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擇木ブログ - 20130816のエントリ

おふくろの味=ある主婦の日記=

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/8/16 7:24
お盆休みに実家を訪ねたら、帰りがけに母が蕗の煮たのを持たせてくれた。葉を煮たのももらって帰ってきて食卓に乗せると、家族が喜んで食べた。おいしい。自分でも蕗はよく煮るけれど何となくこうはいかないおふくろの味だった。

そういえば近所の神社で春のお祭りがあったとき、親戚のおばさんが煮物をふるまってくれた。こんにゃくの炒り煮や里芋など、特に変わった料理ではないのだけれど、それもやはり何となく自分で作ってはこうはできない、絶妙なおふくろの味である。

おばさんも母も、昭和ひとけた世代で、もう半世紀ほども台所を仕切ってきたベテラン主婦。何とかしてこの味を伝承したいもの、と作り方を熱心に聞いたが、特にコツのようなことは聞き出せなかった。作り方は同じなのにやはり出せない味がある。それがとても不思議なのである。

 禅の修行に行くと、修行の間皆さんの食事の用意をする典座というお役目がある。典座をさせて頂くと、そこでは大勢の食事の支度を何人かで分担協力し合うことになる。

誰かと一緒に台所に立つというのが、普段にないことで楽しい。日常は一人で台所に立つことが多いので、このチームワークの力というのが何とも心が弾むのに加え、料理に関する情報交換もできる。禅の修行を始めてから料理が上達した、というのは…これも禅の修行の成果のうちなんでしょうか。

とにかく一生懸命に典座をすると毎回目からウロコが落ちるような発見があります。

親戚のおばさん曰く、「何十年もやってりゃあんた、そりゃそれなりの味が出てくるってもんだわ」そうですか。継続はやはり力。「ずっとやってりゃあたしの歳にはあんたもあんたの味を作れるよ」う~ん。そうですか。やはり一足飛びにおふくろの味は身につかないようです。

おふくろの味は一日にしてならず。長い年月台所に立って、美味しく作ろうと工夫し続けることでできるようになる。日頃慌ただしく、「毎日が3分クッキング」と称しては手抜きな料理をしがちな自分を反省しつつ、煮物上手なおばあちゃんを目指して精進してゆこう、とまた新たな決心をしつつ、ふと気づくとこれは料理だけではないのかもしれませんね。

「普通の煮物を普通に作ってるだけなのになぜか美味しい」ように「当たり前の事を当たり前にやってるだけなのになぜか素敵」な人っていいなあ。心を込めて料理をするように、心を込めて生きてゆきたい。

ごく普通に作る煮物などが飽きが来なくて一番美味しいように、当たり前の日常こそが実はとても大切。「おふくろの味」はいろいろな事を感じさせてくれます
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