でと願う人たちが20数人静かに座った。静座後は、人間禅の老師であった、芳賀幸四郎著、『禅語の茶掛 一行物』から、「回光返照」「円如太虚」が読まれ、新年に相応しく、捉われの無い、執著を離れた「円かなること太虚の如し」のこころ(仏性)のこと、その普遍の教えに触れ、この一年の心の安楽を願いつつ皆で抹茶をいただいた。
 
 土曜日の女性部主催の静坐会は、新しい方が、3名見えられ、計8名で、抹茶を点て、読み物を少し読み、坐禅経験者からは、数息観のお話や、人間禅での修業の様子などを分かち合った。一分坐れば、一分の仏とか。日々座る時間を見つけ、数息観を通して円かなるこころに気づき、その時間が長くありますようにと、願いつつ穏やかな年初の静坐会を終えた。  (慈照)
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心印です。

 

今年最初の「東京で夜一番遅い座禅会」を開催しました。

 

メルマガは木曜の深夜(0時過ぎなので金曜の早朝・・・)に流したのですが、昨年のものを流用した為に、タイトルの方は「今年最初の」に変えたのですが、本文の方に「今年最後の」が残っていまして、大変失礼をいたしました。

 

予約は2名だけだったのですが、当日になってからバンバン予約が入り始めて、お昼休みに予約対応していたら、午後にもまた予約が入るという状況でした。いつもありがたいことです。

 

さて新到者(初めての方)は6名来られました。なかにはオーストリアから来られたAさんがいらっしゃり、日本語はわからないので、玉水さんについてもらいましたが、身振り手振りで説明したという感じです。

 

初めての方に座禅を教えているところです(指導は心印)

 

警策のところは玉水さんに叩かれるモデルになって頂きましたが、私は男女差別せずに同じように叩くので本人は「意外と痛くないですよ」と言われていましたが、実は痛かったかも・・・w。でも私の場合は痛さは一瞬で、後に残らないような叩き方を心がけてはいます。

 

でも座禅会がスタートした時点では6名が入っても2列だったのが、後から後から来る来るという感じで結局3列になりました(総勢30名くらい?)。

 

擇木道場では座禅会が始まっても、途中から入れることが、お寺の出入り禁止になる座禅会とは違うところで、これは在家禅なので仕事で遅れてくる方でも入れるようにという意味があります。

 

ザワザワして気が散るので嫌う方もいますが、出家でない在家禅の慈悲の発揚だと思っています。現代は忙し過ぎて21時でも間に合わない人がいるという事実に目をそらしてはならないと思います。一時期は「東京で深夜0時からの座禅会」をやろうかと考えていたこともあるくらいですから(さすがにスタッフの体力がモタないw)。

 

その後、勉強会にほとんどがそのままの人数が移動したので擇木道場の居士寮がいっぱいの状態になりました。法照さんが写してくれた写真は右側の列が切れていますが、右側にも人が一列いっぱいになっていました。

 

座禅会後の勉強会はこんな感じ(一般の方が写っているのでマスクしています)



 

いつものように「座禅の効用」の目次のタイトルを一通り読んで軽く説明し、初めての人が多い場合は必ず「その1」を読んでいます。その後は2月の摂心会と100周年イベント、座禅会員の募集、座禅講座の告知を行いました。

 

うれしいことによく来られている方が入会の説明をしてほしいとの申し出があり、龍泉支部長とお話をされていました。入会されたら嬉しいですね!!

 

23日には座禅講座というものが13時からあります。慧日庵老禅子という座禅歴30年以上の女性に手取り足取り個別指導が受けられるという講座になります。

 

私がよく勉強会には出てくださいとうるさく言うのは、初めての時に30分ほど座禅の形を習っただけでは、間違った座禅をやってしまう方がいるからなのです。でも、この座禅講座はフォローも個別にするので、受けて損はないと思います。

 

この前も3ヶ月座禅を続けているが効果が無いと言う方がいらっしゃったので、それやり方が間違ってない?と思って、よくよく話を伺うと、数息観がちゃんとできないで、これは駄目だと自己否定の二念、三念を起こして格闘されていたのです。

 

本来の数息観の意味は、数と息に集中することで、他の雑念を起こさないことですが、できなくて、これは駄目だと自己否定するのでは、雑念をかえって起こしてしまうわけで本末転倒です。

 

現代人は点数主義に慣れていて100まで数えることを目標にしてしまう方ほど、この弊害に陥りやすいのです。ここは100まで行かなくても、それを否定せず、現在の自分を受け入れる、座禅は一生やるものだから、いつかは100まで行くだろうと思うくらいでいいのです。

 

座禅を継続していると、いつかは他の念慮を起こさず100までスーッと数えられる時がきます。それを体験すると数息観ってこうだとわかるので昔から言う「黙って10年座れ」というのも意味があるのです。

 

ということで、自分の座禅の質を向上させたい方、効果がなくておかしいと思う方は、座禅講座を受講しましょう。

 

金曜夜の座禅会後の勉強会にも、夜遅いですが、なるべく出てくださいね。実は本で読んだりする知識よりも、座禅の先達に会って、その話を聞くことで、言外で伝わるものがあるし、人は見えないものを感じる力があるのです。これは究極には老師のところへ行って参禅することがそれにあたります。

 

勉強会の後は自己紹介をしましたが、皆さんしゃべるしゃべる、座禅への熱い思いを語って頂きました。祥麟さんの座禅を始めてから、しばらくして訪れた尾瀬で、あまりの自然の美しさに涙が出たという話、魁星さんのみんなと座っていることに感動して涙が出たという話、素晴らしかったです。

 

長く座っていると、いえ時間は長くなくても、こういう経験を座禅を続けることですることがあります。私も半年くらい経った時でしょうか、座禅会の後、野辺に咲く名もない(名も知らない・・・)花の美しさに言葉を失くしたことがあります。

 

座禅をすればするほど、雑念が落ちて、本来の自分が出てくる、心が浄化されるような作用があるのだと思います。人は自分の見たいものを見て、それ以外はフィルターをかけてしまって見ていません。座禅をすると、そのフィルターが落ちて行って、見えていなかったものが見えてくるのですね。

 

さて次の座禅会ではどんな出会いがあるでしょう?

とても楽しみな心印でした。

 

心印 拝

 

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