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擇木ブログ - 「座禅するから暇になる」

「座禅するから暇になる」

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2019/8/29 21:18

「座禅するから暇になる」

春潭

 前回のブログで、「座禅しないから忙しくなる」を書きましたが、「では座禅をしたら暇になるのですか?」と突っ込む人が居ましたので、返答の代わりにこのタイトルでブログを書きます。

 先ず、字のつくりですが、旁の意味はかぶせるという意味で、日へんがついて、所用の日時の上にかぶせた余計な日時ということのようです。

 意味を大辞林で見ますと、名詞(1)仕事や義務に拘束されない自由な時間、(2)休み・休暇、(3)主従などの関係を絶つこと。いとま。形容詞(1)仕事や義務に拘束されず、自由に出来る時間がある様。

 座禅をすると30分から45分の時間は仕事が出来ないことになります。

時間に追われている現代のサラリーマンにとって、朝の出勤前にはこの1時間に満たない時間といえども貴重であり分秒で毎朝戦っているのにとんでもないというのが実態であり、そんな暇はないよ!が本音ですよね。

また電話が鳴りっぱなしとか机の上に処理を待っている書類の高さを見ても、勤務中においてのこの短い時間といえどもこれまた猫の手も借りたい代わりようがない貴重な時間でしょう。

アフターファイブはもう死語であり今ではアフターナインでしょうが、お客さん相手にしても上司相手にしても待たせるわけに行きませんし、そんな暇はありません!!でしょう。

 また逆に、定年になって毎日が日曜日になった途端に暇になりすぎてうつ病になる人もあるとか。

また一時流行った言い方では、家庭の奥さん方にとっては元サラリーマン戦士も濡れ落ち葉だと云われていましたね。(判りますか?乾いた落ち葉であれば掃いても直ぐ集めて捨てることが出来るけれども・・・・、ということのようです。)暇を持て余して家で三食たべてゴロゴロしているからそんなことを言われるのです。

現役時代は気の利いた秘書の作ったスケジュールに従うだけで一日は過ぎ、多くの部下が忖度で仕事を進めてくれていた。こういう人ほど、スケジュールも作ってくれない、忖度もないとなると、チコちゃんに怒られるようなぼおーと生きてしまうのかもしれませんね。

 

人間と時間の関係は不思議な関係ですね。

過去は済んでしまってもうないし、未来はまだなにもないし、あるのは過去と現在の接点である「今」だけしかない。

しかし考える葦である人間は、過去にも未来にも拘束されてしまい、唯一存在している「今」に生きていない状態になりがちです。

 座禅をすると云うことは、「今」をしっかり取り戻すことです。

座禅をすることによって、「今に生きる」がはっきり確保でき、過去にも未来にも煩わされることがなくなるのです。

座禅をすることによって(前回書きましたが)、「忙しい(こころを亡くする)」という言葉と無縁になり、仕事に追われることがなくなり、余裕が出来て暇になります。

また逆に、定年退職などして追いかけられるような仕事から解放され暇になった人が座禅をすれば、暇がなくなります。ここで云う暇は、「やることがなくて手持ち無沙汰」という意味です。

座禅をすることにより、充実した「今」を持つことにより、やることが無限に出てきます。もちろん忙しいということはないけれども、充実した今を生きるということになります。

繰り返しになりますが、総括して云えば、忙しい人が座禅をすれば暇ができ、暇な人が座禅をすれば暇がなくなるのです。


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