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擇木ブログ - 3月12日  女性部座禅会

3月12日  女性部座禅会

カテゴリ : 
座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2016/3/14 18:57
      
 ゴビ砂漠って ゴビと砂漠が別の意味だということ ご存知ですか。
ゴビは草がまばらに生えて、若干の動物が生息するところ
砂漠は 「月の砂漠」で らくだがポカポカ歩くところ。

 “ゴビ砂漠は二つを一緒にして呼んでるんです。私の故郷はゴビの
ほうです。” と今日 座禅会に参加された方が云われました。

中国モンゴル自治区から 8年前に日本に来られ 大学を卒業して
就職して2年目。 言葉もすがたも しっとりとした考え方も 日本人
以上でした。

 “モンゴル自治区にいるおばあちゃんが座禅をしていて そのそばで
仏教を身近に感じ いつか自分も座禅をしてみたかった。” 

座禅が終って皆さんが帰られてから 暫くお喋りして スマホで故郷の写真を
見せて下さいました。
雄大なひろがりの中に 町の建物が点在しています。
はるか遠くに ゆったりと山々が寝そべってます。 夜景も美しい!


今日は座禅後 谷川俊太郎さんが新聞に書かれた 「ゆとり」 を読みました。
長いので省略して書きます。

「 厳しい自然環境に生きるエスキモーの人々の話を読んだことがある。
 食物を求めて氷原を移動していていよいよ食料が尽きたとき、エスキ
 モーの老人は自らその場に座り込み、他の人々もまた老人を残して
 移動をつづけるという。ゆとりという言葉が入りこむ隙もない老人の
 そういう生き方、あるいは死に方に、かえってゆとりが感じられるのは
 何故だろう。」

「 ゆとりとはまず何よりも空間のことである。心がぎゅうずめになってい
  てはゆとりはもてないだろう。動かすことのできる空間が残っていな
  ければ、息が詰まる。心は生き生きしない、他の心と交流できない。」

「 心を動かすことのできる空間、あるいは隙間、そこにはいったい何が
  あるのだろう。せめぎあう感情や思考とからみあって、それらを生かす
  意識しがたい何かがある。・・・・・それはともすれば固定されようとする
  感情や思考をほぐす働きをもつのではないだろうか。
  そして名づけることのむづかしいそれを、私たちはゆとりという仮の名
  で呼んでいる。」


座禅を続けてきた先輩がたには 人に対するとき 物に対するとき 何とも
言えぬ 間(ま) があります。
一瞬の間の後に 反応がでます。

一週間の終わりに ぎっしり詰まった心をほぐしにお出で下さい。
座禅はゆとりを生み出す 贅沢な時間です。

                                         秋香

     
 

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