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擇木道場

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当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

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擇木ブログ - 201405のエントリ


夏日の今日、窓を開け放って 30分を2回 坐りました。

座禅後 如々庵老師の 「禅者の人生観」 と題した講演から 初めの
部分を読んで頂きました。
 
     折角の この一度限りの人生、
     「何の為に生きるか」 ではなく
     「どう生きたら 一番 生きがいがあるか」 に、
     問題設定すべきである。

     「生きがいがあるように生きる」 とは
     どう生きることか と云うと、
     人間禅のモットー 「正しく・楽しく・仲よく生きる」
     これが 私(如々庵老師)の人生観の根幹である。

     「正しく生きる」 とは いつでも、どこでも、何をしている時でも
     真実の自己としてあること である。
     「真実の自己」 とは何か。
     これを探し求める方法が 座禅の行で、
     この行を通して 三昧になり 「これだ‼‼」 と
     つかみ取るものが 禅の悟りで、
     つかみ取った 「真実の自己」 を すくすく育て上げて行くのが
     悟った後の修行である。

毎月末(次回は7月) 禅セミナーの際の女性部勉強会では 「勝鬘経」
について書かれた本を読んでいますが、修行について 難しい云いまわし
があります。

総裁老師がおっしゃるには
     禅はシンプルなもので 一日一炷香で三昧力を身につけておれば
     ここに書かれてあるようなことは スイスイ出来る。
     但し、毎日坐って、今までのレベルを掘り下げる坐りをし、
     昨日より今日、 今日より明日 と 三昧力を高めよ。


これは 私には とても難しいです。
昨日の坐りが 今日は出来ない………、 そんな毎日です。
それでも、 僅かながら深まることを願います。

急に暑くなりました。
どうぞ お大事に。        秋香




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5月31日土曜静坐会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/31 19:58
5月31日土曜静坐会

初めての方   7名
二回目以上の方 6名
会員      3名
合計      16名

西東京摂心に主要メンバーに参加してもらったので海香さんと私の二人だけで静坐会対応
することにしていました。初めてのかた7名に海香さんが座禅指導をしたため、聖司が不在に
なってしまいました。しかし、なんと、山内龍吟さんが参加したので、たいへん助かりました。
久しぶりに、会いましたが元気そうでなによりでした。今日は仕事がなかったので、参加した
とのこと。
小学4年生の男の子がおとうさんと参加しました。20分だけ座禅をして帰りました。
よく、20分も頑張りました。私が小学4年生のころは、そんなことを考えたこともありませんで
たいへん感心しました。

読経   『坐禅和讃』
座談会
1.『立教の主旨』第五項 葆光庵丸川春潭老師のご提唱
『人間禅は、神秘を語らず迷信を説かず、堂々と如是法を挙揚し、合掌して人間禅を宣布する』
私が入門したとき、最も感銘を受けた。『人間形成と禅』を読んだことも含め、擇木道場は本物で
あると直感した言葉でもありました。
『禅』誌vol.40をコピーして、初めて参加された方に渡した。前半を朗読し、後は各自読んでもらう
ことにした。

2.座禅の注意事項を説明。
①背筋を伸ばし、法界定印の手は組んだ脚の上に載せる。肩には力をかけない。
②左右の膝は座布団にしっかり当てるよう、座具の高さを調節します。膝が浮いていると不安定に
なるため、背骨などに無理がかかります。

ご案内
①6月27,28,29日 「茶禅一味の会」
開催場所市川道場
②8月9日~16日 摂心会

松井龍泉 



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心印です。

龍吟さんが火事場になってトラブルを起こしているプロジェクトのことを書かれています。

でもIT業界ではこういうケースは日常茶飯事と言ってもいいくらい、順調に行くプロジェクトは少ないのが実情です。

最近は、道場に来られる方の中にIT業界の方が多くなりました。私がSEだから引き寄せの法則(?)でも働いているのかもしれませんが、残念ながら継続して来られる方はほとんどいません(毎週来られているのは、若干1名のみ)。

とにかくIT業界の人は忙しすぎて、本当はそういう方こそ座禅すべきだと私は思いますが、現実問題、金曜の21時でも間に合わない、間に合ってもへとへとで家に帰ることを優先してしまうのが現実、土日はとにかく最低限の家事をして後は寝ていたい・・・

そういう気持ちは厳しいIT業界にいる私もよくわかるので無理強いはいたしませんが、「あなたの貴重な一回しかない人生・・・それでいいのですか?」と言いたいです。

さてITの現場では今何が起こっているのか?
初心ながら禅者のSEの目線から書いていきましょう。

私がまだ新人だった頃は、仕事はだいたい同じ会社の先輩から後輩までが一つのチームを組んであたるのが普通でした。仕事で悩んでいても先輩に気軽に相談できたり、ストレスがたまっても同じ会社の人間ですから、飲みに行って気晴らしできたりするのが普通でした。

それが・・・現在は、同じ会社の人でチームを組むことはありません。いろんな会社の人が集まってきてチームを組むのが普通です。

建設業界も同じ構造だと思いますが、IT業界も下請け構造なのです。

1次請負は大きな名だたる大会社が請負ますが、そこから2次請け、3次請けと階層的に下請になり、下請けの会社が、違う会社の人を集めていたりして、名刺の会社と実際に給料をもらう会社が別であるのは当たり前という感じになります。

結局、チームが集まってプロジェクトが始まりますが、プロジェクトリーダーをやることになった人も、いったいメンバーが何社から集まってきたのかよくわからんという状況になります。

そうすると・・・どうなるかというと昔のような同じ会社の人ではないし、初めて会う人ばかりなので、なかなか昔のように相談とかできません。自分の会社の先輩ですら、もう何年も会っていないというのが当たり前だったり、いつの間にか辞めていたり・・・人事の連絡が来て初めて知ったりすると、人間関係が希薄だなぁとため息が出ます。

そういうケースはたいていうつ病になっていたりする事情があるのが普通です。

仕事のできる人柄の良い人はお客様やプロジェクトリーダーに信頼されるようになりますが、そうでない方もいるわけです。仕事の要領が悪い、何をやらせても失敗ばかりするような人はどうしても信頼されなくなり、周囲からも疎まれ、仕事を頼まれなくなります。

同じ会社なら先輩が後輩を育てるのが当たり前ですが、違う会社となるとそこには競争原理が働き、そういう人を排除して、席が空けば自分の会社の人間を入れようという思惑があるので、よけいに居づらくなります。

私の場合は、今でこそこうして平気で働いている感じになっていますが、禅をやる以前はやることなすこと失敗ばかり、人間関係もうまくいかないという状況が長く続きました。

具体的には書けませんが東京に来る原因になった大失敗プロジェクト、東京に来てからも大失敗は続きますが、だんだん自分が何をやっているのかわからない状況でした。失敗が更なる失敗を呼ぶという状況だったのです。

今の私しか知らない道友達は「嘘でしょ?!」と驚かれるかもしれませんが、楽天的(いい加減?)な性格の私がノイローゼ気味になっていたのです。

続く

心印 拝
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開発プロジェクトの現場から

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/30 1:20
龍吟です。
 
今回はちょっと仕事のことです。
 
システム開発のプロジェクトでは、通常サービス開始が近づく頃には、システムのトラブルは解決していき安定した状態で、最終の切り替えに備えることになります。
 
しかし、短期の厳しいスケジュールでは、設計やテストが十分でなく、本番のシステムに移行してから、バグや設定ミスが顕在化するケースが多々あります。私の今の仕事もそんな状態のど真ん中にいます。
 

そうした状態のプロジェクトメンバーの心情を見ていくと、とても教訓になります。
 
ある部分を設計し、プログラム開発をずっとしてきたリーダーがいたとして、その部分が本番でバグが見つかり、お客様への影響も出るような事態になった。
 
こうしたとき、プロジェクトとしては、問題解決にあたって、そのリーダーをサブに降格して、新しい責任者が統括するということもあります。
 
当然、元いたリーダーは、失意の状態になります。
 
今まで、寝る間も惜しんで、休日返上で、家族との時間もない状態で、一心にシステムを作ってきたのに、もうすぐ完成というところで、トラブルになり、リーダーから外される。
 
周りの信頼もなくなり、視線も冷たいものになる。「今回のトラブルだけじゃなくて、他にもバグがあるんじゃないのか」「いままで何やってきたんだ」と。
 

この失意の物語は、プロジェクト成功物語より、本人にとって重要なものだと思います。
 
というのは、こうした時の正しい態度の取り方が重要だからです。
 
私などは、「今までろくにフォローもしないくせに、トラブルになると寄ってたかって敵になりやがって」とか「このプロジェクトにもう自分の場所はなしか」とか。そんなことを考えてしまいがちです。
 
しかし、これが禅者なら、おそらく新しい責任者に対して「まず、これまでのテスト結果を全て再確認します」とか、「今回のバグに関連するシステムを全て検証し直します」とか、言うのではないでしょうか。
 
仮に自分の部下が、上司になって、その「部下」から指示される側になったとしても同じです。そんな失意の時も、「私」のことより、まず、「目の前のトラブルをどう解決するか」その一点に集中して、新しい責任者と一緒に問題に対処していく。これが正しい態度のように思います。

 
とっても難しいですね。でも、目の前が火事だったら、まず逃げる、あるいは消火活動するんでしょうね。そこに「私」なんていない。そんなもんなのかなと思っています。
 
地位や立場や私を超えて、問題に立ち向かっている人たちは、とても清々しく感じます。禅はそういう人たちを育てていくものじゃないかと思っています。
 
 
龍吟 拝
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さいたま座禅会 第1回参禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/29 11:52
月末の平日の夜に4名もの未入会の方、千鈞庵佐瀬霞山老師、鸞膠庵小野老師のご来臨もいただき、
京葉支部から駆けつけてくれた道友も含め16名の会となりました。
準備は専ら埼京支部の禅子方女性陣に全面的にバックアップいただき、終了後の力仕事は居士方
男性陣にお助けいただきました。

 5月14日から始まった毎週水曜の静坐会開始から3回目でしたが、既に2回参加いただいた3名の方
がみな参加いただき、参禅者も2名でした。
 座禅堂ではない「さいたま市民会館うらわ」ということで座禅がライト感覚になるのでは?と思いました
が、さにあらず。とても閑静な環境ということもあり、「人が場をつくるものだ」ということを強く感じた会でした。

数回座っている方に、老師に「禅とはなにか?」をお聞きになりますか?と尋ねましたら、
「いや、まだまだ坐りが足りませんから。」とのお応えがありました。
そういえば、私が老師と面談したのも、坐りはじめてから数カ月後だったことを思い出しました。
その時は、「わかりました。」とそっけなくご返事しましたが、
「急ぐことはないのです。一緒にしっかり坐ってまいりましょう。」といえばよかったと思っています。
 
それはともかく、
 おいでいただいた皆様、支えてくださった皆様に感謝いたします。そしてまだ見ぬ方々を楽しみに
お待ちいたします。                                             海香拝


                                                                                                                                         
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今晩は

出張と座禅についてお話したいと思います。


先日、突然 「人が足りないから行ってきてほしい!」と上司から依頼がありました。



東京から片道10時間



宿泊先付近にはコンビニはなくスーパーなんてものもなく、少し歩くと地平線が見えるらしい。
もちろん、交通機関は2時間に1本あるかないかです。
要は、1本乗り過ごした場合(路線バスのみで)2時間待ちとなる世界なのです。



同僚が、この人分かっているのだろうか・・・と心配になったのか?
私からの不平不満を恐れてか?



心構え



を事前に伝えに職場にやってきた。


ここで休憩を取ること
ここでお昼を食べること
食料はこの段階で調達すること
荷物がものすごく多くなるだろうからこうしたほうがいい
・・・・


細かくメモをとらせていただき、深々とお礼の挨拶をして別れた。



心構えのお言葉を聴きながら数ヶ月前の出張時を振り返っていた。
そして、心の中でこう つぶやいて いた。


これからは、電気がなくても電車がなくても心配ご無用と思います。


時間を気にせず座禅(坐る)できるから!

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さいたま参禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/29 0:04
埼玉参禅会
円了しました。
報告まで
雲泉



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最強のパワースポット

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/28 12:26

紫芳です。

出雲大社に伊勢神宮、熊野三社に野宮神社…

女性に人気のパワースポットは数あれど、いまジワジワと人気上昇中のパワースポット、どこだかご存知ですか?
何でも、“人類史上最強のパワースポット”との噂もあるとか。

それはどこ?と思ったあなた、
実はそれ、あなたのお部屋にあるんです。
ほら、その和室の隅の、それです。


座布団です!!


折りたたんで、坐るだけ。
お金もまったくかからない。何ともありがたいことです。
毎日短い時間でも、坐れば坐っただけの御利益(?)があるそうですよ。

択木道場にも、たくさんの座布団があります。
みんなで座布団を並べれば、数の力で御利益(?)も倍増。


遠くの神社より近くの座布団。
御利益(?)は、あなた自身の中にある。

★ぜひ、道場へおいでください。みんなで座布団を並べましょう。★


紫芳拝



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[  変化  ] 出合いその1

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/28 9:46
今日出合いについてお話したいと思います。


今からちょうど1年前・・・・。



「座禅(ざぜん)」



とインターネット検索をしていた時初めて人間禅のホームページに出合いました。

本屋さんやブックオフで脳科学の本を手に取り読むと
その随処に


呼吸を大切に!
自分と向き合う!
座禅!



という文字が散りばめられていることに気付き
それらの情報をコンピューター画面を通してなんとかして得ようとしていた。



検索に至った背景は何であろうか・・?
それはうまく言葉では言い表せないけれど



なんか しっくりこない んだよねぇ



という気持ちを拭いきれないまま毎日が過ぎていて

自分の目の前で繰り返し起きる不都合な出来事に対し時々思い出しては




どうしてあのひとは・・だろう?
なぜ・・こういうことになったんだろう?





と暇みてはWhyWhyWhy?追求し考えることに
うんざりしてきたからだと思う。




人間禅のホームページに出合いちょうど1年後の今、扉の前に立っています。
1つだけ自分の中ではっきりと感じた大きな変化がありました。

どうして・・・?なぜ・・・?という Why?から


What?

じゃあ自分何をすればいいの?
  っていう感じ方になってきました。
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参禅になかなか行けない方へ

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/5/27 0:19
心印です。

紫芳さんのブログを読んで、参禅から足が遠のいている方のタイプを分析するのはいいことかもしれないと思いましたので、私もよけいない蛇足を追加してみたいと思います。

私が初関がなかなか透らず苦労していた時にいくつか先達から聞いた言葉があります。
以前にも書いたかもしれませんが、また書きますと、

「言葉で考えていてはダメ」
「死ぬ気でやらないとダメ」
「参禅を繰り返して、言うことがなくなってからが本当の修行」

いずれの言葉にしても、今でこそ、その意味がわかりますが、当時、初関で苦しんでいる最中はわからず、とにかく行動あるのみで座禅と参禅を繰り返していました。

言葉で考えていてはダメというのは、見性は深く三昧に入った時の話なので、言葉を越えたものであり、言葉でなんとも表現できない世界のことだと言うことです。

言葉で考えるということは理屈で考えているわけですから、その間はまず見性できません。

でも現代人はどうしても頭で、理屈で、言葉で考えてしまいがちになるので、死ぬ気で数息観に取り組み、言葉で言うことがなくなるまで参禅を繰り返すということなのです。

多少、禅や仏教に知識のある方でも参禅を繰り返すうち、言葉で言うことがなくなると、今度は見解(けんげ)が出せなくて、参禅できなくなってしまいます。でもそこからが本当の修行というのは、言う言葉がないのに参禅できる機会を逃さず、無理にでも参禅しようと言う意思を持ち続けると、人間不思議なもので、ふっとわかる時が来るのです。

その時が見性になるかもしれません。それは老師にそれを呈して正邪を判断してもらいます。

紫芳さんも書かれていましたが、「情けない」「恥ずかしい」「辛い」と言葉で思っているうちは見性できないということです。この段階でまた今度にしようと逃げを打っている方が実際には多いのだと思います。

擇木道場では良くも悪くも参禅の機会が非常に多いです。全国的に見てもこれだけ参禅会をやっている道場はないのですが、さらに京葉支部、西東京支部、京浜禅会、そして始まった埼玉座禅会といろいろなところで参禅会がありますから、それに全部出るくらいの気持ちでやればいいのです。

でも参禅の機会が多いので、次にしようと思っていると、もうそれは逃げを打っているということで、ほんの少しのその気持ちがあると、本物の禅は遠く離れてしまうのです。

私の好きな道元禅師の書かれた普勧坐禅儀の冒頭には以下のように書かれています。

然(しか)れども毫釐(ごうり)も差あれば、天地懸(はるか)に隔(へだた)り、違順(いじゅん)わずかに起れば紛然(ふんぜん)として心(しん)を失(しっ)す。


これが正しい禅の道だと思ってやっていることが、ほんのわずかでも方向がずれると、天地はるかに隔たってしまう、ほんの少しの間違いがあれば、禅から遠く離れてしまい、仏心を失ってしまうと言うのです。

参禅の場合にあてはめると、遠慮したり、また今度にしようと思う気持ちが、毫釐(ごうり)も差あれば」にあたるでしょう。 ほんのわずかのことなのですが、禅から遠く離れてしまうのです。

それだけ禅は間違いやすく、よそから禅天魔と言われる言葉もありますが、正師について指導を受けなければ道を外れやすいのです。見性するだけでも大したものではあるのですが、実はその後の修行も大切でして、見性したからと言ってそこで参禅を止めてしまうと中途半端な天狗になった人間を世に送りだすことになってしまうのです。

見性した方の中には自分がはっきりつかめたので、自信に満ち溢れて、この世のことが怖くなくなり天狗になってしまう人がいます。

でも普通の人から見たらそれは自信過剰の鼻持ちならない、ずけずけ物を言う人間だったりするので、私も時々反省しなければならないのです。

今回は参禅の話を書いているうちに見性後のことまで書いてしまいましたが、参禅を頑張りましょう。
参禅についてわからなければ、私や、道場にいる先達の方に相談してください。

心印 拝
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