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擇木道場

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擇木ブログ - 20131111のエントリ

今日はお菓子のことについて少し。
小生は岡山出身で、吉備団子が有名ですが、お茶菓子としては、大手まんじゅう(薄皮で小豆のこしあんの酒まんじゅう)がお勧めです。これと似たものが倉敷にあり、藤戸まんじゅうと云います。倉敷には「むらすずめ」という銘菓もあります。
そして中国地方の菓子処は、何といっても山陰の松江で、不昧公というお茶好きの大名によって伝統的にお茶が盛んで、銘菓も沢山あります。
切りがありませんので、今日はこの辺で。
 
前回は、座禅の質を上げるために、数息観評点基準を作ったと云うことで、その評点基準をお示ししたのですが、本日はそれを使って実際に座禅の質をどのように向上させたかという小生のまあ云えば、恥をさらさねばならない一段であります。
 
小生は18歳の大学一年生の時に入門してから、約五十年経過して、自分で前回お示しした数息観評点表を数年前から付け出したのです。
その最初の時の評点は70点(数息観を1から10まで一念不生で数息しきることができるレベル)でした。
すなわち50年かかって積み上げた三昧力のレベルが70点であったわけです。もちろん室内は終え嗣法し聖胎長養をしているところでしたが、その程度であったわけです。
 
その70点からスタートして、一ヶ月が経過した時点の月末に2回ほど75点(1から10までを二回連続して一念不生の数息ができるレベル)に到達しました。
そして、二ヶ月目の平均は75点となり、二ヶ月目の月末には、80点(1から10までの一念不生の数息を連続5回達成する三昧レベル)に一回だけ達しました。
そして、3ヶ月目には、一ヶ月で7回80点に到達できました。
 
ほとんどの日が一日一炷香で、時々朝晩の一日二炷香での結果でしたが、自分でも気合いを込めて真剣に取り組みました。
昨日よりも今日は更に、先週よりは今週は更にと取り組みました。
 
それができるのも定量化ができ、数値ではっきりと進歩の度合いが目に見えるから励めたのです。
 
その後は、何度か自分で評点をだんだんと厳格にして行き、現在はその厳格な基準で毎日80点超えを自分のノルマとし、更に85点を目指して毎日精進しているところです。
 
評点基準は目安であり、その評点は主観評価ですから、絶対値にはあまり重きを置かず、毎日向上する一日一炷香であることが、何よりも大切です。
 
尚、誠に老婆親切の押し売りですが、小生の担当している支部・禅会・静坐会の会員に対して、ひと月一回の数息観評点をメールで送って来た人には、コメントを付けて返すことをこの数年続けております。
 
新到の方でまだ入会していない方でも、あるいはKUJ静坐クラブの会員の方でも、小生に評点記録を見てくれという方が居られれば、ウエルカムです。
数息観の質の向上について参考になれば幸いです。
今日はここまで、さようなら   丸川春潭
Marukawa_k@sky.bbexcite.jp
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信と禅(その1)春潭

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2013/11/11 16:02
 関西道場の門前には立派な黐(もち)の大木があり、濃い緑の葉っぱの陰に真っ赤な実が点在させています。
木の形と云い、幹の肌の美しさと云い銘木の風格があります。小鳥たちにとっては、冬場の格好のえさ場になるようであります。
 
今日からしばらく、「信」について考えてみたいと思いますので、お付き合いください。
 
 他力宗と自力宗での信の意味合いの違い、一神教と多神教での信の意味合いの違いにも配慮しながら、禅にとっての信とは?を考えてみたいと思います。

 門外漢のそと見でしかありませんが、一神教と他力宗(多神教での)での信には近いものがあるように思いますが、東洋と西洋の文化の違いが信の違いも投影しているようにも感じられます。

 仏教(多神教)の中での他力宗の代表は、浄土宗・浄土真宗であり、自力宗の代表は、禅宗であります。

 浄土宗の開祖の法然上人についての伝記を見てみますと、15歳の時に比叡山に登られ、父君の遺戒を守って、切磋琢磨の年月を重ねられ、天賦の才と比類ない努力精進により、難信難解の天台教学のみならず、諸宗の教義にも悉く精通された。40歳を迎えられた頃には、叡山に比肩する者なき学識を備えられるに至った。

しかし、上人の心は晴れなかった。すなわちいくら学識を積み名声や地位を得ても、本当に納得のいく大安心に到ることができなかったのである。

そこで、やむなく叡山を降り、膨大な一切経が収められていた黒谷の報恩蔵に入られ、想像を絶する忍耐力で、一切経を何度もひもとかれたが、心の闇は晴れず、絶望の深淵に立たされていた。

そういう時分に、中国の善導大師の著された『観無量寿経疏』の一節に上人の目が止まった。そして「一心に専ら、弥陀の名号を念じ、行住坐臥が、時節の久近を問わず、念々に捨てざる者、これ正定の業と名づく。彼の仏願に順ずるが故に」の文章を読まれた。

ここにおいて法然上人は阿弥陀仏の絶対の救済にあい、煩悶も焦燥も氷解なされたのである。

 この善導大師の一節で法然上人は一種の悟りをつかまれ大安心を得られ、そして浄土宗を開くことになった。すなわち阿弥陀佛を本尊とし、「南無阿弥陀仏」をひたすら念仏する浄土宗が始まったのです。

 己をむなしくしてひたすら念仏して阿弥陀仏に帰依し、西方浄土へ救われて行くことを信ずるのであり、他力の信はすべてに先だって先ず信ありきです。

 法然の弟子の親鸞は、如来の本願によって与えられた名号「南無阿弥陀仏」をそのまま信受することによって、臨終をまたずにただちに浄土へ往生することが決定し、その後は報恩感謝の念仏の生活を営むものとする。

 これは名号となってはたらく「如来の本願力」(他力)によるものであり、我々凡夫のはからい(自力)によるものではないとしして、絶対他力を強調するのです。

 したがって浄土宗よりもより深くより徹底した他力であり、それだけ信というものも純粋に強くなっていると思われます。

『歎異抄』第2章の有名な親鸞の言葉である「たとひ法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも、さらに後悔すべからず候」も、絶対他力の信を覗わせるものです。

浄土宗・浄土真宗の信は、南無阿弥陀仏を念ずれば、救われ浄土に行けるんだという信であり、典型的な他力の信であります。

次回から、禅の信についてお話しします。
今日はここまで、さようなら 合掌
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心印です。

最近、ここ数ヶ月という短期間に、今まででは考えられない驚くべきことが続けざまに起こっているので、それで感じていること、考えていること、起こったことを総合して整理してみたいと思いました。
 
一言で言うと第4の波という革命を受けて、禅は変革することになる(かもしれない)という論です。しかし、私は禅そのものを論じるには修行歴も2年と浅く、人間禅の中でその立場にもありませんので、あくまでも禅初心者のSEの見方であることを最初にお断りしておきます。
 
1980年にアルビントフラーというアメリカの学者が「第3の波」という本を発表して、ベストセラーになりました。情報革命が押し寄せるという主旨ですが、当時、私は20代の駆け出しの新人SEでしたから、夢物語だと思って読んだものです。
 
農耕革命・・・第1の波 農耕技術が確立されて狩猟採集中心の社会が変わった。
産業革命・・・第2の波 工業化によって、農耕中心の社会が変わった。
情報革命・・・第3の波 情報化によって、産業中心の社会が変わるであろうと予測。
 
これは30年以上前の本で、当時は大型コンピュータしかなく、マイクロソフトもMSDOSをやっと発売した頃、パソコンはお金持ちのホビーに過ぎなかった時代のことです。
 
それがどうでしょうか? この本の予言通りになっている、あるいはさらに進んでいると言えます。
 
現代社会は情報の処理なくしては成り立たず、携帯やスマートフォンの処理能力は当時の大型コンピュータよりもはるかに高く、そんなハイテク機器を当たり前のように普通の人々が使いこなしている、ネットを使って検索して、物を探すのも買うのもネット・・・町のCD屋さん、本屋さんがついには町から消えていくという状況です。
 
第3の波、ここに極まれりという時代がまさに今の現代社会という感じがします。

次回に続く

心印 拝
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