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擇木道場

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当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

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擇木ブログ - 201406のエントリ

心印です。

土曜日は、龍泉支部長が市川の本部道場であった茶禅一味の参禅会へ参加されたので、私こと心印と、さいたま座禅会長の海香さんの二人で座禅会をやりました。

スタッフだけで役位が足りなかったので常連さんの日々○さんに聖持をお願いしました。どうもありがとうございます。

雨のせいか、新しい方は2名しか来られず、2列の座禅会となりましたが、その後の茶話会では禅の話で盛り上がったので、みなさん遅くまでいらっしゃいました。

初めての2名の方に人間禅の説明をしながら、人間禅は在家の禅の会であること、そして自殺者が年間3万人弱もいる病的な日本を救うため、本来は厳しく敷居の高い禅を、あえて敷居を下げて万人にもできるような形にして広めようとしていることを説明しました。

そして立教の主旨について読んで説明をしましたが、正しく、楽しく、仲良くとあります。平易な言葉で書いてありますが、これには深い意味があり、仲良くが一番難しいとのこと。

人間禅になる前に両忘会というのが前進でありましたが、そこでは禅は個人のもので、あまり仲良くという感じではなかったと聞いています。でも禅のような社会人にとって厳しい修行は、この仲良くがないと継続できないものだということで、人間禅を作られたときに耕雲庵老大師が項目に入れられたのだとか。

確かに人間禅に入会して3年ほどの私ですが、私の後に入会した方が何人もいるのに、道場に来なくなった方がたくさんいらっしゃいます。

病気で来れない方もいらっしゃるので、それは仕方がないとして、それ以外の方に共通することは仲良くする道場の道友がいなかったということです。

道場の方は皆さんどなたでも禅をやるならウエルカムですから、仲良くなれないのは、これは想像するしかありませんが、その方の我が邪魔をしているのかもしれません。

そしてその我で、なんらかの理由をつけて道場に来ないことを正当化してしまう罠に落ちているのかなと。特に見性して数ヶ月で修行をやめてしまうと我が増長しやすくて、これは意識して気をつけないとほとんどの人がそうなってしまいます。

あの白隠禅師のような偉大な先師ですら、初めて見性された時は「これだけの悟りを得たものは他にいないであろう」と慢心されたくらいですから、我々ふつーの人には何をかいわんやです。

道場に来なくても家で座禅をしていればいいのですが、それが我が増長してしまう座禅をしているなら逆効果となります。参禅をすればその我に気付く公案もあるので、公案修行を続ければ正しくないのはわかるのですが、一般のお寺の座禅会などは、公案をしないので、わからないのではないかと思います。

正しい座禅かどうかは、外見から見ただけではわかりませんから。でも自分の意見に固執している方はわかりますが・・・

この仲良くということは本当に難しく、でも仲良くなれた道友ができたら、それは禅を死ぬまでやっていこうねと言う一生の友達です。私も道場でいろいろな人に迷惑をかけたり、辛辣なメールを送ったり、今でもしてしまうのですが、それは私の我ですので、すみません、ごめんなさい。反省します。

お互いに完全な人間ではないので、禅を修行して人間形成をしようとしているということで許してください。

我を落とすということは本当に難しく、仲良くということが一番難しいのだというお話でした。

私は道場の方を心から尊敬していますし、一生の道友だと思っています。こういう関係は社会人として仕事をする中ではまずなくて、家族ですらないかもしれません。

こういう心から信じられる人がいる、あなたもその仲間になれるかもしれない擇木道場へおいでになりませんか?

心印 拝
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『奥宮慥斎と禅』余滴(2) 

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/6/29 22:18
                                                                                                  杉山呼龍

筆者は昨年12月に『奥宮慥斎(おくのみやぞうさい)と禅』という研究書を出版した。奥宮慥斎は明治8年に今北洪川禅師を盟主として両忘会を興した人である(ブログ『奥宮慥斎と禅』余滴(1)〔2014,5,7〕参照)。
 
慥斎のご子孫は未だ健在である。慥斎から数えて五代目に当たる。当代奥宮家ご当主は湘南の茅ヶ崎に住んでおられる。
 
先日、筆者は奥宮家のご招待にあずかり、歓談に時を忘れた。ご当主は、東大工学部で博士号を取得され、某民間研究所にお勤めされ、セラミックスの研究をされた。定年後の現在でも大阪大学大学院の客員教授をされている。
 
因みに現在のご当主のお名前は奥宮(おくみや)と読む。奥宮慥斎の場合は(おくのみやぞうさい)。どうしてこうなったのかを以前ご当主に伺ったことがある。それは論文の注にも書き入れてある。
 
簡単にいうと、慥斎の出身地の高知では(おくのみや)と皆が読んでくれたが、一家が東京に移り住んでからは、誰もそう読んでくれなくなったからなのだ。いちいち訂正するのも面倒だから、いっそのこと(おくみや)にしてしまおうと考えたに違いない。

ご当主も奥宮(おくみや)と名乗っており、慥斎の子供からそうなったのだろうと言っておられた。
 
奥宮家には、慥斎の弟、暁峰(ぎょうほう)の扁額と、西郷隆盛の七言絶句を書いた書き付けがあった。

奥宮暁峰(1819-1893)は書家であり、両忘会にも参加し、禅の修行もしたと考えられる。
 
慥斎は西郷隆盛と親しく、明治維新前、西郷が高知に来て会った時に意気投合したらしい。以前、慥斎の弟子が、西郷先生に就職を斡旋してくれないかと慥斎に頼んでいる文章を見たことがある。
 
つまり、西郷と慥斎の関係は、若者の就職を世話するような親しい関係にあったのだ。この西郷の七絶には、それに和した慥斎の七言絶句が付され、また、慥斎の長男奥宮正治(おくみやまさはる)の解説(漢文)もある。早速写真を写させて頂いた。それらを解明するのはこれからの楽しみである。
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心印です。

今週は市川の本部道場で茶禅一味参禅会が行われていて、他のスタッフがそちらに回ったので、擇木道場では、心印、紫芳さん、又○さんで開催しました。

紫芳さんは「こういうこともあろうかと」、以前から鳴らしものの数を覚えていたそうで、直日初デビューです。
でも間違いなくされていたので素晴らしい、とても初めてとは思えませんでした。そう言えば私が直日デビューしたのは、土曜早朝でスタッフが私しかいないという状況でした。その時たまたま東京に来られて泊まっていらした関西支部長の智常さんが、聖持をやって頂きましたので心強かったですね。

又○さんは近いうちに入会されるとのことでいいのですが、今週はスタッフが足りず夢門さんや、日々○さんなど常連の方にのきなみ聖持をお願いすることになってしまいました。

どうも助かりました、ありがとうございます。

いつもは賑やかな座禅後の懇親会もこじんまりという感じで全員で話ができる人数というのも、これはこれでいいですね。

いつもは自己紹介して飲んでるだけで終わってしまうのですが、今週からは「禅入門」の本を読んで勉強することにしました。私も来るのがギリギリなので事前にコピーを回すことはできませんが、前で禅入門を読むだけでも勉強になるはずなので、10分くらいでいいかと思ってやりましたが、いろいろ質問が出たりして結局1時間くらい飲みながら禅の勉強をしていた感じでした。

新しい方は6名も見えられたのですが、2名?くらいしか残られませんでしたが、懇親会とは言いながら、こうして禅の勉強もするので。次回は是非出ていただければと思います。

禅入門は一般の書店でも買えますし、道場にも少数在庫はあるので一冊千円でお買い求めになれます。書かれたのは芳賀幸四郎先生ですが、大学の教授であると同時に人間禅の師家で、如々庵芳賀洞然老師(にょにょあん はがとうねん ろうし)というお名前でした。

師家の立場から数息観や禅の修行について、人間禅のこと、禅の歴史や意義などを、文庫本のページ数によくまとめられたわかりやすい本ですから、人間禅の修行をされる方はもちろん、数息観で座ることが中心の方も読むことをお勧めします。

そう言えば禅を始めて数ヶ月くらいの頃にも「禅入門」を読もうとしたのですが、その時は資料はコピーして配布しなければならないものだと思い込んでいたので、それが継続できずに挫折しました。

今はコピーしなくてもちゃんと読めばいいじゃないかと思っています。
この変化はなんだと思いますか?

これは禅の修行で得たものだと考えています。凝り固まった固定的な考え方を離れることができ、ある問題に対して(ここではコピーする時間がない)、他の解決策を、短時間で、間違いない方向へ出せるのです。もちろん仕事にも人間関係にもこの禅の手法が応用できます。

問題を真正面からぶつかると大きな分厚い壁のように見えることが、ちょっと斜めから見る視点を与えることができる・・・これが禅の効用の一つのような気がします。

心印 拝


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玉溪です。
今、本部道場で「茶禅一味参禅会」が行われています。

本部道場の山は今碧が豊かで素晴らしい景色です。
それぞれの流派の茶席が一同に会し、参加されている方は違いを楽しんだり学んだりと、茶道と禅が融合した会を味わっておられます。
そもそも茶道は利休が禅の修行をされ、その深遠を表現しているところがありますので、茶道をされる方は禅をなさって利休の真意に近づかれてはいかがでしょうか。
ぜひこの機会に「茶と禅」の深みをご経験ご堪能下さい。

ところで・・・
明日2時半~の茶席は前代未聞です!!

NHKのドキュメンタリーを担当され、ご自身もたくさんの映像を発信しておられ、海外の受賞歴も豊富な南幸男氏の「瞑想する映像」が茶席の掛け軸のかわりに流されます。
ありえない試みですが・・・
そもそも茶席の床の間にかかっている墨蹟は禅僧の書が基本で、易しい言葉であってもその主旨は禅の悟りからでているもので、とても表面の言葉では真意はわからないものになっています。

それは言葉を超えた真理から、逆に言葉を使って表現されたもの。
だから言葉を見てもわからないものなんです。

南さんの映像は無音で、景色が瞑想のように流れていきます。それはいつしか景色であって景色でないことに気づかされます。ああ。これが普遍のあらわれなのだ、色と空の関係なのだ、と。

ということは墨蹟と同じことなんです。


それと、その後4時半~
釋宗演書「喫茶去」の書を皆さんに見ていただけます。おそらくまだ若い頃の書と思われますが、素晴らしいです。どうだ!!茶を飲んでみよ!!とばかりの勢いと確信に満ちた書です。

宗演禅師は、夏目漱石が参禅した円覚寺の老師です。
人間禅のルーツである両忘会を山岡鉄舟 らの要請で作られた釋宗活老師(平塚らいてうが参禅していた方)の師匠で、鈴木大拙に大拙の名を授けた方、世界に「ZEN」を広めた方、その方の書かれた書の解説と鑑賞の仕方、などを解説します。

また人間禅の禅堂には全国どこにも宗演老師が書かれた「直心道場」の額がかかっています。晩年の老師が択木道場に両忘庵宗活老師をお尋ねにいらっしゃったとき書かれたもので、その本物がかかっています。
こちらもご覧いただけます。

日曜日の午後は人間禅総裁老師の「茶禅一味」の法話もございます。

ぜひお越しいただけますよう・・・









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心印です。

注:これは私がちゃんとした大人だと言っているわけではありませんよ、そんな滅相もない(笑)とりあえず自分のことは棚上げしないと、こんなブログは書けないのです。

―――― お主は誰じゃ? そこで何をしておるのじゃ? ――――

禅の公案や本には、こんな話が手を変え、品を変え、たくさん出てきます。

例えば、そこにいるお前さんは誰じゃ? どこから来たのじゃ? そやつはどんな顔をしておるかの? そこで何をしているのじゃ? 何が息をしているのじゃ? 私と話をしているのはいったい誰じゃ? わざわざ訪ねてきたのは誰じゃ? 今ここにちゃんとおるのか? 等々、あげだしたらきりがありません(いくつわかったかな?)。

そこで、名前は何某で、どこで生まれ育って、小さい時はどんな子供で、今はどこに住んでいて、仕事は何をしているか、などと言い出したらそれは単なる自己紹介(笑)

もちろん禅の公案はそんな答えを期待しているのではありません。

東京に単身赴任してSEをしながら禅をしていて道号は心印、そういう言葉で説明しても、それは私そのものではなくて、そこに言葉の限界があり、知識や理性、哲学や心理学では捉えられない、割り切れない何かを表現することはできないのです。

しかし禅ではそのものずばり、飾らない本当の自分、言葉や理論で割り切れない自己を発見することができるのですが、それは長い長い自分探しの旅でもあります。

この自分がわかっていないと、ちゃんとした大人とは言えないとするとどうでしょうか?

昨日のブログで我見から苦しみが起こり、我と我がぶつかりあうと人間関係がうまくいかなくなると言う話を書きましたが、我が自分だと勘違いしている限り、他人との関係だけでなく、自分との関係もうまくいかないのです。

それは自分を見失って生きている状態、そんな人間が大人だと言えるでしょうか?

禅はこれにもちゃんと答えを用意しています。

何か自分がもやもやしていて、何とかしたいと思ったら擇木道場へおいでください。一緒に座禅をしてみませんか?

心印 拝
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第2回さいたま座禅会「参禅会」

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/6/26 12:26
6月25日、午前中はゲリラ豪雨の埼玉県も夕方は止んでの「参禅会」でした。
参加は、10名
普段の座禅会では7時から2回坐って、8時20分ごろからは
茶話会ですが、今日はほとんど休みなく、2回の座禅と
2回の参禅で9時半の会場閉館めいっぱいまでの「座禅三昧」です。

県内の武道の先生も、さいたま市内の熱心な方も、都内から
はるばるやってきてくださった方も、みなさま2回の座禅と
2回の老師への面談や参禅をパスする人が一人もなく、
ピーンと張りつめた良い雰囲気の堂内でした。

この座禅会は水曜日に実施していますが、水曜は「早帰りデー」
という会社も多いので企画してみました。
ただ、今月のように月末の25日となると、勤務先が忙しい場合
ちょっと参加も難しいこともありますね。
そのあたりが参加人数に影響したのかもしれません。
いずれ参加しやすい土日で、宿泊できる場所で開催すれば、
参加もしやすくなるのかもしれません。
今後、要検討です。

話は変わりますが、
この座禅会は、より良き人格形成と世の中が
「正しく、楽しく、仲良く」なるように、との願いのもとにあります。
信教は問わない社会人による社会人のための座禅会です。

いまこうして座禅会に来てくださる方、まだまみえぬ方、
少し遠くに行ってしまった方も
みな、この「願い」のもとにつながっているのではないでしょうか?

一回の座禅がその願いに一歩近づくと信じ、私はこの座禅会とともにいます。


                                 海香拝






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心印です。

禅の本がたくさん本屋さんに並んでいて、そこそこ売れているようです。擇木道場でも本や雑誌で読んで、座禅をやってみようと思ったという方がチラホラいらっしゃいます。

しかし、本に書いてあることは禅の知識であって、禅そのものではないのです。

禅僧が書いたの本ならまだしも、ちょっと座禅を体験した程度の人でも、本を出せるくらい文章が上手なので、読めば何となく納得して、それで禅がわかったような気になります。
 

でもそれは全く役に立ちません。

その手の本には「気にしなければ」「捉われなければ」「執着を離れれば」、気持ちが楽になりますよ、生き方が楽になりますよと書いてあるので、読んだ直後は平穏に生きられるような気がします。
 

しかし・・・次の瞬間、仕事で重大な問題が発生したら? 家族が大変な事件を起こしたら? あるいは、事故にあったら?(実はこの前、バイクで事故りました・・・)。

 
いったん事が起これば人間の理性など一瞬で吹き飛んでしまうのです。迷いや抑えきれない感情の爆発、怒りや妬み、貪り、そういった愛憎劇の真っただ中で、本で読んだ程度の知識で気にしないとか、捉われないとか、そんなことは絵空事にしか聞こえない・・・
 

だいたい人間の感情は言葉でうまく表せないもので、どれくらい愛してる?と聞かれて、こ~んなにと向こうの方まで走って行ったドラマがありましたが(年齢ばれます、相当古い、汗)、愛憎という言葉の通り、愛情はすぐ憎しみに変わるものです。

それらは全て自分の中に原因があり、さらに言うとその感情は我というものが引き起こします。そのやっかいな我というものが苦しみの根源です。

人間関係もこの我が出ると邪魔をして、うまくいかなくなります。相手は自分の鏡です。自分が我を立てると、相手も我を立てます。お互いに我のぶつかりあいから怒りの感情が起こってギクシャクしてしまいます。

上司とそりが合わないとか、部下がうまく使えない、家族ともうまくやれないとなると、それは全て自分の我見が作り出している架空の人間関係です。

架空ですから固定的ではないので禅で自分の我見が変われば、相手の我も変わって人間関係が良くなるのです。

禅は公案修行によって我に気付かせることによって、それがきっかけで我見を離れて自分が自然と変わっていくようになるのです。

ただ数息観だけでは、なかなか我まではなんともならず、なかには我が増長しているのでは?と思う方もいらっしゃいますので、やはりここまでやろうとすると正しい師についての公案修行が必要になると思います。

我というやっかいなものはなかなか無くせませんが、無我の境地とか言う言葉がある通り、我を殺しつくすことができれば人生も変わることでしょう。

この話でなにかを感じたら座禅をしに擇木道場へおいでになりませんか?
私で良ければ相談にのります。

心印 拝

 

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座禅とLINE

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/6/24 8:05
心印です。
携帯をスマートフォンに変えて何が便利だったかというとLINEが使えるようになったこと、自宅でなくてもかなりホームページの作業ができるようになったことです。

昨夜はホームページの質問の対応を神奈川とメールでやりとりして、次は名古屋と禅SNS(人間禅会員限定のSNS)でやりとりしていました。

だんだん面倒になってそう言えば名古屋の方はLINE使えるからLINEに切り替えました。
私の方はパソコンにもLINEをインストールしているので、しばらくはLINEでやりとりしていましたが・・・
ん? 待てよLINEって電話できるんだよな(遅れてますね 笑)

それでLINEで電話してサポートして、その後、禅の修行についてふかぁいw話をしていました。やはり一日に一回はちゃんと座らなければいけないよねと終わったのは既に夜中の0時(笑)

その後、ちゃんと座禅しようと言う気になりました(^_^)
こういう一緒に修行する仲間の存在、そして正しく導くのに命を削っておられる老師、支部の運営に苦労されている先達の存在がありがたく、こうでないと禅の修行は続かないと思いました。

しかしLINEは便利、これだけの長電話を携帯でしていたら電話代が気になってしまうことでしょうね。
人間禅の中にもSNSの次はLINEが流行るのでしょうか?

2,3年したらLINE使ってくださいとお願いしているかもしれませんね。電話代が安くなりますよ(スマホ代も安くなってきてるし)


心印 拝
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岐阜支部創立30周年記念式の報告

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/6/23 6:30
岐阜支部創立30周年記念式の報告

6月14、15日に岐阜支部(東海道場)に行ってきました。ここは40年前、東京第一支部の師家だった
妙峰庵佐瀬孤唱老師が巡錫されて始まった「名古屋提唱会」に遡ります。したがって、創立40周年
といってもよいのではないかと思いますが、東海支部の設立から数えて30年ということです。

名古屋提唱時代には埼京支部の前身の東京第一支部の先輩が大勢参加していました。そんなわけで
こちらは埼京支部とは縁の深い支部ですので、記念式招待状が届いたので参加させてもらいました。
しかしながら、今まで私は摂心などには参加したこともなく、ここを訪問したのは初めてです。

東海地区は南は三重県、岐阜県、愛知県、静岡県、長野県まで、広範囲にまたがっています。名古屋
禅会が数年前に設立されたことによって、岐阜支部、名古屋禅会、旧東海支部に分かれたのですが、
オール東海として創立30周年を祝う記念式ということになりました。この道場は東海道場と言って
いまして、東海が二つあるので紛らわしい。30年前の東海支部は旧東海支部と言っているようです。
摂心のときは、それぞれの支部、禅会が協力し合っていて、車を使って静岡県からも参加しています。
仲が良くて、いいですね。岐阜支部にはサンポーコーポレイションの社員が22名もいて、会社の中で
参禅会をやっています。すごいですね。実動支部員は埼京支部よりも多いかもしれません。

東海道場は関市洞戸村の山間にあります。道場は広い敷地にゆったり建っています。建物は坐禅道場
らしい風格を備えています。玄関を入ると、擇木道場の1.5倍ぐらい広い受付机。右側の靴入れの上
に鮮やかな紫陽花、菊花石が飾ってあった。廊下を右に行くと禅堂、左は居士寮、洗面所、トイレ、
典座、正面奥の階段を上ると隠寮で、隠寮は本部道場の隠寮と同じ構造です。
道場の右手には、妙心寺系禅寺の見性寺があり、寺の付属施設として墓地、大日堂という小さなお堂
があります。ここで徹宵夜坐をした人は、翌日、見性するというジンクスがあるそうです。
道場前の空き地は駐車場で50台は収容できそうです。左手の坂を登ると隠寮の玄関に至ります。
道場を背にして玄関に立って見渡すと畑が広がり、左右翼は林、道場の裏手には山が迫っています。
林の中からときどき鶯、ホトトギス(トッキョキョカキョク)の声が聞こえました。裏手の山を登って
いくと「岩間の滝」があって、修験道で滝行をしていたそうです。ここには蛭と蝮がいるので、看板
が出ています。

私が到着した時には摂心は円了していたので参禅はできなかった。到着すると直ぐ、前夜祭の句会に
出す俳句を二首要求されました。居士寮で頭を抱えていてもできないので、ふらっと外に出て、道場
の周りを歩いて二首作成した。
「紫陽花の 色鮮やかに 坐禅堂」
「洞戸川 簗(ヤナ)に踊る 鮎清し」
洞戸川という川は有りません、正しくは板取川ですが字余りになるため洞戸川にした。

前夜祭は余興も豊富で楽しかった。私も来賓の一人になっていまして、大休庵老師、鸞膠庵老師と席
を同じくさせてもらいまして恐縮いたしました。宴終了後、外で歓談しましたが、確かに闇は深く、
星がよく見られました。記念式の朝早く散歩しましたが、小さいころ見た、群馬県馬庭村の原風景を
思い出しました。

尚、句会では「紫陽花の 色鮮やかに・・・」が8選句に選ばれ、老師から色紙をいただきました。
「鮎釣りや 瀬に佇つ人の 棹長し 幽石」立田英山老師の俳句が記されていました。
引き出物として、30周年記念誌、茶碗をいただきました。記念誌は居士寮に、茶碗は茶道部の棚に
保管しました、また、色紙も茶道部所蔵品として、茶掛けにも使おうと思います。
どうぞご覧ください。

松井龍泉 拝



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心印です。

先のメルマガで、最近、公案を授かって相次いで見性したお二人の方が入会すると書いてしまいましたが、本来は入会が先ですので、誤解を与える書き方をしてしまいすみませんでした。

以前は、3回の摂心会(1週間泊まり込みの集中的な座禅の修行期間)をえないと入会を許さず、入会を許されなければ公案も授かることはなかったそうです。ということは年に2回~3回の摂心会なので、入会して公案を授かるまで1年かかっていたということです。

本来は禅には入会するまで厳しい選別があり、専門僧堂では3日間玄関で詰めて、さらに7日間座禅しっぱなしになり、これに耐えられないと入会できず、老師に相見(しょうけん)して公案を授かるにはまだ何か月もかかるそうです。

そういう禅の文化からすると人間禅の現在のやり方は噴飯物なのかもしれませんが、日本の自殺者が年間3万人近くいる危機感から一般の方に本物の禅を広めようとあえて敷居を下げているのです。

入会せずとも公案を授かるので、真剣に座禅をすると入会前に見性してしまう人も出てくるというわけなのです。でもこればかりは人によって都合も個人差もあるので、何年もかかる人もいます。

ですから公案を授かって、参禅をやってみて、ずっとこの修行をやってみようと思った方はすみやかに入会するようお勧めいたします。

やはり初関(最初の公案)がずっと透らないまま入会もしない方は、だんだん道場に来ることができなくなるようなのです。でも入会したとたんに透過される方もいるので、入会することによって覚悟が決まるということだと思います。

また入会したらいくつかの特典がありますので、ここにあげてみると、

・座禅会や道場の運営に関わることができます。
 座禅会に来るだけならいつまでもお客様で責任がありませんが、入会して運営側に回ると責任感からずっと座禅を続けることができるのです。

・役位ができるようになります。
 入会すると直日、助警、聖持や受付や、座禅を教えるなどの役位ができます。これは役位をさせられているのではなく、させて頂く利他行なので即ちこれも禅の修行なのです。

・道場を自由に使うことができます。
 忙しくて座禅会に来れないかたは入会すれば、自分の時間の空いた時に道場を開けて座ることができます。私は初関が透るまで仕事帰りに夜遅く道場に寄って座っていました。

・禅SNSに入ることができます。
 これは全国の人間禅の会員がネットを通じてつながることができるSNSですが、私も会ったことのない全国の頑張っている道友の方にいろいろな工夫の仕方や、禅の深い話を聞くことができています。やはり時には挫けそうになる厳しい禅の修行を続けていくには、こういう一緒に苦労する仲間の存在はとてもありがたいものです。

今日の日曜座禅会では、数息観と公案の工夫は座禅でどうすればいいのですか?という質問がありました。仰月庵老居士曰く、数息観は普段の座禅会や家でずっとやっていくもので、参禅会では公案をやると良いと答えられていました。

もちろん普段の座禅会でも公案をやってもいいのですが、私の経験でも参禅が目の前に迫っていないと公案をしてもどうしても甘くなる感じはありますし、たいていまともな見解(けんげ)は出てこないです・・・・(汗 私がまだ修行ができていないということですが・・・)。

人間やはり参禅を目前にして切羽詰まらないと、本気にならない(ここが甘い!)ところがあり、公案の工夫は参禅会や摂心会でやるというのは、そういうことだと思いますね。

また老居士曰く、入会せず数息観だけでも集中力が高まるとか健康に良いとかいうのはありますが、公案をしないと禅の真理の眼は開けない、自分が何か?とか禅は何かはわからない、とおっしゃられ、私も深く納得したしだいです。

誰しも問題意識がなければ座禅に来ない、これだけ座禅会に新しい方が来るのは問題意識があるからだと思いますが、数息観だけでは真理の眼は開けないのであれば、問題を作り出している自分自身がつかめず、問題は一時的には解決しても同じ問題をまた自分自身が作り出すのだと思います。

公案をずっとやっていこうと決心された方は自ら入会を願い出て、入会したら何をするのか詳しく知りたい方はスタッフまで連絡してください。

またこちらのサイトは入会の案内のホームページにも詳しく書いてあります。
http://takuboku.ningenzen.jp/kaiin/

心印 拝
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