メインメニュー
ブログ カレンダー
« « 2019 7月 » »
30 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 1 2 3
擇木道場

〒110-0001
東京都台東区
  谷中7-10-10
TEL 03-3823-7647

当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

検索
カテゴリ一覧

擇木ブログ - 20150715のエントリ

週末の擇木道場では禅フロンティアが開催され、80名あまりの方が集まりました。

テーマは「マインドフルネスと禅」。マインドフルネスとは仏教から派生した瞑想法の一種で理論がしっかりしているので理屈っぽい欧米人に好まれ、アメリカを中心に流行っているくらいの知識しかありませんでした。

驚いたのが仏陀の瞑想法から来ているので当たり前と言えばそうなのですが、根本には禅と同じものが流れているとのこと。講師の島田氏は「マインドフルネスと禅は同じである」と言い切っておられました。

仏陀の瞑想法が、中国に伝わって禅になり日本に伝来した、南方を経由してベトナムへ伝わってマインドフルネスになった、その根本は同じもので表面に出てきた表現方法が違っているだけと言う印象でした。

初めてマインドフルネスの講習に来られた方には、まず寝転んで呼吸をする瞑想をしてもらうそうですが、眠ってもいいとのことでほとんどの方が眠ってしまうそうです。現代人はそれだけ疲れているということを自分の身体で感じてもらうとのこと。

それに対して私たちは金曜の夜、仕事で疲れ切った人に警策を打つとは(笑)、なんて鬼のような所業だと(笑)思いました(注:警策で打つのは希望者だけですからご安心を)。

確かに現代人は疲れているし、ストレスにさらされ、傷ついて弱っている人も多いわけで、そういう方には座禅よりも、マインドフルネスの方が向いているのかもといったんは思ったのですが...

ところが座禅中にしている数息観は、きわめてマインドフルネスと状況的に近いものがあるようなのです。マインドフルネスでは様々な瞑想法がありますが、どれも呼吸に注目するということで、これは数息観と良く似ています。

数息観では100まで数えてくださいと指導しているので、ともすれば100を目標にしてしまう方がいます。100まで数えるのが目的でもゴールでもなく、息に集中する為の手段、頭の思考を止めるための手段のはずが、テストや売上等、数値目標に慣れている現代人は手段と目的を逆にしてしまいがちなのです。

数息観評点表というのがあるのですが、これも点数を取ることが目的ではなく、いかに深い数息観ができるか?というところが主眼なのですが、どうしても点数志向になってしまう方もいるのです。

マインドフルネスでは数えたりはしないようですが、呼吸に注目するという点では数息観と似ていると思っています。

しかし禅の場合は、難易度が高く、言葉が専門的でわかりにくく、初心者には不親切で敷居が高い、厳しい座禅の難行苦行(笑)の末に悟りを開くという印象がついてまわります。

実は全然難行苦行ではありませんし、もしそうなら多忙なSEの私自身が続けられるはずがないのですが、確かに公案を用いた参禅修行は敷居が高くなりますが、座禅だけなら低いものですし、初心者も大勢来られますから安心です。

それに対してマインドフルネスは言葉が平易でわかりやすく、初心者にも優しい、資格を持った講師の方や医師が親切に指導してくれるという印象です。癒しやストレス軽減、精神面のケアなどにも効果があるプラクティスがあるそうです。

またわかりやすく親しみやすい本がたくさん出版されており、1人でも自宅でできるマインドフルネス瞑想法の本が何種類もあるのです。

ところが座禅は禅語の解説のような本はあるものの、1人でも自宅で座禅ができるような本はなかなかありません。金曜の夜に読んでいる禅入門でもまだ難しいものです。

そういうことで初心者に対する指導という面、ストレス軽減や癒しの面ではマインドフルネスには大いに学ぶべきものがあるし、入口がマインドフルネスでも、仏教や禅に興味を持った方が、さらに本格的にやりたいということで座禅に来られることは十分にあり得るなと思った禅フロンティアでした。

心印 拝

  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1491)
最新のブログ記事