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擇木ブログ - 荻窪通信「自宅で坐禅をしていると悪魔がやってくるのです(その1)」

荻窪通信「自宅で坐禅をしていると悪魔がやってくるのです(その1)」

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2019/4/18 8:55

私は、昨年3月末から、交友関係を広げることなどを目的に、色々なお寺の坐禅会を巡り、坐禅をするようになりました。しばらくすると、人生に対する深刻な不安や不満がなくなり、次第に、日常生活を明るく豊かに感じるようになりました。
それで、更に坐禅対する興味が湧き自分なりに禅の本を読んだり、人間禅などに関わるようになりました。
私は、坐禅のポイントは「受動性」にあると考えています。
意識を保ちながら、脳による作為的な思考を含めた身体の外界に働きかけようとする機能を停止させ、いかなる外部情報の感覚器官への入力に対しても、積極的に働きかけることなく一方的に受動する状態になることによって、苦しみ、むなしさ、将来の失敗への不安、老い、病い、死等々あらゆる消極的な情報を受け入れられるようになり、人生に対する不安や不満が解消される。
そのうち感受性が高まり、目にする美しいものを素直に美しいものと感じ取れるようになり、さらに、日常生活で起きる出来事に対する捉え方がよくなるなど、次第に、日常生活が豊かになっていく。
私にとって坐禅とは、ただ坐っているだけなのに、ドミノ倒しのようにフルオートで人生が豊かになる、とてつもなく素晴らしいものです。
浄土門では
「如来回向の信を獲得するには、如来に自分のすべてを任せなければならない。
はからいをなくす、つまり、虚空に向かって自分のすべてを放り出さなければならない。そうすれば、あとは如来がなんとかしてくれる。」
(
川西宏之「物種吉兵衛」『大法輪』平成18年第7号88~89頁)
などと言うそうですが、坐禅に対する私の実感をうまく表現してくれているように思います。
坐禅は、静謐な場所ですることが一般的であり、擇木道場にも、所々「黙」の文字が掲示されています。
しかし、私は、ある程度雑音があった方がよいのではと思っています。
外部情報を受けても、作為しないことがポイントだとすれば、視覚、聴覚を含めた感覚器官への感受が相当程度あった方がよいように思っています。
私は、自宅で毎日坐禅をするのですが、妻が家事をする音などを却って心地よく感じています。
しかし、自宅で坐禅をしていると……
(
)
合掌 折原英風 拝

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