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擇木道場

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擇木ブログ - 201502のエントリ

座禅が効く:「今ここ」の話

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/2/27 18:39
心印です。

昨日のブログはマニアックなサーバーの話から始まり、ビデオで映すコマの0.01秒先の未来と、0.01秒の過去の間にも現在があると言う話をしました。コンピュータがどんなに高性能になってもデジタルである限り、人間の脳のようにアナログな連続データは処理できず、禅をコンピュータに教えることはできないとも。

でも禅で言う「今ここ」は過去~現在~未来の中の現在という単純な意味ではありません。

本やブログを読むと「今ここ」を時間の流れで捉えて、過ぎ去った過去を後悔することなく、まだ来ない未来を心配することなく、現在をより良く生きるのが禅の教えである...と書いてあるものが多いようです。

より良く生きられる効果も座禅にはあるので間違いではないし、禅っぽくてかっこいいし(?)、初心者にはわかりやすいので、座禅の入り口の説明としてはありだと思います。

でも...禅は理屈で「教え」られるものではないし、もちろん哲学でもない。だから教科書か標語のように「より良く生きよう!!」と学習するものではないのです。

しかも、過去から未来へ流れる時間の途中の地点としての現在など無いとまで言うのです!!

過ぎ去った過去は脳の記憶でしかなく、未来も脳が予想してしまうので、あるように思えますが、どちらも手に取れる現物があるわけではない。同じように現在も手に取れないです。

人間の脳には「考える」という機能があるがゆえに、過去の後悔や、未来の心配に捉われてしまうのですが、過去や未来という物が存在しているわけではなく、脳が勝手に作り出した幻想に苦しめられているのです。

もちろん座禅のブログですから~~~~過去を反省するな、未来を計画するな、現在を楽天的に生きろと言っているわけではありませんよ(笑)でも反省と後悔、計画と心配はだいぶ姿勢が違うことはわかると思います。

でも人間というものは反省せずに後悔するし、計画せずに心配してしまうものなのです。後悔もしたことないし、心配もないという人がいたら、その方には禅は必要ありません(今のところ...)。

なので、そこに修行としての座禅が必要になるわけで、座禅を習って、自ら座る行を通して体得できる何かがそこにあるのです。

過去も未来も脳の作り出した幻想!! 今ここに私は生かされているんだ!!という自覚ができるのが禅のいいところです。

それが禅で言う「今ここ」です。これを人間禅を作られた耕雲庵老大師は、
「吾れここに、今かく在りぬ、日向ぼこ」とうたわれました。

これがわかれば、よけいな心配をしなくなるので、とても生きることが楽になるのですが、あなたもこういう経験してみたいと思いませんか?

擇木道場では今夜から一週間、本格的な座禅の修行である摂心会(せっしんえ)が行われます。前回はこういう経験をされた方(最初の公案を透って、見性されたということ)が数名いらっしゃいましたが、今回は何名いらっしゃるでしょうか?今から楽しみです。

心印 拝

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心印です。今日の話はかなりマニアックかもしれません(笑)

私の仕事は知っている人は知っている(?)システムエンジニア(SE)なわけですが、SEと言うと華やかに聞こえますが、実際やっていることは地道な裏方的な作業の連続です。

この業界では新しいIT技術がどんどん出てくるので、SEを続けるには常に最新の動向を勉強する必要があります。最新技術となるとさすがに会社の教育をあてにできず、そこで自分のお金と時間を使って、スキルを上げるべく自分に投資することになります。

そこでお金に余裕のないエンジニア達は安い中古品を狙ってヤフオク(Yahooオークションのこと)をうろうろするわけですが(笑)、この前、落札したのは中古サーバーでHP(ホームページではなくヒューレットパッカード社)のML150G6という機種です。Xeon5520という高速なCPUを2個搭載し、それぞれが4コア、各コアがハイパースレッディング動作するので計16個のCPUがあるように見えます。メモリは12GBも搭載されていて、個人で持つにはオーバースペックな高性能サーバーが、2009年発売当時、100万近くしたものが、たったの3万円(!?)。

なんということでしょう!!(ビフォアーアフター風にw)
お小遣いはだいぶ寂しくなりましたが、これは買いです(笑)

届いた箱の大きさ(1m四方!)や電源を入れた時のファンの爆音にも驚きましたが、6年前のサーバーとは言え、これだけ高性能なら今でも十分現役です。

でも、どんなに性能が上がっても人間の脳にはまだまだかなわないのです(やっと座禅っぽい話に...w)

このサーバーは自分の勉強と、禅フロンティアのビデオ編集のスキルを得ようと買いましたが、ビデオの動画というものはカメラで高速に連写しているようなものです。

1秒に何コマ撮影できるかで性能が決まりますが、道場にあるのは一般家庭用の30~60コマ/秒くらいなので、0.01秒毎に写真を撮っているようなものです(プロ用の機材になると、100万コマ/秒のものもあるとか!!)

つまり...0.01秒間隔のコマとコマの間は撮影できないわけで、そこがデジタルの限界ですが、逆に言えばこの程度のデータ量だから、今のコンピュータでも処理できていると言えます。

しかし!! 人間の脳は見たり聞いたりしたデータを0.01秒間隔とか分割せずにアナログな連続データのまま処理することが可能です。これは驚異的な性能で、現在、最高速のスパコン(2位ではいけないのですか?と言われたスーパーコンピュータのこと)をもってしても実現できません。

0.01秒先の未来と、0.01秒の過去、その間にも現在という時間があります。禅で言う「今ここ」がこの瞬間にもあるわけですが、これは人間の脳でないと捉えられない、コンピュータがデジタルな機械である限り、禅を教えることは永久に無理な話でしょう。

しかし現代人は学校や会社でテストの点数や売上の数字など、左脳的なデジタルな処理ばかり訓練しているので、右脳的なアナログな処理が苦手になっています。

本当は右脳的な感性が豊かになってこそ、テストの成績も単なる点数が実生活に応用できるようになるし、売上も感性が貧弱で魅力のない営業マンには数字を上げることができないものでしょう。

実際、右脳と左脳は、はっきり分かれるわけではないのですが、これを知恵の領域と感性の領域と言い換えてもいいでしょう。現代人は知恵は発達していますが感性に欠けるということです。これを現代人はパソコンであると言っているのですね。

さてあなたも感性を磨く為に、禅で言う「今ここ」を体験してみませんか?
明日の夜から土曜にかけてIT部参禅会(青年部+女性部)、土曜の夜からは一週間の摂心会(せっしんえ)が開催されます。

心印 拝

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2月25日 さいたま座禅会 参禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/2/26 8:51
いよいよ花粉症の季節が到来しました。
私にとっては、春と花粉症による鼻と眼のつらさは
セットでやってきます。

さて、昨日は老師に公案の見解を呈する「参禅」という
会でした。もちろん参禅の前には座禅を行いますので、
座禅をしてみたい、という方にも不都合なくご参加いただけ
ます。

参禅会が終わりますと、“恒例”の老師を囲んでの懇親会。
参禅は、地獄の閻魔様に対するような、懇親会は観音様と
懇話しているような感じが、ワタシにはします。

昨日の参禅会は1月に引き続き少人数でした。
ただ、常連の方が昨日もご参加くださり、また今週末からの擇木
道場の摂心会にもさいたま座禅会にご縁のある数名の方が参加する
と聞き、愁眉を開くというか、少しホッとしました。
あともう少しだけがんばります。

参禅会も昨日で去年5月の始まりから10回になりました。

来週は、擇木道場の摂心会のため座禅会はありませんが
さ来週は、発足以来40回目の座禅会です。お菓子と
お茶を用意してご来訪をお待ちしております。

これまでご参加くださった方、設営、撤収にいつも
お力添えいただいている方、陰に陽に
ご支援くださっている方々に深く感謝いたします。
                    


          海香拝
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心印です。

今日、水曜の夜は、さいたま座禅会で参禅があり、金曜の夜は擇木道場で「東京で夜一番遅い参禅会」があり、土曜の夜からは1週間の摂心会(せっしんえ)が始まります。

摂心会というのは通常の座禅会とは違い、老師に指導を頂ける参禅(入室独参とも言う)という修行を1週間、道場に泊まり込んで行う特別な期間です。

部活のノリで言うと強化合宿のようなものだと言えばわかるでしょうか?

人間禅の他の道場では年に3回あるのですが、擇木道場の場合は月末に、禅フロンティアかIT部参禅会(東京で夜一番遅い参禅会)があるので、その分を差し引いて年2回の摂心会となっています。

この期間は座禅と参禅、作務、提唱を早朝から夜まで毎日繰り返すので、日頃、多忙で時間が取れなくて参禅が可能になります。

例えば私の場合、道場に泊まって早朝5時半からの座禅、6時半からの参禅の後、仕事に出ます。仕事から帰ってくるとちょうど夜の参禅の時間(提唱後でだいたい21時くらい)なので、日に2回は参禅が可能です。

今まで公案を授かりながら多忙で足が遠のいている方、公案がわけわからなくてどう参禅していいかわからない方、この一週間だけ道場に泊まって参禅してみませんか?

また普段は座禅会に来られている方も、摂心期間中の道場では場の勢いのような雰囲気があるので、いつもの座禅会とは全く違う緊張感あふれる本格的な禅道場の姿を見ることができます。

是非、おいでになりませんか?

心印 拝

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心印です。

この日は八王子の禅東院で西東京支部、青年部、学生部の摂心会(せっしんえ)が行われていたので、主要なスタッフはそちらへ参加しており、擇木道場の方は、心印、黄玉さん、山本さんの3名だけでした。

でも新しい方が3名見えられ、常連さんもたくさん来られて、2列がいっぱいの座禅会になりました。これにいつものスタッフ会員が加わると3列になっていたところでしょう。

スタッフは一時期、当番制をしこうとしたのですが、参加状況の取りまとめが大変で、しかも仕事をしている者ばかりで、当日、仕事の状況も変わるので参加したスタッフがその場で役位をやる形に戻っています。

これは在家禅で仕事と座禅の両立をする宿命のようなもので、「在家禅は忙しいのは当たり前。そこを工夫するところに意味がある。」とは千鈞庵老師のお言葉です。

これは自分の修行なので両立させる工夫をすることは禅の修行になると思っています。私の場合は、金曜の夜は「座禅の先生(?)をしている」ということで職場の周りの人に言ってあるので、急ぎの仕事でなければなんとかなる感じでしょうか?

でも今まで誰も来ないと言う状況は一回もなく、私一人だった時もなんとかなるので大丈夫です。まだ今のように慣れていなかった頃、道場に行くと私一人しかスタッフがいない!!となった時は一瞬パニックになりかけましたが(嘘ですw)、新しく来られた方には一階で待っていただき、二階の禅堂で、直日として座禅会を始めてから、一階に下りて、座禅を教えました。こういう時もパニックにならず、即座に段取りを決められ、躊躇なく実行できたことは、座禅の効果なんだろうなぁと当時思った覚えがあります。

実際、その後の仕事でもパニックになったことは全くと言ってありませんから、以前に比べるとおかげ様で仕事への耐性はずいぶん上がったかなぁと。

さて座禅後は、いつもの禅入門は読まずに、新しい方もいらっしゃって、摂心会も迫っているので、摂心会というものの話や公案による参禅修行の話をしました。この週末の金曜日はIT部参禅会ですから30分時間が早くなります。

いつもの座禅会とは違って、緊張感のある参禅会です。参禅会に一度も参加されたことのない方はその雰囲気の違いに驚かれるかもしれません。是非一度、本格の禅の修行である、摂心会、参禅会にご参加ください。

心印 拝
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夕方の土曜座禅会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/2/21 21:17
2回目以上の方 9名
会員        3名  の12名で坐りました。

昨日初めて来た方が、昨日坐っていて「いいなぁ。」
と感じる時がちょっぴりあったので、ということで、
今日もおいでになって、坐って行かれました。

一回目の座禅はたまたま、電気をつけなかったので、
終わりのころは、手元が見えない位になりましたが、
これはこれで良かったです。

2回坐った後、仰月庵老居士がみなさんに、接心会
のご説明を熱心になさいました。臨済禅師の見性の
時のお話を交えながら、参禅とはなにか、というご説明
もありました。
なお、私の知る限りでも今日の座禅会参加者から3名は、
接心会に参加されるようで、スケジュール表をお持ちに
なりました。
多くの方のご参加をお待ちしております。

いよいよ来週2月28日から接心会です。

あっ、それから前哨戦ではないのですが、
「さいたま座禅会」でも2月25日に参禅会があります。
どうぞご参加くださいますようお願い致します。
                             海香拝
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心印です。

仏教の世界には大量のお経があるわけで、これを研究する学者も多いわけですが、このお経は薬の効能書きのようなものだと言われることがあります。薬が仏の悟りだとすれば、お経はそれを説明する効能書きのようなものであると言うことです。

だからお経を研究したり勉強することは必要なのですが、勉強したからと言って悟りがわかるわけではないし、お経を読んだだけで悟ることもあり得ません。

禅ではこれを「不立文字(ふりゅうもんじ)」と言って、悟りは文字ではない、書物の上には悟りはないということを言いますし、我が人間禅においても「禅学するな」と言われています。

でもその「不立文字」を掲げる禅門に一番、書物が書かれているそうです。本屋さんに行くと禅の本はそこそこ売れているようで、宗教関連の目立つところに置いてあります。私もこうしてホームページに禅のブログを書いているので、その片棒を担いでいるのですね(笑)

でも、本もお経も、このブログも文字で書かれたものは薬の効能書き。座禅をすればこういういいことがありますよと、ブログに書いたり、道場で座禅に来られた方に説明をするのは、薬の効能を説明しているようなものなのですね。

それを老師は道路標識のようなものであると禅SNSの中で書かれていました。この先に座禅による悟りの世界があるよと指し示す道路標識なわけです。また月が悟りだとすると、月を指し示す指がお経だとも言われ、「指月(しげつ)」という禅語もあります。

では初めて座禅に来られる方に説明する私は道路標識なんだと(笑)、妙に納得する私でありました。こうしてブログを書くことで今日も禅の道を指し示す道路標識を立てているわけです。

今夜から日曜まで八王子にある禅東院で西東京支部の摂心会が始まります。本格的な禅の世界を垣間見たい方は是非おいでください。

※禅SNS(人間禅会員限定のプライベートSNSで、コミュニティ機能がある)
※「禅学するな」とは勉強するなという意味ではないので誤解なきよう。勉強は必要ですが、参禅して見性するまでは禅の本は読まないで座禅に専心せよという意味(見性しないと本当の意味が理解できないし、理 で考えてしまうから弊害の方が大きい)と、本を読んで勉強するばかりで禅がわかったような気になったり、座禅をしないことを戒める意味があります。

心印 拝

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心印です。

大多数の人は人生が思うとおりに行かないと感じていると思います。人生とか大上段に考えなくても、仕事や家庭や子供のことなど身近なことでもいいのです。

なにもかもが思うとおりに行かない・・・はぁ・・・と疲れた日々を消極的に送る方も多いはずです。あるいは思うとおりに行かないことをバネに、いろいろ積極的に挑戦している方も多いでしょう。

でも根本的に、なぜ思うとおりに行かないか? これがなぜかを考える方は少ないのです。人生とは元々思うとおりに行かないもの・・・と哲学的に、あるいはあきらめの境地で受け止める態度もあれば、思うとおりに行かないからこそ成長につながるのだと受け止める態度もあるでしょう。

でも根本的にはこれは迷いからきているもので、その迷いは自我の認識から始まる・・・と仏教の教学的なことを書くには、まだそこまで修行が進んでいませんので、私の実感から、身近な話で例をあげると、私の場合はやはり仕事になります。

仕事の大半は何か解決したい問題から始まるので、元々うまくいかない要素があるわけです。問題を解決しようと試行錯誤している間は、自分の思うとおりに行かないのは、当たり前だとも言えます。

この時、期待するうまくいった状態と、現状を比べてしまい、思うとおりに行かないと思ってしまうのが、普通の人の思考です。そして往々にしてそれは苦しいという感情に変換されてしまうので、辛くなってしまうのです。

ところが禅をやっている者は、相対的に比べることをやめる思考になります。期待するうまくいった状態を目指して、たんたんと試行錯誤を継続します。現状に対して、自分の価値観からくる身勝手な判断をせず、そのまま受け止めます(これを禅的には正受すると言います)。

この違いがわかるでしょうか? 文章にするとこうなのですが、禅をやっていると比較するとか、価値判断を加えるという頭の上の操作をしなくなるのです。比較をしないものですから思い通りにならないと辛くも苦しくもならないのです。

でも実際、比較しないと口で言うのは簡単ですが、これをしてしまうのが人間。そうなるには座禅を続けるしかありません。

座禅を健康法的に思っている方がたまにいますが、もちろん健康にもいいのですが、こういう精神的な面に強く効くのが座禅なのです。

実感したいと思う方は、擇木道場の座禅会においでください。金曜の夜から土曜の午前なら私こと、心印がいますので、仕事に禅がどう効くのか語ることができると思います。

心印 拝
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心印です。

この日は、13日の金曜日(笑)、でも特に不吉なことは起こらず、ただ道場まで寒いだけでした。

新しい方は3名、2名の女子大生と会社員の女性と3名とも女性で、この方は宿泊されて次の朝の座禅にも参加されました。

これだけ寒いと座禅に初めて来られる方は女性ばかりになる感じがします。
女性の方が強い時代なのでしょうか(笑)

参加されたのは、
男性:9名
女性:7名

以前は春光さん以外は全員男性という感じだったのが、もうしばらくしたら逆転されそうな勢いです。

さて座禅の後は、恒例の「禅入門」の本を読んで勉強しましたが、今回はあまり長く読むのではなく、数十行だけ読んで後はそれについて参加者が話合うという展開にしてみました。

座禅をする時の注意点や、朝派か、夜派か等、いろいろと話をしたので、私も参考になりました。終わりの時間が遅いので、座禅をしたらそそくさと帰る方が多いのですが、禅についてのこの勉強会も非常に参考になると思います。

自分の座禅はこれでいいのだろうか?とか、なかなかうまく座れないのだけどどうしたらいいのだろうかと、普通は疑問を持つはずです。

お寺など他の座禅会では、なかなかこういう質問をする雰囲気ではなく、「黙って座れ」等と言われるのですが、擇木道場では初心者のこういう質問にもちゃんと答えるところがいいところだと自負しています。

だいたい禅は理屈っぽい現代人に対して説明不足なのだと私は思っているので、こういうところは強調したいと考えています。でも禅は理屈を越えたところにその本当の味があるのも事実なので、長く継続されて、それを味わってほしいといつも思っています。


心印 拝
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2月14日   女性部座禅会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/2/15 17:13

 立春が過ぎても 冬がきわまる2月。
時折り、窓が北風で びゅわーんと唸る寒い日に、
3人の若い女性を迎えて 14人で、9時半から
30分・30分 の座禅をいたしました。

座禅後の読書は 『座禅のすすめ』 の第3節 「三昧」。
禅門で云うところの三昧は

  1 正念の一貫相続
  2 心境一如・物我不二
  3 正受にして不受

の意味を持っています。
本で読んで、頭で理解しても 実施は非常に難しい事。
初めて座禅にみえた方には、壁の向こうの話と感じるでしょうが
禅をしている者には、目の前の鉄壁をよじ登る 大目標なのです。

そして呈茶。
今日は14日、 世の中ではチョコレートが飛び交う日。
お持たせのチョコレートをご馳走になりながら、お抹茶を頂きました。

新到のうち、お2人は大学で同じクラブの方、
もうお1人は、金曜の夜中に “座禅に行こう!” と決めて
申し込まれたそうです。

今日も話題が豊富で、禅堂ではチョコレートならぬ、話題が
飛び交いました。

今春は、梅の開花は遅れ気味ながら
草木はとっくに春の支度を始めています。

また、今週、土曜日の朝、皆様のおいでを
お待ち申し上げております。

                  秋香拝




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