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擇木道場

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擇木ブログ - 20150109のエントリ

初心者の座禅体験

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2015/1/9 16:05
心印です。

毎年、擇木道場には座禅が初めてと言う方が大勢おいでになります。

初めてこられると「座禅講習申込書」を記入頂くのですが、この枚数たるや、一昨年が500枚を越え、昨年は800枚を越えています。昨年分は、まだ集計が終わっていない段階での数字なので、もっと行くと思われます。

これだけ来られるとすぐに禅堂がいっぱいになってしまうと心配しそうですが(笑) 大半の方は一見さんと言う感じなので、一度、座禅を体験してみて終わりということになります。

それでも金曜の夜は、私が初めて擇木道場に来た頃は、毎週5名くらいだったのが、今は3列(1列は約10名くらい)になるので、30名近くになります。

でも広い禅堂は最大6列くらいまで可能なので、今の倍の人数でも対応できそうです。いっぱいで入れないという事態はしばらくは大丈夫でしょう。

と言っても、1年ぶり(中には3年ぶりという方も!)に来ましたとか、一見さんの方でも、またおいでになる方は意外と多く、やり方を忘れたので、もう一度教えてくださいという方も多いです。

座禅を初めて体験すると、足が痛かったとか、数息観がまったくできなくて大変だったと思うのが普通ですが、一度でも座禅をやったことがあると、何かのきっかけで、もう一度やってみようと思われるだと思います。

私など座禅の本だけは高校生の時に既に読んでいましたから、実際に始めるまで、実に30年もの年月がかかったわけですが(笑)、やはり何か(何かは秘密w)のきっかけで座禅をやってみようと思ったのです。

Googleの擇木道場の口コミでは「そんなに怖いところじゃない」と投稿を頂きましてどうもありがとうございます。

やはり禅道場と言うと、厳しくて怖い人がいて、警策でビシバシ殴っている、あるいは、作法から外れたことをすると、容赦なく怒られるという感じがあるのかもしれませんが、これはイメージです(笑)

擇木道場では初心者に対しては優しく指導しているので、怒られるとか殴られるなどと心配しなくて大丈夫です(まっこれが摂心会で、相手が会員ならビシバシ指導することもありますがw)。

ということで、今夜は参禅会ですが、新しい方はどれだけ来て頂けるか今から楽しみな心印でした。

今年もよろしくお願いします。

心印 拝









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澤木道場の龍吟です。

昨日の同名タイトルのブログに続いて、今日は少し内容を深めていきたいと思います。

その前に、明日1/9(金)は澤木道場で20時半から参禅会があります。ぜひ、いらしてください。お待ちしております。

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さて、格差の問題として、一億総中流と呼ばれた時代はとうの昔のことになり、日本は諸外国と比べても格差のある社会になってきていることをお話しました。また、そうした中での在家禅のあるべき姿を考えていく必要性についてもお話をしました。

格差というと、同世代間の格差の問題がありますが、もう一つ世代間格差もあります。

昨年は、65歳以上の高齢者人口は、過去最高の3,190万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)も25.1%(前年24.1%)と過去最高となりました。これが2020年を超えたあたりには、高齢化率は30%を超えるという予測です。

少子高齢化により日本は他の先進国の中でもっとも高齢化が進んだ国になります。生産労働人口が相対的に少なくなり、年金をはじめとした社会負担が現役世代にのしかかることになります。こうした話は、周知の事実なのですが、最近我々は諦めてしまっているのでしょうか。


お年寄りはある意味、逃げ切り世代と言われ、相応な社会保障を享受できる一方、若者は重い負担に希望のない世代と言われ、お金がなくて結婚もできないし、ましてや子供など持てない。となる。

この世代間の格差は深刻なのですが、選挙に投票するのは高齢者ばかりのため、若者向けた施策は後回しにされる。さらに年配の方からは、「だから、今の若者は元気がない」などと、いわれる。こんな日本にしてしまった責任は一向に顧みず、かえって若者たちの姿勢を問題にしながら、後の世代に国の借金やら社会保障費やらの負担を押し付けて、自分たちは逃げ切る。多くの年配の方々は、そんな悪い気持ちは持ってはいないと思いますが、そんな社会に見える。

こうした声なき声は多くの若い人たちが持っているものです。ただこの希望のない日本においては、革命でも起きない限り、どうすることもできない。だから表立って何も言わない。ひそかに、高齢者が主に保有する国債がデフォルトになり、社会がガラガラポンするのを望んでいる人だっている。それは社会的に何かが間違っていると思うからです。

さて、現役世代はこれからどうやって高い社会保障費を負担していったらよいのでしょうか。年金は払うより、もらう方が少なくなる。と言われて久しいですが、これからはさらに、もらう期間も短くなるのが通説です。

現在20代の人は、このまま高齢化が進んだ場合、年金がもらえるのが最低でも70才からだと言われています。つまり70才までは働かないと食べていけない。国もこのあたりを十分に踏まえていて、既に高齢者の定義を65才からではなく70才からにしょうとしたり、アクティブシニアといった言い方で煙に巻こうとしているようです。

問題なのは、国が企業に70才定年制を求めたとして、企業は70才まで十分な賃金を支払うことはけしてないでしょう。現在でも55才になったら3割とか5割とかカットする企業はあります。それこそ、超高齢化社会になったら、従業員に支払う賃金の面積を同じに保つためには、60才定年を70才にする代わりに、50才から70才まで給料を5割カットしてもおかしくありません。20年間、半分の賃金で働き続けるわけです。

これが今の20代の若者を待っている未来の姿です。ハッピーリタイヤした現在の高齢者とは全く違っていませんか。


昨日とりあげた正規雇用、非正規雇用の問題、シングルマザーの問題や、この世代間格差の問題、こうしたことが現代日本のおかれている格差の問題であると思います。昨日も申し上げましたが、こうした社会の中で、禅の役割は何でしょうか。

近頃、書店に行くと、こうした社会問題系の書籍の横に、禅による生き方指南のような書籍が多数並べられています。

禅は癒しと捉えられているのか、あるいはシンプルな生活を目指す、質素な生活の手引きとして捉えられているのでしょうか。

いろいろなところにきしみが出てきている現代の社会です。しかし、もっと歴史を遡れば、たとえば江戸時代や戦国時代、室町、鎌倉など、大きな社会の変化がこの日本にはありました。その中でも、禅は現代に受け継がれてきています。

このことからも、禅をただの癒しとか、なんだかありがたいような説法をまとめたような軽いものではなく、禅にはもっと根源的なものがあるように思って間違いないと思っています。それだから、禅には役割があるように思います。不安な社会の中にあっても、具体的に一歩、はじめてみるのはいかがかと思います。

社会問題の答えは、すぐには見つからないかもしれませんが、今年、禅を通して、皆様と一緒に考えていければと思っております。


龍吟 拝

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