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擇木ブログ - 円覚寺に行ってきました

円覚寺に行ってきました

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/9/10 9:57

 擇木道場の風印です。

 鎌倉の円覚寺に行ってきました。円覚寺はJR北鎌倉駅から徒歩1分の、臨済宗のお寺です。


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


 拝観料をSuicaで支払うことが出来たので、お寺も電子化の時代なんだなと感心しました。

 今回日曜説教会に参加して、横田南嶺老師のお話を聞いてきました。

 以下、法話の内容を記載します。乏しい理解のため正確に再現することは難しいですが、どうぞご容赦下さい。


 まず始めに背筋を伸ばして姿勢を整える。


 お互い生まれてきた不思議

 今日まで生きて来られた不思議

 今日のご縁の不思議

 に手を合わせて感謝する。


 良い法話は話が終わった後に拍手をするのではなく、思わず手を合わせて合掌したくなるものである。


 以前、熱心に法話を聞きに来られていた年配の紳士と話す機会があった。

 その紳士は、かつて海外出張でホテル宿泊の際に宗教(religion)の欄に無宗教と記載すると、「宗教も持たない人を泊める訳にはいかない」と断られた。他に宿泊の当てもないので、合掌して「どうか泊めて下さい」と懇願すると、「貴方は仏教徒ですね」と泊めてくれた。仏教徒と言ったものの仏教を何も知らないので、円覚寺に学びに来られていたとのこと。


 日本人は宗教を敬遠する傾向にあるが、とっさの場合に思わず手を合わせてしまう事もある。無宗教のつもりでも仏教が身体に染み付いている。

 手を合わせて合掌する姿には言葉を超えて通じるものがある。合掌は簡単なようで奥が深く、座禅や写経をするよりももっと早く心が落ち着いてくる。

 西洋人はラジオや飛行機を発明したが、東洋人は長い間瞑想して合掌を発明した。

 合掌すれば夫婦喧嘩も収まり、皆仲良しになるのは世界共通。合掌して腹を立てる者はいない。手を合わせれば重い心も軽くなり、濁った心も澄んでくる。


 では、何に対して合掌するのか?

 もちろん、高利貸しや強盗にするのでは無い。仏に対して合掌するのである。仏壇や御本尊にご飯を供えて合掌して目を閉じれば、騒ついた心も一瞬のうちに静かになる。

 仏と言うものは天地一杯にあるもので、合掌すれば、誰の前にでも何処にでも現れる。合掌する姿はとても美しく、神々しく感じることもある。


 人は皆仏である。

 ろくに修行もしていないのになぜ仏なのか?

 法華経に、常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)の「私はあなたがたを深く敬い、決して軽んじることはしない。その理由は、あなたがたは皆、菩薩の道を行じて、必ず仏と成る存在だからである」という言葉がある。


 ある施設に母に捨てられて施設をたらい回しにされ、暴れて手のつけられない少女がいた。

 その子の世話をする先生は、ついこの子さえいなければと思ってしまうこともあった。その子は大人の思いを敏感に感じ取り、更に手が付けられなくなった。

 そんな時、その子が悪性腫瘍で緊急手術をすることになった。その先生はその子に二度と会えなくなるかもしれないと思うと、ただ助かって欲しいと思った。

 その時、その先生は自分が少女の命を見ていなかったことに気付いた。


 私達は他人の姿や行いばかりが目に付くが、そうではなく命に手を合わせていくことが大切である。道端の花や犬猫にも、命あるものの命に対して手を合わせる。

 あんなことをした、こんなことをしたと目を取られるのではなく、様々な繋がりの中で親から尊い命を授かった。その命に手を合わせるのである。


 鎌を研ぐ名人は、例えどんな人が研いだ鎌であろうと、自分には及び難い点を一つは見つけることができるそうだ。

 修行僧や家庭でも「困ったな、どうにもならない」と欠点を見つけては矯正しようとする。それも必要であるが、もっと大切なのはその人の命を拝むことである。仏になれる可能性が無限にあることを信じて手を合わせる。


 仏とは可能性の無限なることである。その人がこれからどうなるか、どう成長するか誰にもわからない。一言一行の中にも、その人に自分には及び難いことがあることを見出すのが法華経の大事な心である。


 欠点ばかりが目に付いてその人の命を見ていなかったことに気づき、無限の可能性を信じて手を合わせる。そういう心になるには日常の暮らしに手を合わせることを取り入れると良い。


 山田無文老師は、「私は毎朝起きると、お日様、月、空気、水、米粒、沢庵、野菜に手を合わせる。馬鹿らしいと思う人もいるかもしれない。それでも拝まずにはいられない。私はそういう馬鹿でありたい」と仰ったそうである。


 ありとあらゆる物が関わり合って命になっている。その一つ一つに手を合わせる。自分を苦しめる人に対しても手を合わせるのである。

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 法話の後は座禅体験をしてきました。


 お尻を少し高くして座り、腰だけを縦に伸ばす。真っ直ぐに伸ばした背筋が地面に突き刺さるように宇宙の気を通す。座禅を通じて命を感じ取る。

 臍の下に身体の中心があることを意識して、丹田に意識を落とす。そうすると頭や手、足の力を発揮できる。

 右手の上に左手を重ね、左右の親指を合わせて法界定印を組む。法界定印は心の形である。身体を真っ直ぐにして、宇宙と溶け合っていく。


 座禅の後は、高台に上って国宝の鐘を見てきました。


円覚寺に行ってきました


 周囲の見晴らしも良く、お勧めのスポットです。


 近くの弁天茶屋でベジカレーを食べました。


円覚寺に行ってきました


 ヘルシーな味わいでとても美味しかったです。


 食事の後、紫陽花で有名な明月院に行きました。9月初めのこの時期は玉紫陽花が咲いていました。


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


 境内にある茶屋で抹茶を飲みました。


円覚寺に行ってきました


 暑かったので冷たい抹茶を頼みましたが、濃厚な味で美味しかったです。


 枯山水の庭もありました。


円覚寺に行ってきました


 次は建長寺に行きました。


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


 樹齢760年というイブキ(ヒノキ科)の木が見事でした。


円覚寺に行ってきました


 龍の天井画が素晴らしかったです。


円覚寺に行ってきました


 方丈には座布団が置いてあり、好きなときに座禅をすることもできるようです。


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


 最後は縁切り寺で有名な東慶寺に行きました。


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


円覚寺に行ってきました


 江戸時代は女性から離婚を申し出る事が許されておらず、このお寺に駆け込んで23年の修行を積むと、ようやく離婚を成立させることができたそうです。

 たまたま、釈宗演老師の展示がありましたが、異国の地セイロン(今のスリランカ)で苦労された様子を知りました。欧米列強の脅威や日本仏教への危機感を強く持たれていたようです。

 東慶寺には鈴木大拙氏のお墓もあるそうです。


 当道場は円覚寺に由来があり、釈宗演老師との縁も深いようですが、私は殆ど何も知らないので、少しずつ学んで行きたいです。


合掌 風印 拝


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