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擇木道場

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擇木ブログ - 20140123のエントリ

座禅マナー 遅刻について

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/1/23 22:11
心印です。

海香さんと秋香さんが途中の入堂について書かれておりますのに私もそう思います。

通常、お寺では座禅が始まったら、まず入れてくれません。
時間に遅れる者に座る資格なしと言う感じなのです。

私はこの道場に来て途中から入れることに驚愕したものですが、擇木道場の場合は仕事がある者も修行ができるようにと、途中で出入りの作法がありますが、これは遅れてきてもやむを得ないということであって、堂々と遅れていっても良いというわけではないのです。

堂外役位についている会員は、道場を運営するための仕事がありますから、これは途中からはいるのは止むを得ませんが、外部から、特に初めて来られる方の遅刻には最近困っています。

初めての方は30分前に到着して下さいと案内していますが、座禅の始まる30分も前に来ればいいと勘違いされているのかもしれません。

既に先に来られた方がお待ちになっているのに、10分も遅れて連絡がない、また悪びれる様子もない方が多いのです。また予約されても連絡なく来ない方も散見されます。もちろん急な用事で連絡が後からになる方はまだいいのですが。

予約が入っていれば、やはり道に迷っているのかと10分くらいは待ちますが、こうなると20分で座禅は教えられませんから途中から入る原因になっています。

これが仕事ならどうでしょうか?
お客様のところに連絡もなく10分も遅れるでしょうか?
お客様にもう来なくていいよと言われますよね?

人間禅は人間形成の為の禅ですから、こういう方こそ真剣に座禅すべきだと思いますが、たいてい遅れてこられる方は2度目は来られません。

案内の仕方が30分前と言うのが悪いのかもしれませんが、それに間に合うようにさらにその10分前くらいに到着される方もいらっしゃいますので、できれば皆さん遅れないようにお願いします。


心印 拝
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入会した頃、 今は ご病気で療養中の微笑庵老禅子が
               禅堂に 100人坐っていても、
       一切の もの音が しないように
と 教えて下さいました。

先週火曜日、 新しい方に
途中で入ってくる人の足音や せきばらいで 数を数えるのが途切れた
と云われました。


2月には摂心会もあります。
せめて 会員は
        座禅中に 理由があって出入りする時は、 
        可能な限り 気配を消す努力をする。
        座禅開始までに 調べものがすまなかったら
        潔く 参禅は諦める
ことに しましょうよ。

        仕事帰りで 座禅に遅れたり
        典座(台所仕事)で 退座したり
        下山(家に戻る)の時刻が迫ったり
いろいろ あります。


私も 他の人の迷惑に ならぬよう 気を配ります。
 
                            秋香
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1月21日 火曜静坐会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2014/1/23 14:59

 最近の ご挨拶、 お寒い中 ようこそ!。

火曜日座禅(坐禅)会としては新記録、 23名の方々と坐りました。

道に迷って 遅れて来られた 6名の若い女性と 男性2名、
プラス 常連の皆さん。
女性は お友達同志で、 以前から座禅(坐禅)に興味があった方が
仲間を誘って参加されたとか。
お一人が 違う世界を見た。 と云われたのが 耳に残ってます。

バリトンの声楽家の男性は、 呼吸法に役立つかと 参加されたとか。
呼吸法とは少し異なりますが、もっと深いところの土台の構築に
禅は役立ちます。
以前にも 芸大の器楽の方々とか 見えました。


静坐後の読書会、道元禅師の主著 『正法眼蔵』 ・曹洞宗の教義を
説いた 『修証義』 にふれ、

     道元禅師は 「人生は夢の如し」 を
        この人生は一回きりで、 しかも無常迅速であり
        ついには死ぬものであることを はっきりと直視し
        それ故にこそ この現実の人生を尊重し
        一刹那 一刹那を 珠玉にも まして大切にし
        遺憾なく充実して生きよ
     と 云っておられると。


火曜静坐会リーダーの仰月庵老居士は
     数息観が深まり 充実して来ると
     生死を越えた感覚を持つことが出来る
と云われました。


チラッとでも 垣間見たい世界です。        秋香 
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