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擇木道場

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擇木ブログ - 20131110のエントリ

女性部静座会 11月9日

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/11/10 16:50

 静座会は、若い女性が3名新たに参加されました。お二人は職場の同僚。もう一人は日本でお仕事をされているベトナムの女性です。続けて静座会に来られている方も居られて、晩秋のひと時を静かに座りました。
 
 静座会の後は、四街道坐禅塾で行われた法話の抜粋をしばし輪読しました。坐禅の修行を続けてゆくことで、集中力(三昧力)を養うことができ、精神的な静けさを身に着けることができると、教えられました。
 
 想えば、私が静座会に参加しようと思い立ったのは、ぶれない心を養いたかったからです。人の言動に直ぐに反応して揺れ動く“私”を、持て余していたのでした。静けさの中に身を置き、坐禅を組んで、ただただ数を数えていること30分。その間に、思い浮かぶ数々の思い。思いは数を数える私に入り込み、揺さぶることも多々あります。数を数え続けること(数息観)のなんと難しいことでしょう。でも、なんとか続けて行きますと、座った後が気持ちよいではありませんか。いつしか、心の静けさを実感することが、出来ていたのです。まだまだ、まだまだの数息観ですが、私の中に静かな、清廉なこころがあることに気がついたのでしょうか。嬉しい発見です。
 
 静座の後の一服の抹茶。手作りの芋羊羹。参加の方々の職場でのそれぞれの苦労話や、病気の悲しみ。一服のお茶が癒してくれました。現実はなかなか変えることが出来ないけれど、この心の静けさを懐に、「いま ここ わたし」を生きてみようと思うのでした。 (のん)
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昨日の午後は関西道場へ行く時間調整をかねて、京都の細見美術館で光琳派の日本画展を見ました。終わって迎えの車が来る間、美術館の前の川沿いの桜並木の紅葉を堪能しました。
桜の紅葉は、紅葉の紅葉に比べ、華麗さはなく地味ですが、それはそれで趣を感じさせてくれます。
 
前回までは、一日一炷香の短期的・長期的効果について述べ、そして一日一炷香の取り組みの狙いに二つ(現状の三昧力復元と現状の三昧レベル格上げの二種類)あることをお話しました。
 
今日は、その後者(現状三昧レベルの格上げ)の事例とそのための数息観座禅の評点記録付けの効果についてお話ししましょう。
 
数息観座禅の三昧深さレベルを定量的に数値で表すことは、未だかって歴史にないことです。ある意味非常識なことであるとも云えますし、新しい進歩であるとも云えます。
 
量的な言い方は、一日一炷香の座禅とか、一日に五炷香坐ったとか、一年に千炷香の座禅を目標に掲げるとかは従来からあるのですが、座禅の質に関する表現はほとんどなく、あっても極めて抽象的なものでしかありませんでした。
 
四年ほど前からもっと三昧力を深めねばならないのだが、単に時間を長く坐禅しているだけでは深まらない。すなわち量ではなく質にもっと注力しなければならないと考えていました。
 
その時、NHKの「ためしてガッテン」で、体重を減らす効果的な方策として、毎日の体重測定と記録表示が効果的であるという放映があり、それにヒントを得て、数息観評点基準とその記録表を作り実践を始めました。
 
数息観評点基準を以下に掲げます。(それを使って座禅の質をどのように向上させたかは、又次回の楽しみに・・・。)
 
「数息観評点記録のすすめ」    丸川春潭
 小生の実践経験ですが、数息観評点基準に従って一日一炷香の評点付けをすることにより、従来では踏み込めなかった数息観の質の点検に踏み込むことができ、己の修行レベルに客観的視点を加えることができるようになった。その結果、昨日よりも今日、今日より明日こそはと、日進月歩で自分の数息観を深めてゆくことができ、ややもすればマンネリに陥りやすい一日一炷香に精彩を加えることができるようになった。
それは数息観の一日一炷香という地味な努力の継続という修行が、明確な客観的数値の目標の設定により、その結果を自分で確認できる方式が確立できたからである。その効果には、始めてみなければ、実践してみなければ予想もできなかった驚きがあった。
 
日常における人間形成の手堅い道がここにあったのである。そもそもわれわれの人間形成の禅は、公案を用いた道眼を開く参禅弁道と、三昧を身に付け道力を養う数息観法の日常的実践から成り立っており、この両方の柱によって臨済宗の人間形成教育システムは構築されているのである。
しかし従来より、前者の参禅弁道の修行の方は、明眼の大宗匠耕雲庵老大師の瓦筌集によって人間形成の過程に従う明確な目標設定がなされ、それにしたがっての正脈の師家の厳しい指導が実態として確立されていたが、後者の方は、耕雲庵老大師の「英山の今日あるは、一日一炷香を正直に続けてきたからである」との述懐に基づく、「一日一炷香のすすめ」の連呼に終始しており、最初に述べた数息観の質的検証と、そのレベル(目標)の設定がなされないまま今日に到っていたのである。それでは参禅弁道では低きから高くへとの段階を歩めるが、修行の両輪である数息観による道力の進歩については成長過程がつかめない状態におかれることになる。そこに踏み込む試みがこの数息観評点基準と評点付けなのである。
 
この数息観評点基準は、人間形成の最初から、人間形成を全うする最後までの全行程を網羅したものである。一人でも多くの方が、本当の自分探し(人間形成の禅)の道に入り、全ての人が本当の自分をしっかりつかみ(人間形成を全うし)、正しく楽しく仲の良い社会建設プロジェクト推進が進展する縁(よすが)にこの試みがなることを祈念し筆を擱く。       合掌 
 
【注意】次頁の数息観評点基準を見て実践される人は、先に耕雲庵英山著「数息観のすすめ」を読んでおいて下さい。(数息観初期、中期、末期、あるいは「二念を継がず」「一念不生」等は、そこで定義されて説明されています。)
特に、70点以上に進まれた人は、拙話「提唱録:「数息観を深め味わう」(中期数息観)をお読み下さい。また80点以上の方は、提唱録:「数息観を深め味わう」(後期数息観)をお読み下さい。
【数息観評点基準】2010.8.10設定、・・・2012.1.1.改訂
0点:その日数息観をせず。
30点:ちょっとした待ち時間、通勤途中の電車内などで、初期の数息観を実行した(数息の質は問わない)。
40点:始業前、休憩時間など、空いた時間に(椅子に座って)合計15分以上数息観をし、数息観初期の1から100までを実行した。
45点:半炷香(約25分間)以上静坐し、数息観初期の1から100までを
間違えずに数えられた。
50点:一炷香静坐し、数息観初期の1から100までを間違えずに1回は数
えられた。
54点:数息観初期の1から100までを一炷香を通して間違えずに数えられ
た。(45分間では、100までを3から4回数えられる。)
55点:数息観中期の「二念を継がず」を1~5までは何回か達成できた。
    (54点までが、数息観初期、55点からは、数息観中期に入る。)
58点:数息観中期の「二念を継がず」を1~8まで、1回は達成できた。
60点:数息観中期の「二念を継がず」を1~10まで1回達成できた。
 (ここから以上は、数息観中期の「一念不生」が始まり、数息観のメインは「一念不生」になる。*ここから数息観の質は大きく変わることに注意。「二念を継がず」に比べ、「一念不生」は頭燃を掬うが如き気合いと集中力がなければできない領域になる。質の点検に留意。
65点:「一念不生」を1~5までは達成できるようになった。
70点:数息観中期の「一念不生」を1~10まで、1回は完璧に達成できた。
    *この70点の達成が一つの大きなステップとなる。初関を透過し道
号を持った段階の者はここはクリヤーしてしかるべきである。
75点:数息観中期の「一念不生」1~10までが2回連続も含めて安定して
できた。(ここから少しずつ数息観後期(息を数えない数息観)を試み
始めても良い。)
*ここからさらに質が変化し、数息観の真の力を感じることができる
ようになる。
*人間禅の風大級に進級した者が、日常において五蘊皆空を実践する
には、ここはクリヤーしておくべきである。
80点:数息観中期の1~10までが5回連続も含めて安定してでき、後期が
数分安定して続けられた。
*ここからさらに質が変化し、数息観の醍醐味を感じることができる。
85点:一炷香において、完璧な正念息が20分継続できた。
    *数息観中期でも後期でも問わず、正念息(雑念が入らなくて良しで
はなく、正念に住した数息を厳密に追求するために導入した新語、一
念不生より数段厳しい。)の継続が必要である。
*後期の更に先にある忘息観法(数息観法から離れ、純粋に只管打坐
になる)の世界に入る。
90点:一炷香が、ほぼ正念息となった。
100点:【              】
 
【備考】
評点付け :この評点付けは、主観評価であるから、絶対値に重きを置かず、
      自分の向上を自分で反省することに意味があるものである。
:5点刻みではなく、1点刻みで評点を記録すること。
          :表に記入すること。望ましくは折れ線グラフにしてその推移を
残し、自分の反省の糧とするとよい。 
:一週間、一ヶ月の平均値も出して、励みにすると良い。
:主観評価であり、絶対値に重きをおかずという前提の元に、仲間
 で(東海支部や西東京が行っているキャラバン)この評点を交換
しあって励まし合うのも良いでしょう。
 
 
今日はここまで、さようなら 春潭

数息観評点のファイルはこちらに置いてあります(心印追記)
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