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擇木ブログ - 20131125のエントリ

座禅の公案修行 鈴(れい)の話

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/11/25 18:18
心印です。

擇木道場に初めて来た頃は、あちこちのお寺へ通って、自分に合う座禅会を探していましたが、ここに決めたポイントが一つあります。

私は耳が悪く、参禅の時の老師が振られる鈴(れい)の音が聞こえません。

参禅とは一人一人授けられた公案(禅の問題のようなもの)の見解(けんげ 答えのようなもの)を呈しに老師の部屋へ行く修行です。参禅の終わりという合図に鈴(れい)を老師が振られます。鈴を振られたら、そこで参禅していた人は退出し、それを聞いた次の人は老師の部屋へ急ぐのですが、この鈴の音が聞こえない・・・

余談ですが、恋愛で相手に振られるという言葉は、ここから来ているそうです(笑)

ついでに書いておくと、終わって禅堂へ戻る人は、次の人を見てはいけないし、急いで来るのでぶつかっては危ないので、途中の壁を向いて、べたっとはりつくことになっています。

始めのうちは禅堂にいる方で鈴の音が聞こえた方に「はい」とか「次」って言ってもらってましたが、ダッシュがワンテンポ遅れるわけで、ずっとこれでは大変だなぁと思っていたのです。

冬になり京葉支部の摂心会(せっしんえ)に参加しましたが、そこではなんとセンサーが鐘の前にあったのです。老師が鈴を上げると、センサーが青くピカピカと光るのです。

早速、京葉支部の方に作り方を教えてもらったら、ドアチャイムを応用しているとのこと(ドアを開けたらピンポーンって鳴るやつ)。擇木道場でもやはりこれを作ろうとしていて、同じドアチャイムが買ってあったので、それを使って作ってみましたが、若干電波の飛びが悪く、確実に点く感じではありませんでした。

そこで秋葉原へ行って、より性能の高いセンサーを2セット買って中身を入れ替えたのが今のセンサーです。これで老師の鈴が聞こえなくてもセンサーが光ったらダッシュできるようになり、耳の悪い私にはとても助かっています。

ちなみに2セット買ったのには理由があります。鈴が置かれている箱にはセンサーが1つ入っていますが、禅堂にある受信機は2つです。受信機側のうち1つが点かなくなったら、その受信機の電池が無くなった、受信機側が2つとも点かなくなったら、送信側であるセンサーの電池が無くなったとわかるようになっているのです。

このあたりは単純な仕組みで電池切れがわかるようになっているのですが、この土曜の朝、送信側の電池がなくなった時、2つとも点かなかったので数名がダッシュが遅れました。

すみません。

心印 拝











心印 拝
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東京で夜一番遅い座禅会 その2

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/11/25 9:52
心印です。

魁星さんのブログに「見えや恥とどうつきあっているのか?」という質問をされた若い方のお話がありました。

最近は恥を知らない日本人が増えたと言われますが、こういう若い方が恥なんて言う言葉を使われるとは、まだまだ日本の若者も捨てたものじゃないなと思いました(私が若い方とか言うのはまだ早いと言われそうですが、青年部では中年部代表ですからw)。

老師がどうお答えになったかは、魁星さんのブログにある通りですが、もう一つ、ここ半年くらい熱心に通われている又○さんも「そもそも自我はなんのためにあるのか?」という質問をされました。

又○さんは土曜静坐会の座禅後の茶話会の時に、その質問をされたのですが、皆うなるだけで(笑)、自我や欲があるから技術や文明が進歩してきたので、その為じゃないかなぁと言う感じで終わっていました。

又○さんは、この世にあるものはみんな意味あると、例えば身体の構造でもすごく精緻にできていてダーウィン進化論では説明できないようなものがある、自我にも何か意味があるのではないか?と言われたのです。

老師は自我には「私が、私が」という小我と、「人の為に生きよう」という大我があり、その為に自我があるのだと、これまた明確な論理で答えられていました。「自分さえよければいい」という小我のままで生きるか、「世の為、人の為になることをしよう」と人間形成の禅を修行して人生を深く味わうか?の選択はその人にかかっているとおっしゃいました。

老師の毎日は、全国あちこちの参禅会へ行かれ、公案修行をする人の参禅を受けておられ、潮来市の自宅へ帰られるのは、前回のブログに書かれていた通り、13日ぶりだとかそういうペースなのです。まさに「世の為、人の為」に生きておられると、そばで見ていて思います。

そう言えば、東京で夜一番遅い座禅会ですが、日本で夜一番遅いにしてもいいかもしれませんね(笑)、金曜夜9時より遅い座禅会があれば教えてください。それでも日本で夜一番遅い「参禅会」であるのは多分間違いないと思います。

この夜は人間禅会員の方もいるので、たくさんの方が道場へ泊られました。
翌朝は6時起きで、6時半静坐、7時半参禅をしました。

擇木禅セミナーから禅フロンティア、金~日まで7回の参禅・・・公案が覚えられず2回パスしちゃいました(本来は先に覚えとけよという話なのですが・・・汗)。

禅フロのお話や入会式のお話はまた書きます。

心印 拝
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