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擇木ブログ - タイ・スカトー寺瞑想合宿⑤プラユキ師の法話-4

タイ・スカトー寺瞑想合宿⑤プラユキ師の法話-4

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/8/19 7:11

 前回のブログの続きです。


 気づきの瞑想には、五つのポイントがあります。

1)、「信(信頼力)」は、心にしっかりと向き合うこと、無明(=見ないこと)の打破を目指します。

 「信」を培うことにより、自己信頼、湧き上がる感覚・感情・思考などへの信頼が生じ、恐れや閉じこもりが消え、オープンハートで明るく生きられようになります。また、無用な心の形成作用を止めることが出来るようになります。


2)、「精進(努力)」は、身・口・意の行動プロセスにおいて、繰り返し悪行を減らし、善行を増していくこと(四正勤)であり、

 1、「予防」するための努力…感覚器官に対象が接触し、情動やイメージが生じ、物語が形成されてゆく過程を見守り、不善や不利益をもたらす行動化が起こらぬように身を守る努力

 2、「捨て去る」ための努力…不善や不利益をもたらす感情や思考、それらの行動化が始まったことに気づいたら、できる限り速やかに離れ、収束させるように工夫する努力

 3、「育む」ための努力…未だ生じていない善なる心の働きが生起してくるように意欲を起こす努力

 4、「完成させる」ための努力…生じてきた善き心を守り、育て、完成に至らしめようという努力

 があります。これらの努力により、依存心、優柔不断、意志薄弱が減少し、自己コントロール力、自信、自立心が育まれます。


3)、「念(覚醒力=マインドフルネス)」は、今ここに生じている心身現象(身・受・心・法)をあるがままに気づく力、自覚化する力です。

 念を培うことで、われを失ったり、人の言動や様々な現象に翻弄されなくなり、苦悩にハマり込むことがなくなり、常に新鮮に「今・ここ」をイキイキと味わい深く生きていけるようになります。


4)、「定(受容力・集中力)」は、男性的な確固たる心の安定性と女性的な深い包容力を兼ね備えた成熟した「受容力」であり、外界、内面にどんな状況が生じてきても、動揺することなく、 確固と安定した状態で落ち着いていられる能力を培う(大きな心の器、深いふところ) ものです。

 定によって、動揺、散乱、不安感がなくなり、安定感、落ち着き、平静心といったものが培われ、 喜や楽といったポジティブな心所の出現が促されます。

 ものごとに囚われないから、よく見えるようになるから、心静かになるのです。


5)、「慧(洞察力・方便力)」は、心身現象をあるがままに観察、洞察し、理解する力です。

 慧によって、三相(無常・苦・無我)や「縁起」、心身症状のからくりや人間関係の法則などがあるがままに理解されます。それにより、苦悩の原因となる様々なとらわれから解放され、すべての苦は滅していくのです。


 人間関係コミュニケーションにおける「自我的」な反応と「瞑想的」な対応について、

 自我的コミュニケーションは、

 自分の意見や気持ちだけから自己中心に見たり、言ったり、行動する(知)

 相手の表面的な言葉にすぐ反応してしまう(情)

 相手との間に問題が生じたとき、すぐに白黒を付けようとする(意)

 特徴があります。


 瞑想的コミュニケーションは、

 相手も自分も同時に客観的に見て、お互いのメリットになるように言ったり、行動できたりする(智)

 相手の言葉の奥にある相手の思いや願いを汲み取って、対応することができる(定)

 相手との間に問題が生じても、課題として学び、お互いの関係をより良くしていこうとできる(求)

 特徴があります。

 上司に厳しく叱責されたとしても、自分に対する期待などその奥にある気持ちに気付くことが出来れば、苦しみの矢が飛んできても自分に刺さらなくなるのです。コミュニケーションは自らを拠り所にして体験的に理解していく自主性が必要です。自分で発見した気付きを活かし、いつもリラックスした状態で相手と対話できる慈悲の人を目指しましょう。


 瞑想を相手とのコミュニケーションへ生かすには、以下のポイントがあります。

 1、オープンハートで相手を信頼(自身の心への信頼)

 こちらがオープンハートなら相手もリラックス、言ったことも素直に聞いてもらえやすくなります。 逆に、信頼関係という土壌がなければ、いいコミュニケーションは成り立ちません。


 2、相手に純粋な好奇心を持ってコミットメント(自身の心への関心)

 こちらが純粋な好奇心を持って接していくと、相手も感情、イメージ、思考についての偏見がなくなり、 すべての現象を興味深い現象として捉えられるようになります。


 3、「今ここ」の自分・相手・場(関係)に生じる現象に明晰に気づく(自身の心への見守り)

 心ここにあらずの状態で接していても親密にはなれません。心を「今ここ」に置き、相手の発する一言一句に耳を澄まして聞いていくのです。今ここに気づいていけると、ライブで相手の状況変化に合わせて、臨機応変に対応できるようになります。固定観念ではなく、「生きた対応」ができるようになります。軌道修正も即座に出来るようになります。


 4、相手を受容・共感する(自身の心への共感)

 「こうしなさい、ああしなさい」と指示したりせず、相手の言葉や気持ちをあるがままに受容することで、相手の言動を吟味できる余裕(心のスペース)が生まれてきます。


 5、相手から問われた疑問や悩みに対して、適切に理にかなった形で答えていく(自身の心への洞察)

 おざなりにせずに丁寧に答えていきます。相手とのコミュニケーションにズレが生じてきたら、修正を図りながら適切に対応していきます。いつでも軌道修正は可能です。


 智慧と慈悲、そして方便力の統合について、

 慈(慈しみ)~幸せを与えてあげようという、悲(憐れみ)~苦しみを除いてあげようという、①思い②実践③能力を含みます。

 智慧だけであれば、傍観者(評論家)になります。

 慈悲だけであれば、共倒れ(傷を舐め合う、同病相憐れむ)になります。

 「方便」(upaya=近づく) ~真実に近づけるために必要な手立て(※「正論」の逆)をもって、両者を統合していくことが大切です。

 中道は、「捨」即ち特定のイデオロギーや平静さに偏らずにあるがままにその人なりのプロセスを認めていく、ある種の諦念、諦め、手放しが基調にあります。

 イデオロギーの対立を鳥瞰して翻訳、調停し、メタ(高次の、超越した)な次元で纏めていく(止揚:アウフヘーベン)ことによって、対立を避けるのです。戦場で武器の托鉢を行った僧侶の例のように、お互いの緊張関係を解いて話し合いを促すことも必要です。価値観や見解、方法論、好き嫌いなどによる対立が生じても、お互いに幸せになりたいという願いを信じ、話し合いの中でポイントを示唆し、お互い納得できるように導くのです。もっとも、余計な話をして反感を買うくらいなら沈黙を守ることも必要です。臨機応変に方便を用いたり、時には見たり聞いたりすることに徹することによって、相手の煩悩や考えていることに直面でき、そこから解決策が生まれることもあるのです。


 このブログは、スカトー寺瞑想合宿で頂いたレジュメと私のメモ書きを元に作成しました。ブログを書いていて、スカトー寺で托鉢に同行させて頂いた際に、村人の屈託のない笑顔を目にして何故か涙が出てきて困ったことを思い出しました。一緒に合宿に参加された皆さんが、最終日には輝くような笑顔をされていたのがとても印象に残っています。

 自然に溢れた素晴らしい環境の中で瞑想をしたり、素晴らしい法話を聞かせて頂くことができ、これまでの人生の中でも希有な経験をさせて頂いたことに心より感謝します。

 ブッダのお弟子さんが、仲間同士の縁、善友は修行の半分くらいの価値があると言ったことに対して、ブッダは善友は修行の全てと仰ったそうです。皆様との良き縁を心の糧にし、良き友と共に良き法を携えて行きたいと願っております。


合掌 風印 拝


タイ・スカトー寺瞑想合宿ブログへのリンクです


タイ・スカトー寺瞑想合宿①お寺の環境・生活

タイ・スカトー寺瞑想合宿②プラユキ師の法話-1

タイ・スカトー寺瞑想合宿③プラユキ師の法話-2

タイ・スカトー寺瞑想合宿④プラユキ師の法話-3

タイ・スカトー寺瞑想合宿⑤プラユキ師の法話-4

タイ・スカトー寺瞑想合宿⑥プラユキ師の個人面談


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