メインメニュー
ブログ カレンダー
« « 2017 8月 » »
30 31 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 1 2
擇木道場

〒110-0001
東京都台東区
  谷中7-10-10
TEL 03-3823-7647

当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

検索
カテゴリ一覧

擇木ブログ - 20131108のエントリ

禅はかっこいい生き方か?(2)

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/11/8 13:08
心印です。

続きです。

悩みや苦しみから逃げず、真っ向からそれに当たる・・・と言うと、一見カッコよく聞こえるのですが、普通は壁のように立ちはだかる問題にぶち当たってそこから動けず、もがいているのが実際だったりします。

でも禅的な見方をすれば、その問題は自分が問題だと認識しているから生じると見ます。

斜(はす)に構えるとよく言いますが、その問題は前から見ると確かにものすごく大きなものに見える・・・

でも横から見たら?

実は薄い紙一枚で、押したら破れるようなものではなぁい?

な~んだ、何も問題なんか最初からないじゃないか?と気づいてしまう。
自分で問題だと思い込んでいただけか?とわかってしまう。

禅で問題が即解決するわけではないですが、自分が成長することで解決能力が上げる、それと同時に、物事に対して多面的な見方ができるようになる・・・って最近つくづく思うのです。

前から見たら大きく見える、でも横から見たら薄いよね? 上から見たらふたがなくて中の構造が丸見えじゃないか? 下から見たら底が抜けてるよ?とまあこんな感じでしょうか?

以前に禅誌(人間禅で出版している禅専門誌 道場で購入できます)に、「公案は縦に噛み、横に噛め」と書かれているのを読みましたが、公案で修行することで、こういう力がついてくるのかもしれないなぁと思いました(間違っているかもしれませんが・・・)。

ああ!! そういうことだったのか!! なるほどね!! って気づいて、ポンって手を打って、さっそうと問題解決に当たる。

仕事で担当しているシステムが、問題がどんどん出てきているのですが、一つ一つ解決していく中でふとそう思ったのです。これってカッコいい?

心印 拝
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (549)

禅はかっこいい生き方か?(1)

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/11/8 12:58
心印です。

少し前のブログに、古臭い、抹香くさい禅って、実はかっこいい生き方なんじゃないか?と書きました。

きっかけは、ある公案で老師に参禅した中でのことなので、これを書くことはできません。
参禅には「室内の事は他言無用」とあり、これは参禅中の室内のことは老師と弟子の間の秘密で、他の人に漏らしてはいけないということなのです。

なので、書きたい~と思って喉まで出掛かっても書いてはいけない。

香厳(きょうげん)禅師という方が、先師の百丈禅師が亡くなられた後、法を継いで老師になれれた兄弟子の潙山禅師に参禅していた時の話です。

どうしても「父母未生以前の本来の面目如何」の公案が解けず、教えてくれと泣きついたそうです。潙山禅師は「それは私の見解(けんげ)であって、お前のものではない、もし教えたら後で私を恨むだろう」と言って教えなかったのです。

後日、掃除の時に石がはねて竹を撃った音で悟られた時、兄弟子の言うとおりであったと感謝するくだりがあります。この話がまた、「香厳撃竹(きょうげんげきちく)」という公案になっています。

こういうことなので、禅では伝統的に室内の事は秘密にしなければならないのです。

話を元に戻すと、人間禅の会員は参禅会や禅フロンティアの時に、老師の元へ一人一人参禅して公案で修行しているわけですが、その中で禅ってもしかしたらカッコいい生き方なのかもしれないなと思ったのです。

次に続く

心印 拝
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (575)
最新のブログ記事