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擇木道場

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当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

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擇木ブログ - 201508のエントリ

心印です。

もう半年くらい前になりますが、〇〇さんが「会社辞めちゃった!!」とニコニコしながら言ってきました(道場の方は誰かわかっちゃいますが、公のブログなので名は伏せました)。

彼は元々独立していたグラフィックデザイナーでしたが、一時期、会社を仲間と立ち上げていたのです。そこを辞めちゃったと言うことで、サラリーマンの私などは「えぇっ!! どうすんの?」ってびっくりしましたが、「禅をやっていると、気が大きくなっちゃって(笑)」と言うことでした。

禅を学生の時からやって10年以上経つ○○さんは、ちゃんとその後、仕事を取ってきて立派に禅の修行と両立させています。

確かに禅をやると気が大きくなるのです。禅の効果に未来を心配せず、過去をくよくよせず、今ここに生きるということがあるので、あまり心配しなくなります。

私はバイク乗りですが死に対して、前ほど怖くなくなったりしています。もちろん家族や周りに迷惑をかけるので、そこは嫌ですが、個人としては死に対する恐れは参禅で見性した時になくなっちゃいました。

また人間禅の会員の中にもサラリーマンを辞めて独立開業したり、身近な方も複数の仕事をまとめて会社作ることにしたと言っていたし、禅パワーって凄いなと思います(私もそのうちw)。

でも、ここで注意があるのです。

禅で見性したばかりの頃は、気だけが大きくなっていて、実力は元のままだと言うことです。禅が仕事や実務にちょっとだけでも役立つようになるには、個人差はあるでしょうが、私の場合は1年以上かかっています。

それでも1年くらいだと、ちょっと雰囲気がわかった程度で、多少なりとも禅パワー(?)を使えるようになるには、火大級くらいまでクリアしないといけないわけで、ここをクリアしてようやく座禅を人に教えていいくらいの実力がついたと認められるわけで、ここまで来ると仕事に禅が役立っていると実感するようになります。

見性された方は、次はここに目標を置かなければいけません。

見性したばかりで、気が大きくなっているだけで、実力以上の大きな仕事を始めると成功はなかなか難しいでしょう。もちろん元の実力がある方なら、それでもいいのです。

参禅を繰り返して人間形成をするのが先で、人間形成をしつつ、実力を伸ばして次の仕事に向かうのがいいでしょう。

実力以上の仕事を先に始めてしまうと、仕事に忙殺されて禅どころではなくなってしまう・・・忙しさに負けて禅ができない、禅ができないから実力も伸びず人間も成長しないという負のスパイラルに入らないよう。

〇〇さんのように10年くらい、禅をやってから独立開業するのが理想的です。私も頑張りまっすw

心印 拝

PS.昔の老師が「禅をやっている者が金に困るはずはない」と仰られていたそうです。禅はお金が儲かるのか?と言うと、直接は儲かるわけではありませんし、それを目標にするには、あまりにもレベルが低い話になってしまいますが、そうは言ってもお金は大事。

結局、禅を何年も修行している方を社会が放っておくはずがないという意味で、禅者としてはここを目標にしたいと思います。 ちなみに異性にも・・・以下省略。
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心印です。

 

昨日の土曜日にお布団と座布団を1階に降ろしました。土曜静座会に参加された方が数名お手伝いしてくださり、いつもは2時間くらいかかるところを、1時間以内で終えることができました。どうもありがとうございました!!

 

さて日曜の今日は大型の殺菌消毒するトラックが2台きています。

 

 

 

 

 中はこんな感じです。中が見たいと覗き込んでいるのは、今年、布団作務が初めての玉水さんです。日曜静座会は今日はお休みさせて戴いたのですが、普段参加されている方も何名かお手伝いして頂きました。
 

 

 

 

 
 

 消毒が終わったら、また座布団カバーをかけて、禅堂へ運び込みます。禅子寮や禅堂はバルサンを焚いています。
 

 

 

 


お昼には冷やし中華が出ました。とてもおいしかったです。


 

みんなで力を合わせて作務をすることはとても楽しく、来年も夏の終わりにまたやりますので、是非参加ください。こうして殺菌、消毒された座布団とお布団、禅堂にまた1年お世話になるのです。お手伝いしてくださった方、ありがとうございました。

心印 拝

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8月26日 さいたま座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/8/26 22:38
参加者 4名 うち会員2名  初参加1名

座禅は5分の休憩をはさみ30分を2回

座禅のあとの読物は、内田昭夫著

『坐禅のすすめ』」よりp39~43  数息観の仕方

19時半開始、21時終了

9月の禅セミナー、禅フロンティアの紹介

新規の方は、ここ、もしくは擇木道場にまた来ると。


                          海香
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擇木道場の心印です。

普段、擇木道場へ座禅や茶道に来られている方へお願いです。
擇木道場では、毎年恒例のふとん乾燥作務を行います。
これは座禅に使う座布団や、宿泊で使うお布団を殺菌消毒するという大切な作業です。

2階から座布団と布団を上げ下ろしするので、特に日曜は上げなければいけないので、人数が必要です。

もし手を貸してやろうというお方がおいでなら、来て頂けないでしょうかうか?
主に力仕事になりますが、力が無いと言う方も布団カバーの取り付けなどやれることはあります。

普段は会えない座禅会のスタッフと仲良くなってもいただけます。
よろしくお願いします。

8/29
  14:00~16:30   理事会
  17:00~18:00   土曜静坐会
  18:00~21:00   布団おろし、ダニ駆除
  21:00          夕食(外食)
8/30
  5:30           起床
  6:00~6:45     静坐
  7:00~14:00    布団乾燥作務
  ・乾燥 ・布団カバー取り付け
  10:00~10:30   休憩
  12:00~13:00   昼食
  13:00~14:30   後かたずけ

心印 拝
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8月のお盆を過ぎて、めっきり秋らしくなってきましたが、最後の夏を満喫しようとするかのような蝉時雨の中、土曜日午前中の女性部静坐会が行なわれました。

 東京支部の摂心が終了した後のはじめての静坐会でしたが、参加者は、新到者の女性3名、常連の方2名と会員4名合計9名でした。
 休憩をはさんでの2回の静坐の後、芳賀幸四郎著の新版一行物から、「一段風光画不成」(一段の風光 画けども成らず)の禅語の解説を読みました。
 その後、冷たい抹茶とおいしいお菓子をいただきながら、静坐の感想などを語り合いました。「いち、にい・・・」と息を心の中で唱える数息観を行うのですが、長年修行していた者でも、雑念を入れないことがどれだけ大変なことであるのかということを語り合っているうちに、あっというまに時間が経過いたしました。

 2時間余りの短い間ではありましたが、お互い初対面の知らない者同士が、座禅を介して同じ時間を共有できる、まさに一期一会の至福の一時でした。
            
 8月も残り一週間となりました。広島生まれの私にとっては、8月は特別な月であり、今年はとりわけ戦後70周年という年でもあり、いろいろと考えさせられることが多くあります。また、子供達にとって楽しいはずの夏休みに、突然の不幸に襲われ、尊い命が失われる事件も多く起こっています。戦争も犯罪も全て人間が引き起こすものです。自分の命を尊いと思う気持ちが少しでもあれば、当然、他者の命も尊いことに気づくでしょう。
「衆生本来仏なり」・・・この言葉を噛み締めて生きていきたい・・・心から願っています。
aaa
合掌 香水 拝
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8月22日土曜座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/8/23 5:14
杉山呼龍
 
参加者12名
新到者 3名
17時から。雨が降るという予報だったが降ってなかった。久しぶりに若いKMさんが見えた。就職してから忙しいとのこと。本部道場の座禅会に参加されているHさんも来られた。新到者は3名。そのうちのお一人は、帰りがけに今度上司と一緒に来ますと仰っていた。
 座禅会終了後は、一般的な話しのあとは、茶掛けの禅語一行物の中から選んで解説している。禅をなんらかの形で発信することが重要だ。
 今日の禅語は「含元殿裏(がんげんでんり)に長安を問う」。含元殿とは長安の中にある有名な宮殿である。長安にある有名な含元殿に居て長安はどこにあるのかと尋ねることの愚を言ったもの。つまり、東京駅にいて東京はどこにありますかと尋ねるようなものだ。ところが、入門して公案を授かるとほとんどの人がこれをやってしまう。答えを外に求めずに内に求めよといってもなかなかその意味がわからない。参禅(独参)を繰り返していくうちにだんだんわかってくる。どの方向に工夫すればよいか。それがほんとうにわかれば見性だ。なんだ、自分は、はじめからそこに居たじゃないか。仏教の空といわれるものは、そのことだったのかと。
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心印です。

 6月26日の金曜の夜は、雑誌「男の隠れ家」さんの取材が入りました。天気予報は雨ということで、雨だと参加者が少ないので、木曜にメルマガを出して、参加へのご協力をお願いしました。

擇木道場ではイベントなどの案内をメルマガとして発行しています。
ホームページの「メルマガ配信」のところでメールアドレスを登録するだけです。解除も自分でできますので、お気軽に登録ください。
 

当日は、あいにく雨が降っていました。・・・が、時間になったら続々を雨の中、参加者が集まってこられて、玄関の出頭簿(名前を書くところ)に行列ができてしまうくらいでした。本当にありがたかったです。どうもありがとうございます。
 

さてその時の取材で「男の隠れ家」が発売されました!!

発売中の雑誌なので大きくは掲載できませんが、こんな感じです。
上半分と下半分、しかもカラーで4ページなんて今までで初めてです!!



人間禅の会員は着物を着ているのでわかるかと思いますが、なるべく一般の方の顔が写真に写らないように、会員の列と一般の方の列を分けました。その時の写真がこちらですが、龍泉支部長が撮られたものの中でベストショットだと思います。Facebookの扉写真に使っちゃいました。

 

会員の中で一番右に座られているのが、道風庵老居士で雑誌の最初の写真になっていますが、横から写っている写真がとても素晴らしい重厚な感じがします。

 

一番かっこよく写っているのが2ページ目の最後の2枚、剣外さんの助警(木の棒で姿勢を直したり、叩いたりして修行者を励ます役位)ですね。叩かれているのは一般の方ですが後ろから写しているので問題ないですね。

 

剣外さんの右のほうには当日は直日(前で時間を計ったり、鳴らしもので開始や終了を合図する、座禅会の責任者の役位)の魁星(かいせい)さんです。

心印 拝

「男の隠れ家」オンライン


 

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8月19日 さいたま座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/8/19 22:35
参加者 6名 うち会員2名

座禅は5分の休憩をはさみ30分を2回

座禅のあとの読物は、禅誌10号より

坐という意味、座禅会のこと。

19時半開始、21時終了

初参加は2名。おひとりは坐相の美しく、息も数えられた

とのこと。坐が正しく整えられ、息が整えられることが

数息観が調うベースになっているような。



                          海香
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季節と禅 「玉溪」

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/8/19 4:42
玉溪です。

今夜虫の音を聞きました。秋がそこまで来ているのですね。
何事も終わりがあり始まりがあるのだと、しみじみ心に沁みるものでした。

私たちは夏が終わって秋が来る、と思いがちですがそうではありません。
夏の盛りにすでに秋は蔵されています。物事の移り変わりとは、重なりというよりはむしろ、内側から次が膨らんで姿を徐々に現わしながら変化し続けていくものなのではないでしょうか。

日本人の感性はそういう連続性をとても大事にしてきました。
たとえば、本格的な日本料理には、「走り・旬・名残」の3つを工夫して膳に並べます。
夏の料理であれば、名残は春のもの、旬は夏そのものを楽しみ味わうもの、そして秋を感じさせるもの、というわけです。あるいは鱧を初夏には梅干しと合わせ、晩夏には土瓶蒸しにするといった工夫で、走りと名残を表現したりもします。
四季のある日本ならではの感性です。

さて、このことは実は非常に深い宗教観につながっています。
たとえば茶道では、千利休が茶道の極意を聞かれ、「花をのみ待つらん人に山里の 雪間の草の春を見せばや」と答えています。「雪間の草」とは「走り」に当たります。


春といえば桜、人々は満開の桜に春を見ます。しかしそのような感性では茶人ではない、というわけです。
まだ雪の下にある小さな緑の芽、そのような小さなところが見えている感性でなくては本当のお茶は味わえない、というのです。

なぜでしょうか。それは茶道が禅と一味だからです。
禅語に「一花開天下春」とか「和気兆豊年」という言葉があります。
いずれもほんの小さな初めがすでに頂点を約束している、ということです。
俳句にも「梅一輪 一輪ほどのあたたかさ」という素敵な句もありますね。
「走り」と「兆し」という感覚はほぼ同じような感覚ですが、これが非常に重要なのです。

なぜか。それは仏教の基本に通じているからです。
仏教の基本は「縁起」です。すべては因縁に従って物事は成っていくものです。
それはどのような姿をしているかというと、「無常」つまり一瞬たりとも留まっていない、流動し続ける姿をしています。流動していくということは生み出し続けるということです。
夏が来たということが、単に夏がそこにあるだけでなく、その動きの中で同時に秋を育む働きを持っていることを見抜く目を持っているかどうかに真の味わいはかかってきます。

秋は夏が来たという姿を母に、その因縁によって生まれてきます。
生まれるからには、生まれる一瞬があるはずです。
その一瞬を「兆し」と見る感性、それが真実を得る感性なのです。

私たちのひとりひとりは膨大に血のつながる先祖たちの先端にいる「兆し」の存在です。「兆し」は育ってやがて次を生み出します。
ひとりの人間だけを見ても、何か表面に出てきた思いや出来事も突然ということはありません。突然大人にもなりません。突然喜んだり悲しんだりもしません。
時代もそうです。突然事件など起こりません。必ずそうなるべく原因と結果が積み重なっているのです。

これは究極には「空」の真理を現わしています。
目に見える出来事は「般若心経」で言うところの「色」のこと。それは決して固定した実体ではなく、流動しながらめぐり会い関係し合った因縁が、ある時目に見える形となるべき条件が整って現れたもの、つまり自分自身の存在も含めあらゆる型をもったものは身体や考えや感情も含め、本当は実体などない、つまり「空」であるのです。ここを見抜いて行くのが禅の修行です。
ここが見抜ければ、本来個体として存在していない物事に捉われる苦しみから自由になることができるのです。

茶道は禅の精神を形に落としたものですから、この真理を理解できて初めて本当の茶人として目の前にある茶を点てる、飲む、亭主と客の関係、花や光や季節をどう扱うべきかを知ることができるということなのです。
「兆し」(料理で言うところの「走り」)が真に見えればこそ、旬の味わいがあり、名残のたまらない切なさも味わえるというものです。
「空」は実体がないと同時に、大きな循環の中で「今」を感じ取っていく感性を与えてくれるのです。そこに存在の意味が理解され、自分を肯定していく道が開けるのです。

ところで・・・道元禅師は「修証一如」と言われました。ふつう修行をして時間をかけて証し(覚り)に到達する、と思いがちです。
しかし時間的には仏道の入口に立ったばかりでも、その菩提心が本物ならばすでに覚りの約束はされた、だから覚ったと同じである、というものです。
「兆し」はここでも重要です。
すべては「縁起」に始まる「空」を元にした考え方がないと、修行していつか覚ろう、だから苦しくてもがんばろう、というような間違った修行をしてしまいます。

座禅をする、その一瞬にすでに仏が宿っているのです。そのありがたさと安らぎを受け取らない座禅ではどんなにがんばっても我を増長させるだけの座禅になってしまいます。
がんばればがんばるほど苦しい道へ入っていきます。
座禅をしていて修行が苦しく思えたら、省みる時です。

座禅は先を見るのではなく、垂直に真下に向って行くもの。一息一息、向こうを見ないで心を下ろしていくものです。
吸う息の「兆し」を見、変化していく呼吸の一瞬一瞬を見逃さないように「今」に触れ続けるのが座禅です。
そうやって足下を耕し続ければ・・・やがて豊かな土壌に小さな緑の芽が出てくるはずです。
そしてそれは満開の花を約束されたということなのです。


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心印です。

7月の埼玉参禅会、8月の摂心会(せっしんえ)と、相前後して2名の方が見性(けんしょう 最初の公案を透ること)されました。本当におめでとうございます。

このお二人は、つい最近、参禅を始められたのですが、その成功の秘訣に共通するものがあります。見性が早いから偉いとか、遅いから劣っているというものではなく、これは縁の問題なので気にする必要はないのです。

しかし、共通する点はあるので参考までに書いておくと、お一人の女性は土曜の「女性簿美は座禅から」の女性部、もうお一人の男性は金曜の「東京で夜一番遅い座禅会」の青年部にほぼ毎週のように参加されていました。さらに座禅後すぐに帰るのではなく、その後の勉強会にも必ず参加されていたということです。

禅は体得するものですから、勉強したからといって頭で理解できませんが、道場の先達が本を読んだり、解説するのを聞いていると、そこで文字以外で伝わるものがあり、それが手がかりのようなものになるのだと思います。

自宅で一人で座禅するより、道場で古参のベテランと一緒に座った方が効果が高いのも同じ理屈だと思います。

特に最初の公案(初関(しょかん)と言います)については、座禅で少しづつレベルを上げていくと、だんだん三昧力が身につくので、ちょっとした手がかりから、本来の面目がつかめるのだろうと思います。

なのでレベルを上げることも重要で、それには参禅を繰り返して老師のご指導をあおぐしかなく、見解(けんげ)ができたら行こうと思って参禅せずにいるとどんどんレベルが下がってしまうのです。

さて次回の参禅の機会は9月11日(金)~13日(日)の擇木禅セミナー、禅フロンティアです。これも一週間の摂心会にはおよびませんが、3日間つめると8回の参禅のチャンスがありますので、公案を授かっている方は今から座禅会に通って、勉強会にも出ましょう。

心印 拝




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