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擇木道場

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当直が座禅中や作務中は、電話には出られません。このホームページからお問い合わせお願いします(回答は夜以降になります)

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擇木ブログ - 201308のエントリ

昨日の「東京で夜一番遅い座禅会」から引き続いて、一泊すると、この「土曜早朝一泊坐禅会」を体験できます。

昨日の坐禅のあと、懇親会をしたのち、夜12時には男性は禅堂、女性は鍵のしっかりかかる禅子寮で就寝。朝は6時にいっせいに起床します。

禅寺での修行と同様、ふとんをきちんとあげ、禅堂の掃除、それにぞうきんがけなど、作務をしっかり終えたあと、6時半から坐禅がはじまります。 昨日、禅子寮に一泊された製薬会社にお勤めのIさん(女性)。中国からの留学生の金さんも、早朝坐禅に参加されていました。女性も安全に宿泊できて、本格的な禅を体験できます。それに証券情報の翻訳を手掛ける会社の社長さんも朝早く駆け付けて、坐禅に参加。今回は禅セミナー中ですので、その後の参禅にも参加されていました。

土曜日早朝の擇木道場では、キリッとしてさわやかな一日がはじまります。


山内拝


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魁星です。

今日は葆光庵老師、千鈞庵老師を初め、参加者は総勢21名で、新到者は8名(参禅者はそのうち2名)でした。

懇親会では中国からの留学生の金さんやロシア文学専攻のSさんも参加し、中国語、ロシア語が飛び交い楽しく賑やかな懇親会になりました。

懇親会に来られた新到者では、製薬会社にお勤めのIさん。元高校の数学教師のNさん。禅
セミナーでも講演された人事の専門家でもいらっしゃる綱島さん。の三名の方々から楽しいお話を頂きました。

今週はあと2日禅フロンティアがあるので、またアップしようと思います。




























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ついにホームページ経由で来られて、入会までいく方が出ました。

しかし毎週、初めての方はたくさん来られるのに、二度目は来られない方が大半という状況は相変わらず続いていました。なので金曜日の夜は多くても少なくても、15名くらい(それでも私が入門した頃は5名くらいだったので多くなりましたが)という状況が続いておりました。

そのうちに私の仕事が変わり、それまでのように定時で帰れなくなり、だんだん帰るのが遅くなってきました。こうなると予約や問い合わせは頻繁に入るのですが対応できないことが出てきます。

一度か二度、予約に返事ができなくて、そのままにしてしまっていたら、やはりその方は来られないことがありました。自分が予約しても返事がなければ受付してもらえてないと思いますから、来ないのは当たり前ですよね。

その時の方、対応できなくてどうもすみません。

また春光さんの場合は、予約を入れて本当に人から返事が来たと驚いたと言うことですし、来週、入会されることになっている山○さんの場合は、朝に予約を入れて昼頃には返事がきて、その後、直前に問い合わせを入れたら、それにも返事が来たので、それもきっかけになったと言われていました。

ホームページや予約の対応で手が回りません~と言い続けていて、ようやく他の人も入って数名で対応できる体制ができました。今では龍泉支部長、春光さん、秋香さん、海香さん、心印の5名で予約と問い合わせの対応をしております。

他の支部、禅会のホームページも作っているのですが、この予約への対応ができる体制ができないところは、予定カレンダーの中に「予約はこちらへ」のリンクを作らない設定にしてあります。

予約入れても返事がなければ、やっぱり来られないので・・・この対応ができるようになることが一つのターニングポイントになるような気がしています。

ブログも私以外の方も書くようになっているので、いろんな素敵な人が道場にいるということも読んでいる方にわかるかと思います。

まだまだ続く(その5くらいで終わる予定だったのだが(笑

心印  拝

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8月27日 火曜曜静坐会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/8/28 20:06

参加者 18人
初めての方 4人

今日は仰月庵老居士が帰省で欠席。恒例の読書会はお休みにさせてもらいました。
静坐会終了後は居士寮で冷たいお茶とお菓子で座談会をしました。
初めての方が多かったので、坐禅のしかたの注意を話しました。

①「数息観」は意識を呼吸に集中して、その吐く息、吸う息をひとつずつ心の中で数える 
 のであって、意識を他に向けて数を数えるのではありません。
②Gパンは足が痺れるので、ゆったりしたズボンを着用するよいです。
③左右の膝は座布団につける。座具の高さ、座具には浅く座る、下側の脚は後ろに
 引くなど工夫して、必ず両膝を座布団につけます。もし、一方の膝が浮いている場合
 は、その空間に座布団を挟むなど工夫すると良いです。
④15分でも良いので、毎日続けて習慣にしましょう。

連絡事項
8/30、31、9/1の禅セミナ。9/1の午後、禅フロンティアのテーマは「漢方と禅」です。
老師が滞在されるので老師に面談をして「禅」について詳しく聞くこともできます。
また、私たちの修行の一端を垣間見ることができます。

龍泉 拝
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擇木道場と青年部のホームページが並んで、Googleの「東京 座禅」で検索すると1ページ目の下の方に出てきた、2012年10月~11月。

それまで金曜夜に1名新到者が来られますが、二度目はだいたい来ないという状況が続いていました。それがお友達と来ましたとか、サークルで来ましたと言う複数で来られる方がまず増えました。

しか~し、お友達と来ました、仕事仲間で来ましたというパターンはその後二度と見えられない方がほとんどです。最初に来られた方が、お友達を連れてこられても、やはり最初の方だけが残るという感じです。

私なりに分析すると、友達や仲間で来られるのは坐禅が流行っているようだし、一度やってみない?という軽いノリで来られるからです。解決したい問題や悩み、苦しみがある、精神を鍛えたい、人間力をつけたいという方は一人で来られます。

もちろん中には例外があって、女子大生が連れてこられた男友達は彼(彼氏というわけではないらしいw)の方がはまってしまって、参禅を繰り返すようになりましたし、彼は双子の弟も連れてきてしまいました。この前、老師に弟の方も参禅すれば、早慶戦になるぞとプレッシャーだか、なんだかわからないようなことを言われていましたw

でも、きっかけはお友達と来られて、その後来なくなっていても、何か人生の問題や悩みにぶつかった時、擇木道場で坐禅したことを思い出してもらえればいいと思っています。

そうこうしているうちに、ぽつぽつと定着する方が出てきました。
10月、11月に来られた方は数名がその後も定着していますので、きっとその頃に始まった相○さんの作った鍋がおいしかったのだろうと(爆)思いますが、その中から参禅する方が数名出てきて、そして1月についに見性(最初の公案をとおること)されて、2月に入会されました。

その方は春光(しゅんこう)という道号を頂きましたが、老師のお名前は葆光庵丸川春潭(ほうこうあん まるかわ しゅんたん)老師、自分の名前から2文字も取っていらっしゃいます。娘か孫かわかりませんが可愛いのですね(笑)

春光さんの入会式、道号授与式の様子はこちら
http://takuboku.ningenzen.jp/modules/d3blog/details.php?bid=112

まだまだ続く(笑)                  心印  拝

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8月24日(土)〜25日(日)、人間禅本部道場ならびに宏道会剣道場において、総裁老師、千鈞庵老師、大休庵老師を含む46名が参加し、開催されました。
 直心影流「法定の型」は、名誉会員254番の井上和英先生(豊多摩通運株式会社社長、大義塾荻窪道場主)、水戸静坐会の加藤達人先生(日本農業実践学園長)ご指導のもと、無得庵小川刀耕老居士の教えを引用しながら、剣道未経験者にもよくわかる示唆に富んだ内容でした。
 初日の午前中は基本となる運歩と打ち込み、午後は午前中のおさらいと四本(春夏秋冬)の型を修錬後、葆光庵丸川春潭総裁老師による法話を拝聴しました。
 稽古の汗を拭う間もなく、4時50分より本堂にて静坐、5時半から参禅。2人の新到者が総裁老師にご面談後、参禅されました(トータル3人の新規参禅者あり)。
 懇親会では、小川先生の辞世のことば「我が胸に剣道理念抱きしめて死に行く今日ぞ楽しかりけり」の逸話がご子息であり、今年から人間禅剣道部長に就任された小川心耕居士より紹介されるなど、終始和やかな宴となりました。
 翌朝参禅後、法定の型の稽古に続いて、防具稽古もおこなわれ、まさに剣禅一味の充実した参禅会でした。
 来る11月29日(金)〜12月1日(日)にかけて、本部道場ならびに宏道会剣道場において剣道部主催の剣禅一味の会(参禅あり)をふたたび開催予定です。剣道に全く縁のない方も、動く禅といわれる「法定の型」や素振りを始める良い機会です。KUJ静坐会員や名誉会員など、お年寄りも女性もウェルカムです。お知り合いの老若男女をお誘い合わせのうえ、会員の皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。
 
剣道部担当総務 剣外 拝
 
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参加者 17人 (うち新到者 4人)


暑さも和らいだ日曜日の朝、日暮里の擇木道場では気持ち良い晩夏の風が、坐禅に参加された方々を迎えていました。

本日、はじめて道場にいらした方(新到者)は、旦那さまに勧められて禅に興味を持たれたという爽やかな女性の方と、ウェブで夢をテーマに情報発信をしているという礼儀正しい大学生サークルの方3名の合わせて4名がいらっしゃいました。

皆さん、禅に興味をもって来られたとのこと、本当にありがたいですね。


静坐のあとは二階の道場から一階の居間におりて、参加の皆様と恒例のお抹茶をいただきました。今日はじめてお茶をたてられた建築士のTさん、お見事でしたよ。

さて本日は龍泉支部長が市川道場での剣の稽古で留守でしたので、一行物の解説はお休み。その代わりに仰月庵老居士が両忘庵釈宗活老師の『亀鑑』をお話されました。

両忘庵釈宗活老師は、明治終わりから昭和の初めにかけて、両忘会(注)を主催され、田中大網居士からこの擇木道場の寄進を受けるとともに、在家の禅を全国に広めた方です。

『亀鑑』とは行動や判断の基準となるもの。憲法のようなものです。坐禅をする上での憲法。とても格調高いものですが、その一部を紹介しますと。

「功夫は須らく頭燃を救うが如く急切なるべし。精神を奮起し、
 片時も放遅すること莫れ。無理会の処に向かって究め来たり究め
 去り、究め究めて止まざれば、即ち心華発明して十方刹を照らん。」

功夫・・・工夫、鍛錬、努力
頭燃・・・頭髪に火がついて燃えはじめること。危急のたとえ。
無理会・・・「むりえ」と読みます。理屈抜きということ。大燈国師の一節引用。
十方刹・・・あらゆるところ。

このような心構えで坐禅に向かうことを示されております。とてもすごい覚悟と精神ですね。私なんか片時も放遅しないどころか、ゆるみっぱなし。

それでも、この道40年の仰月庵老居士に、長く禅をやっていく心得を聞くと、「できないことばかりだから、少しでも上達したいという気持ちが続けるモティベーションになった」とのこと。そういうものなのですね。

本日は9時20分に終わりました。


(注)明治の初め、山岡鉄舟、高橋泥舟、鳥尾得庵、中江兆民等の先覚者が鎌倉円覚寺の管長今北洪川禅師を拝請し、一般の人々を対象として始めた修禅の会


山内拝
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擇木道場の心印です。

8月も4週目ですが、4回とも3列の坐禅をキープして盛況です。
参加者21名(うち初めての方が5名)(うち老師3名)でした。

葆光庵老師、千鈞庵老師、大休庵老師となぜか、老師方が3名、大休庵老師は鹿児島禅会を担当されているお師家さんで、私は初めてお会いしました。

以前、NHKの「日本人は何を考えて来たのか?」という番組で、平塚らいてうが修行した道場ということで、擇木道場に取材に来られたのですが、その際に来られていたスタッフの女性の方が2名一緒に来られました。

後はプライベートの問題で、禅に解決を求めて来られた方もいらっしゃいました。

静坐後は、1階の居士寮で懇親会をしましたが、15名くらいになり、あっという間にビールがなくなりました。料理担当の相沢さんが毎回いろんなものを作っていただきますが、この時は、ケチャップとミートソースのスパゲッティを作っていただきました。

とてもおいしかったです。こちらは量は十分でした。

懇親会の中で自己紹介をしましたが、はっきりいって自己紹介だけで時間いっぱいとなりました。(笑)

宿泊組は8人も泊まりました(うち初めての女性が1名)。
翌朝は6時から坐禅して、外から来られた方も含めて10名で坐禅しました。


         心印 拝
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8月の西東京支部摂心会に参加して

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2013/8/24 15:19
8月西東京支部摂心会に初めて参加させて頂きたいへんありがとうございました。

初めは、松戸から八王子まで遠くて面倒くさいなあと思いながらの参加でした。

到着すると西東京支部の皆様の熱い歓迎とともに私の摂心会ははじまりました。

坐禅・作務と西東京支部の皆様がかなりの本気モードでやってる姿に感動しました。

特に、印象的だったのは手を抜かない典座の食事でした。かなりおいしかったです。

時間にはとても厳しく皆様が一丸となって摂心会をやっている事がよくわかりました。

また参加したと思いました。               重吉如空(国家公務員)

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 平常心とは、ああしよう・こうしようと作為する心・思慮分別や、ああすべきではない・こうすべきであるという規範の意識などをきれいに棚上げした、文字通りの無造作な心、何ともない心のことです。「この造作にわたらぬ何ともない心がそのまま人の道である。寒ければ衣を重ね、腹がへったら飯を食い、くたびれたら寝る。この平常心の他に別に道はない。道はしかつめらしいものでも、高遠なものでもない。」というのがこの一語の意味です。道を行ずることは、さして難事ではないとも言えます。しかし実は難しい。なぜ難しいかというと、思慮分別も規範の意識も通り抜けて、無造作な何ともない心を真に我がものとすることが難中の難だからです。修行に修行を積み、錬磨に錬磨を重ねてこの自然法爾の平常心を我がものとし、人生を悠々と味わい自由に生きたいものです。


<笠倉奈都さんの一言コメント>


この語の出典は、若き日の趙州禅師が師の南泉禅師に「道」の意味を問うた問答からきている。
趙州 「道とはどういうものですか?」
南泉 「平常心是道」(普段の心が道である)
趙州 「平常心という道はどこにあるかと探し、つかむことはできますか?」
南泉 「つかもうとすれば道からそれる」
趙州 「道をつかもうと向かわなければ、どうして道を知りえますか?」
南泉 「道は知と不知とに属せず。知は妄覚であり、不知は説明するまでもない。もし真に疑いのない道に達せば、虚空の如くからりとしてわだかまりがない。是非など微塵もない」その言葉の終わらぬうちに趙州は悟った。

 また道について『信心銘』に「至道は無難なり、唯揀択(けんじゃく)を嫌う』(大道というものは難しいものではない。ただ分別し選択して考えることをしないこと)とある。人間の苦は、出来事や物に対して判断をすることによって引き起こされる。本来状況そのものにはなんらの意味観念はなく、ただそのような状態があるだけであるが、そこに苦楽、正誤などの判断を加えることによって人間側に苦が生まれるのである。
坐禅で集中することの意味は、判断し左右に揺れる心、また起こってしまった過去やまだ起こらない未来を思い煩う前後に引きずられる心を裁断し、今に軸足をしっかりとつける訓練をし、今生きていることの実感を得ることにある。


釈迦の言葉に
「過去を追うな、未来を願うな、およそ過去のもの、それは既に過ぎ去れしもの。しかも未来は未だ来らず。現在の事々をよく観察し揺らぐことなく、動ずることなく、それを知りて修習せよ。ただ今日正に為すべきことを熱心に為せ。(中部経典 一夜賢者の偈)とある。
平常心是道、こだわりなく正受し、今為すべきことを熱心にすること、そこに無上の明るさと楽しさがある、ということらしい。

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