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擇木ブログ - 6月28日 さいたま座禅会

6月28日 さいたま座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/6/29 11:24

昨日は、座禅会場の公民館に行ったら外で知った顔が立っていて、聞けば他の団体が使っていて、どうもこちらの予約が洩れていたらしい。

全く動ぜず、歩いて3分の「しみん会館うらわ」に電話。「そちらを貸してください。」「いいですよ。」との即答。

 遅れて来た方には、公民館の係の方には伝言しておいたけど、座禅会はないと、帰ってしまったかもしれない。大変申し訳ないことをしました。

 みんなで歩いて到着、久しぶりの「しみん会館うらわ」の12畳。先週は雨漏りで使えなかった和室は、鴨居や天井、もちろん畳にも大きな染みが数か所、でもこの座敷こそが「さいたま座禅会の原点」。静かな2回の座禅の時間が流れていきました。

終了後は、茶菓は公民館の部屋に置いたままだから、茶菓なしの茶話会。

 テーマは、「安楽の法門」

 『数息観のすすめ』の冒頭には、

「数息観(すうそくかん)というのは、坐禅を組んで、静かに自分の息を勘定する修養の方法であります。これは印度において古くから行われた観法で、安楽の法門なりともいわれています。」とあります。

 道元禅師のいう「安楽の法門」と同じ意味なのかは、『数息観のすすめ』には書いていないけど、坐禅は、マニュアルに従って身体と呼吸と心をコントロールして管理(マネジメント)するものでしょうか? それとも、自分とかコントロールとかマネジメントを手放したものなのでしょうか?

 自分とか、コントロールとか、マネジメントとか、は坐禅の世界ではない、というのが道元禅師のようですが、さて、みなさんはどう思います?というところでお開き。
 

先週、身内が死んで思ったのは、有名な人が言ういろいろな「死」の概念を知ったところで、自分自身で心底わからないと安心できるものではないですね。若いころ思っていた死と今では違うように、「安楽の法門」も大禅師の文字や説明を聞いてわかるものではなく、坐って、坐って、ああ、そうか、というものではないでしょうか。                    海香

 

遠くその顔人の顔消えて風吹く 井泉水        
 
 

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