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擇木ブログ - 私にとっての坐禅

私にとっての坐禅

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/5/17 16:51
私が坐禅を始めたきっかけは「マラソンマン」という漫画を読んで、坐禅をすることで趣味のマラソンでタイムを上げたいと思ったからです。
また、人間関係の問題や、ミスなく素早く仕事を終わらせるために、トラブルを起こして道場に行かなくなった後も一人で坐禅を続けていました。
マラソンは止めてしまいましたが、仕事ではミスも減り、時間内に終わるようになってきており、何より仕事を続けられていますので、坐禅の成果は出ているように思います。
先日より再び道場に行くようになりましたが、4年も行かなかった私を温かく受け入れて下さり、坐禅をされている方の心の温かさを感じ感謝しております。
 
仕事が辛いときにTVで唯識の番組をやっているのを見て、目を瞑って自分という言葉に対応するものを見つけられないように、自分など存在せず自分という言葉の響きがあるだけという教えを知り、随分救いになりました。
それから時間があれば仏教書を読むようになり、他と比較して自分を不幸と感じることも多かったのですが、
喜びがあるから悲しみがあり、幸福があるから不幸がある。
餓死しそうな人が食べ物をもらえば喜ぶが、飽食の人が食べ物を貰っても喜びは少ないように、幸福も不幸も直前にその人が置かれていた状況に決定づけられる相対的な概念に過ぎない。
渇愛に囚われて幸福を求める煩悩こそが人の苦しみの原因となる。
無心に遊び回っていた子どもの頃のように、感覚を研ぎ澄ませばただ歩くだけでも幸福を感じる。
例え些細な事であっても縁起によって生かされている喜びに気付かないのは、過去への執着により感覚が鈍磨しているためである。
という教えを学び、幾分気が楽になりました。
 
仏教には中道という教えがありますが、これは儒教にいう中庸とは異なり、的中したというような意味であり、具体的には正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八正道のことを言うそうです。
山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)と言われるようにあらゆる物に仏性があるとしても、悪事を働く人もいるのであり一定の指標は必要なのではないかと思います。
八正道というと難しいので、上座仏教の日本人僧侶であるプラユキ師が言われるように自他の抜苦与楽を基準にすると分かりやすいと思いました。
八正道の一つに正精進がありますが、自他の抜苦与楽に資するためにも、坐禅とは別に仕事上、生活上の精進は必要なのだと思います。
そういうわけですので、今日も仕事の研修会に参加してきます。
 
風印 拝
 
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