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擇木ブログ - 人間禅創始者耕雲庵老師の人となりについての思い出(その4)

人間禅創始者耕雲庵老師の人となりについての思い出(その4)

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/1/23 0:01

人間禅創始者耕雲庵老師の人となりについての思い出(その4)

丸川春潭

S3435年頃のこと。中国支部摂心会で、湯豆腐に花鰹をかけて出したら後からご機嫌が悪い!その理由よくよく調べてみて判ったことは、老大師の日頃の鰹節は、出す前に鰹鉋で削ったほとんど粉のような鰹節であり、それが老大師の常識で、既製品としてあらかじめ薄く紙のように削った鰹節(その頃機械削りの袋詰めの花鰹が出始めていたところであった)は、「こりゃ何じゃ!香りのない紙のようなものを!」ということでした。

これでいっぺんに中国支部の典座は駄目だ!となり、熊本から来ている義峰に典座をやらせろ!ということになった。

S34年頃、夏休みには学生が老大師の追っ掛けで全国に摂心会のはしごをしていました。たまたま九州の方からの流れで岡山道場に、新潟大学医学生の寺島達道先輩、中央大学の森秋月先輩と小生の三人が、摂心会結制二日前から道場に泊まり込んでいた。老大師もお泊まりで、昼過ぎに映画に連れて行ってやると云われ、三人お供して岡山市中の映画館に出かけた。映画はいつもの時代物(水戸黄門のような勧善懲悪もの)だったと思います。(こういうときの老大師は、優しい好々爺でした。)

S3537頃。何処だったか失念したが、一寸した山の散策時の下り坂になって、春潭気をつけろ!登山で上りはしんどいけれども怪我をすることはない。下りは楽ではあるが良く怪我をするものだ!と。(老大師は、東大在学時に理学部の生物専攻で、植物採集等で山に良く行かれたようであり、また伝聞であるが、日本山岳会の会員ナンバーが一桁であったということである。察するに日本山岳会の設立にも関与かも。老大師の山登りの感化は、熊本支部の圭巌老以下に継承された。)

S3637頃。熊本摂心会の折の阿蘇観光小旅行(運転手はいつも侍者の義堂さん:後の一行庵老師)の昼食後の老大師のお話。「昨晩阿蘇が爆発した夢を見た。落石に対してしっかり身構えていたよ!」(少し自慢げに。後の『英山三転』の則に見えたときに老師が何を言われたかったか工夫しました。)

S4550頃。本部道場で侍者をしていたときに、呼ばれて「今日の新聞に、奥秩父でそば粉100%の蕎麦を食べさすと広告が出ていたのだが、暖かくなったら食べに行きたい。」と仰り、妙峰庵孤唱総裁老師にお伝えしたら、後日段取りしますとご返事しろと指示されました。

摂心後に、半年後にお前の車で行く小旅行の段取りをしろと妙峰庵老師からご下命を受けた。小生の車が小さいカローラだったので、マツダのルーチェに買い換えてその日に備え、お供した。かなりな長距離乗車でしたが、お疲れもなく一日ご機嫌な小旅行でしたが、運転中のバックミラーから見た老大師は、首が柔軟で振動に合わせて常に揺れている様でした。(後日の妙峰庵老師のお話では、戦後直後の北海道へのご巡錫は、蟹工船に乗って青森から函館に渡られておられ、時化る場合が多く船酔いがひどかったが、老大師と船長だけは船酔いをしなかったそうである。伝聞であるが、船酔い等の乗り物酔いには老大師はめっぽう強く、これも道力の一つと捉えられていたようである。)

 

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