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擇木ブログ - 路遙かにして馬の力を知る(その3)

路遙かにして馬の力を知る(その3)

カテゴリ : 
老師通信
執筆 : 
擇木道場 2019/1/25 0:24
路遙かにして馬の力を知る(その3)
春潭
 人間禅の創始者耕雲庵英山老師の揮毫された「路遙知馬力歳久識人心」(路遙かにしてその力を知り、歳久しくして人の心を識る)を拝見しながら、まことにその通りだとしみじみ噛みしめていることを二回のブログで書きました。
 もうこのタイトルでは終わりかなと思っていましたが、岡山禅会と豊橋禅会の摂心会(注1)をしている中で、もう少し書き残しておきたいと云う思いが湧いてきましたので(その3)を書きます。
 80歳近くになっても一日一炷香が日進月歩で深まる感覚が、そのまま学人との商量(参禅時(注2)のやり取り)にも変化をもたらせ、また公案(注3)の見方もまさに数息観の深化に比例して深く見られるようになって来ていることに気付いたのです。
 かって自分が透過(注4)した公案が浅い見方であったと云うことが判る。そういう公案が次々に学人の参禅を受けながら見えてくる。公案の見解(注5)と云うものは、文字で表現できるようなリジッドなものではないのです。世に公案回答集なるものも出回っていますが、公案に対する答えを知っても何の役にも立ちません。公案に対する人間の境涯が浅ければ浅くしか見えないし、三昧が深くなり境涯が深まれば公案は深く見えてくるものなのです。
 すなわち何歳になっても公案を日進月歩で深めてゆくのが人間形成の禅(人間禅)の真骨頂であり、この柔軟且つ新取の気風こそが将来にわたって我々の誓願が進展していく必須条件であると認識を深くしています。
 新到者の方には今日のブログは、東京から富士山をチラッと遠望するような話になったのではないかと思いますが、この事の修行というものは死ぬまでの壮大な大事業であり、人間に生まれて来た甲斐があったというような素晴らしい人生がこれから先にあるのだということを腹に入れて、100歳時代に希望を持って進んで頂ければ幸甚というものです。(完)
 
 

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