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擇木道場

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擇木ブログ - 木鶏

木鶏

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/1/1 13:27
法照です。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
さて、2017年が始まりました。
今年は酉年ということで、酉にちなんだ話で始めようかと思います。
「木鶏鳴子夜」(木鶏(もっけい)子夜(しや)に鳴く)という禅語がございます。
私のような禅を始めて間もない者が禅語を語るのもおこがましいのですが、正直に言うと「酉にちなんだ話はないかな?」といろいろ調べている内にたまたまこの禅語に行き着きました。
どのように行き着いたか、と申しますと、かの大横綱双葉山が語った「われ未だ木鶏足りえず」という言葉がまず思い浮かび、調べるうちに行き着いた次第です。
この「われ未だ木鶏足りえず」は、双葉山が前人未踏の70連勝をかけた相撲に敗れたときに語った言葉で、有名な言葉なのでご存じの方も多いかと思います。
この木鶏の話は双葉山が学者の安岡正篤から学んだもので、元は「荘子」達生篇の中の話から来ています。
昔、闘鶏を育てる名人がいました。
王はその名人に自分の闘鶏を育てさせました。
ある日、王はその鶏を早く闘わせてみたくて「もう闘わせてもよいか?」と聞いたところ、名人は「まだ空威張りして強がっているだで闘わせることはできません」と答えました。
さらに10日後、また王は「もう闘わせてもよいか?」と訊ねると「まだだめです。他の鶏の姿や鳴き声に興奮して、まだ闘わせる状態ではありません」と断ります。
さらに10日後、王は訊ねますが、「気負い立っていて、まだ本物ではありません」と断ります。
そして、その10日後、名人は王に向かい「もう大丈夫です。木で作った鶏のように無為自然としているうになりました」と言ってその鶏を献上しました。
この話は、威張っている、強がっている人は本物ではなく、どんな時も泰然自若として無為自然でどっしりと構えていられる人が本当の強さだと教えています。
禅語の「木鶏鳴子夜」(木鶏は子の刻(午前零時)に鳴く)は、この荘子の話が元になっています。
なぜ子の刻になくのか?というと、「無為自然の鶏は深夜に鳴く」ということで、強い者ほど誰も見ていないところで努力を重ね、人前ではその片鱗を見せずにどっしりと構えている、ということだそうです。
擇木道場では、「心がぶれない生き方と禅」という講演会を過去に二度、テーマを変えて行っていますが、いずれも盛況でした。
座禅会にいらっしゃる方も、「心を落ち着けたい」ということが動機の方が多くいらっしゃいます。
動じない心を養いたい、というニーズは多くありますが、やはりなにかを成し遂げるためには日々の努力が大切ではないかと思います。
座禅で言えば、「一日一炷香」(一日に少なくとも線香1本(約45分)は坐禅をすること)
毎日の継続した積み重ねが木鶏に至る道ではないかと思います。
年も改まりましたし、なにかを始めるにはいい時期ではないかと思います。
なかなか毎日は続けられなかった方も、心機一転、一日一炷香を始めてみてはいかがでしょうか?
擇木道場は1月5日の木曜耳順会(木曜座禅会)から座禅会が開始されます。
自宅だけで座り続けるのも、なかなか難しいと思います。
是非、道場にもおいでください。
合掌
法照 拝
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