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擇木ブログ - 時間なんてあるのかな

時間なんてあるのかな

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/11/29 13:34

時間なんてあるのかな



コーヒーに入れた砂糖は

溶けるのに5分かかるが、

砂糖の溶解という実在のプロセスと

5分間と認定する時間規定は別物


様々な実在プロセスを測定し、

互いに理解し合うために

便宜上設定されたのが時間規定


ところが、

我々は

自己とは無関係に設定された

公共的な尺度である時間規定を

客観的に昔から存在するものとして

受け入れてしまっている


その結果、

大きな客観的な時間プロセスの中に

後から我々が参加したように認識してしまう

偶然、この世に生み落とされた自己は

あっという間にこの世を去っていく存在で

当の自己自身は無きにも等しい

小さな存在だと思ってしまう


一方、

過去のものの現在が記憶

現在のものの現在が直観

将来のものの現在が期待

であると

アウグスティヌスは言ったらしい


大きな現在の心の中に全てがあり

時間とは、

振り返ったり

見回したり

行く末を思ったりする

心の作用


自己とは、

過去を引き受け記憶し

現在の覚知と統合し

将来の予測と結びつけて

一貫した自己というものとして

創造してゆく生命活動そのもの


1600年に関ケ原の戦いがあり、

1603年に家康が江戸幕府を開いた

という知識そのものには意味がない

その知識が

自己という創造活動に活かされて

初めて意味を持つ


ただ

この自己は死すべき運命の下

有限の存在

死に至る

かけがえのない自己という生命活動を

いかに創造してゆくか

ここに全てが帰着する


自分とは無関係に存在する客観世界など、

恐らく意味はない

時間も実在しないのかも


日峰

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