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擇木道場

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座禅の発願 さいたま座禅会

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擇木道場 2017/10/19 9:27

昨日は寒い「さいたま座禅会」でした。体調の悪い方の欠席もある中、

初めて来られた方、毎回熱心に坐られている方がお見えになりました。

坐った後は、「本朝参禅録」から芭蕉の「雨過青苔潤」を読みました。

 

今日も、私ごとを書くことをお許しください。

飽きっぽい私が、座禅と並行してやっているのは筋トレ、ストレッチです。

せいぜい一日5分程度、そして10分ほどやっているのはぺン字の練習。

このペン字、座禅に似ている気がしています。

毛筆とちがって準備と後始末のめんどうがありません、座禅も同じ、坐るだけ。

進歩がない、効果がなかなか実感できない、これも似ています。

ペン字教室では、練習しても練習しても全然変わらず、先生から

「これはいいんじゃない?」と言われたのは、始めの方に書いたのだったり

します。先生に聞いたら、師範になっても、そのまた上の大先生から今でも

同じことを言われることはあるそうで、おとといの教室で一緒に笑って

しまいました。

こんな徒労のようなペン字を5年以上やっているのは、たまたま少しましな

字が書けるようになった時、誉められるのと、大酒や賭博など金がかかることはなく、家族にノーと言われないという積極的でない理由です。

(行けば、女性たちが多くて持ち寄りのお菓子を頂けるのもありますが。)

 綺麗な言葉で言いかえれば、人に喜ばれることによって自分が喜ぶという構図です。自分が感じることないのに、良い風に変っていって、それが周りを和ませている、私にはそれに勝る喜びはありませんが、それが座禅と似ている気がします。 


 座禅は自分のためだけでやっていると、長くは続かない気がします。

ご褒美のようなものをぶら下げて、それをクリアしていくことでようやく

モチベーションを維持するなんてことをやっていても、いずれ疲れてきます。

しかし、座禅会で少しいい感じで坐れました、と言われると自分のことはそっちのけでこのうえなく嬉しいものです。会社勤めもこんなに長く続くとはおもいませんでしたが、いろいろなことがあっても続いたのは家族や仲間や取引先があってのことで、自分の意志や意欲だけではとっくにやめていたなぁ、と思うのです。ほんの少しであれ、人から喜ばれることを知ると結構続けられるものです。


昨日の座禅会は、初めて来られた方たちも含めて、来週の懇親会場の下見だと

称して、また遅くまで飲んでしまいました。21時から飲み物半額です!!につられてしまいました。それに、浦和の酒場街は、ALCで浦和レッズの準決勝、勝利直前の盛り上がり、真っ赤なユニホームだらけという高いテンションに煽られて

しまったかな?

 

初参加の方はストレッチやヨガの経験があるそうで、これから

座禅の前後に5分ほど手ほどきしてよ、とお願いしました。

座禅に筋トレ、ストレッチを並行してやるのがいいのは、身体の軸ができ呼吸を調えて健康維持という相乗効果もあるからですが、そして、自分を調えるのはひとえに家族や仕事仲間、友人、世間のためというのを忘れないでいたいものです。

また、折に触れ、「坐禅儀」の冒頭や、さいたま座禅会の「亀鑑」をみんなで読むことにいたしましょう。

そして、さいたま座禅会は「霧の中を行けば覚えざるに衣しめる。よき人に近づけば覚えざるによき人になるなり」・・・そんな毎週の座禅会の集まりに

なりたいものです。


来週24日の火曜日は1845分から保恵記念館で参禅会。体調不良で昨日欠席の方も来週は元気になって参加して欲しいです。       海香

 

 38回 さいたま参禅会 日程

日時 1024日火曜日 1845分~

 場所 さいたま市浦和区岸町4丁目17

        金光教浦和教会内「保恵記念館」

        場所 ↓

 https://goo.gl/maps/XN5Uy2uoEaJ2

        JR「浦和」駅の西口(伊勢丹側)に出て南方へ徒歩8分です。

  高砂小学校を目安においでください。

 日程 1845分~ 1910分 作務(会場内清掃)

 1915分~ 静坐

 20時  参禅

           参禅終了後~2040分 作務(会場内清掃)

 2040分 円了

 21時~ 懇親会(場所「ゆず季) 浦和区仲町1-2-14

 

 ※作務をしますので、動きやすい服をお持ちください。

 参禅会参加費 500円、 

懇親会は、外部の飲食店で行うため、実費負担とします。

 

 


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9月30日 女性部静坐会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/10/2 22:05

いつの間に曼珠沙華の紅も消え、しゅうめい菊や 秋海棠に代わりました。

 

夏の終わりのこの日、ネパールへ転勤しておられた方が二週間の休暇とのことで

久し振りに姿を見せてくださいました。

いつも一緒に坐っていた方々も勢ぞろい。同窓会のようです。嬉しいですね。

 

ネパールといえばヒマラヤ山脈を仰ぎ見る空気の清浄なところと想像していますが

そうではない地域だったようで、暫くは体調管理に苦労された様子です。

でも、この慌ただしい東京と異なって静かな時の流れが感じられる土地のようです。

 

新しい方も4人。学生座禅会で坐っていらしたり、他所での経験のある方もおられました。

声楽家の方に座禅の呼吸をお教えしたら、さすがにすぐに飲み込まれました。

 

今日 読んだ中に「座禅の行の目的の1つは心の安定を得る事である」と ありました。

 

頭のてっぺんから始まって、膝頭と尾骶骨で作る三角形まで順々と身体を調える調身、

喚気一息をして息を調える調息、そして最後に調心。

座禅を続けることによって結果として自分が調い 得難いより所を得られるといわれます。

 

この週末、本部道場で茶禅一味参禅会が開かれました。

女性部静坐会に3回見えたⅠさんが参加され“カルチャーショック”を感じたとのこと。

そうですよね、袴を穿いてゆったりとお茶を楽しんだり、参禅では特別な作法があるし。

 

今週土曜日もいつもの通りの女性部静坐会をいたします。

週末はぐっと涼しくなって 秋を感じられそうです。

皆さまのご参加を心からお待ちしております。  (秋香)

 

 

 

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心印です。
 
一週間の摂心会が終わり、通常の定例座禅会の日々に戻って最初の「東京で夜一番遅い座禅会」を開催しました。
 
参加者は数えていませんが20名くらいで2列いっぱいとなりました。初めての方は5名来られ、うち1名はイギリスの女性でしたが日本語が上手でした。
 
うち1名は5年ぶりの参加ということで、後でメルマガを検索してみたら2012年の登録でしたので、私が擇木道場に来たのとほぼ同じ頃でした。1回だけで来なくなった方がこうして5年も経って、また座禅をしようと思うその気持ちに心の中で合掌です。
 
座禅会後の勉強会では初めての方が多かったので、なぜ座禅の後に勉強会をするのかをお話させて頂きました。金曜夜の参加者を見ると半年以内の方と数年続いている方の2極分化になっていて、半年~1年くらい継続されている方がほとんどいないのです。
 
これは以前のブログにも書きましたが、半年やっても座禅の効果が感じられないので来なくなる、→なぜ効果がないかというと、→数息観のやり方が間違っている、→正しい座禅、数息観ができるようにと勉強会をしているのですね。

初めての時に30分ほど説明しても、。それだけではなかなか正しい座禅ができないのです。何度も通って、何度も指導を受けてちゃんと正しい姿勢、正しい数息観ができるようになるのです。


よくあるのは100まで数えなさいと言われるので、一生懸命100まで数えようとして、かえってそれにこだわってしまうパターンですが、これが雑念そのものになっているのですね。数息観は初心者のうちはなかなか100まで行けない、ちゃんと数えられるようになるまで、1年くらいはかかるものですから、最初は気にせずに息に集中するのがいいのです。
 
数えるのが目的ではなく、息に集中するために息を数えているので、それが逆転しているとこれは正しい数息観ではないのです。
 
こういう話をしたせいか、後で皆さんに話して頂いた時に、1年以上やっている方はいろいろ数息観の工夫を話されていました。云く、頭のてっぺんや身体に意識を集めて、そこで数える、100→98→97とバックしていく、などです。
 
私が話をしているところだけ抜き出してビデオに編集して、Youtubeにアップしていますが、こういうのも正しい座禅をひろめるためなのです。・・・と言いつつだんだん編集しないといけないビデオがたまっていってるので、困ったものです()


さて摂心会にお誘いする、私の経験を書いたメルマガを2回ほど発信したのですが、これにクレームのメールを頂きました。
 
======== 私が出したメルマガの一部 引用ここから
私は会社やプライベートで人間関係に問題を感じて、さらに仕事のストレスでうつ病寸前(私の仕事はシステムエンジニアです)の状態だった時に、座禅で何とかならないものかと東京中のお寺を渡り歩いて半年後、擇木道場に来て葆光庵老師にお会いして公案を授かりました。
 
この時からお寺ではだめだ、人間禅でなければならないと思ったのです。お寺もいろいろ試行錯誤はされているのですが、出家したお坊さんと、現実の社会で苦しんでいる在家の人間とは、ものすごいギャップがあって、新聞やニュースで見る情報しかないので、現代の仕事の厳しさやストレスなどお坊さんには理解できないと感じました。
 
自分の話をすると、この問題は自分に原因があることはわかっているが、それをどうしていいのかわからない、自分一人ではどうしようもないというところで、ここに何とかする道があると感じたので、参禅の修行を始めました。
======== 引用ここまで
 
こういうメルマガを送られて不快になられた気持ちもわかります。今回のメルマガよかったよーとお二人ほど褒めて頂いたので、最終日前日にもう一度送ってしまったのでよけい嫌な気持ちになったのでしょう。
 
摂心会の最終日、内部で話をしましたが、既に公案を授かって参禅されている方だとのこと。メルマガの内容を変えるなんてとんでもない、メルマガを出そうとする心印さんの気持ちを曲げちゃだめだと先達からは言って頂き、クレームで凹んでましたが助かりました。
 
これから摂心会の最後の参禅と言う時に凹むとは禅者らしくないですが、さすがに摂心会の最初と最後は必ず参禅するものなので、ほとんど公案は頭にありませんでしたが、参禅はしました。
 
最後に海香さんが「心印さんのメールで、その人の心が動いたんですよ、心を動かすことができなければ、そんな返信来ないはずですから」と言って頂けました。
 
参禅を始めて、若者が電車の中で置いた空き缶で心が動いたという話は、以前のブログにも書きましたが、そのMさんは、初関(最初の公案)を透られて、源石さんという道号を授かりました。良い方向に、また悪い方向に心が動く、参禅を始めると特にそういう心が動いたことに気づくので、その方もそうだったのかもしれません。
 
普通ならわざわざ返信せずに、メルマガを解除するでしょうから、返信されてきたということは、今後も参禅を続けようと思われているのでしょう。同じ老師なので私とは兄弟弟子だし後輩です。そこでどうするか考えたのですが、メルマガからは外させて頂いて、メルマガの内容は今まで通りとし、希望されるイベントの案内だけを転送することにしました。
 
これで参禅を続けて頂ければいいのですが・・・
 
心印 拝

 

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9月27日 さいたま参禅会

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擇木道場 2017/9/30 10:10

927日の参禅会が終わって、『死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33』という緩和医療医である大津秀一さんの本を読んでいました。
終末期がん患者、一人ずつ「お金」「競争」「地位」「別れの悲しみ」「性欲」「比較」「死の恐怖」「夫婦」「SNSの呪縛」など、病棟で本人と医者とそして家族の会話を書かれた本です。
同じお医者様である日野原先生も中公新書で死を迎えた時のさまざま人のことを「人」別に書いていますが、大津先生の本の方が、今のわたしには、しっくりいきました。
 この本を読んでいたら、アレっ、なんだろう、どこかで感じた同じ感覚? と思ったら、そうでした、当さいたま座禅会の師家である仰月庵呼龍老師の言葉。今月16日から8日間行われた日暮里の擇木道場での摂心会の結制茶礼でのご垂示の一部。「死に物狂いで参ぜよ!!」です。いつもは死をまだまだ先の話と思っていましたが、このところ親族、友人、知人が相次いで死に、改めてぼやぼやしていられないぞ、と思うこのごろなのです。
 
  ところで、「参禅会は通常の座禅会とどこが違うのですか?」と、今回の参禅会が始まる前に座禅会参加者に尋ねられました。「「公案」の見解を師家に呈すのですが、「公案」を持っていない方は、普段の座禅会と同じように坐ります。」と応えましたが、そうでしょうか?・・・外形的はそうなのでしょうが、それは正しく伝えていない気がします。
 死ぬときに気づくのではなく、今このとき、人生で大切なことと死に物狂いで取り組む、それが公案のひとつのフェーズなのだと思います。山歩きは目的地に行くばかりでなく、歩いているそれ自身が楽しい、と聞いたことがありますが、結果などより大事なことは、今、三昧になってそれと取り組むこと。そんなように思います。ひとつの公案をわずかな間で透過される方、数年、数十年の方もいる。速さを競うものではありません。ここを誤ってはいけません。
 
 今回の参禅会は、金光教浦和教会のご厚意で敷地内の施設である「保恵記念館」をお借りしての初めての会でした。夜のわずかな時間をいままでの静坐・参禅だけのでなく、清掃作務も日程に入れた参禅会でした。私にとっては、参禅会の開始の柝を鳴らした時には、目標のほとんどが終わった会でした。開催できるだろうか?という場面もありましたがSOSに直ちにOK!!と駆けつけてくれた先輩方、そして設営、片付けもいつも全員という参加者のみなさま全員に感謝です。なにより、金光教浦和教会の広いお心に感謝したいと思います。参禅会後は、参加者の多くが懇親会に参加され、遠方から参加してくださった方には終電が気になる時間まで大いに盛り上がりました。
 
 さて、これからの座禅会では坐り始めた方に申し上げることにします。「座禅」の他に「公案修行」をする意味の一部でも。きっと、足りないところや誤りがあれば老師が面接の際にそれぞれの方にご説明くださるでしょう。

仰月庵呼龍老師の923日の擇木道場の円了のご垂示の中で「この摂心会中、たとえ公案がひとつも透らなかったとしても、終始真剣に取り組んだ者は、座禅の深みは確実に増しているはずだ。」とおっしゃられたように記憶しています。座禅と参禅の関係の語として心に残ったお言葉でした。老師がいつもおっしゃっているのは、接心会後、参禅会後の一週間の過ごし方です。接心会、参禅会が続いている意識で練り込むこと。
と、いうことで、来週104日の水曜も、仲町公民館で座禅会があります。ご参加ください!! 次回の参禅会は、1024日火曜日に保恵記念館で開催します。(予定表はまだ25日の水曜になっていますが、近日変更します)  海香
 
 
 
 

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擇木道場の緒方心印です。
 
今週の擇木道場では摂心会(せっしんえ)という禅の本格の修行が行われています。普段、座禅会に来られて見られている和やかな(?)雰囲気とは違って、本当の厳しい禅の修行の期間でしたが、いよいよ本日が最終日となります。
 
老師が一週間詰めておられ、公案(禅の問題のようなもの)を授かっている者は、老師に参禅をして、一人一人個別の指導をして頂いていますが、それも今日で最終日、次の参禅の機会は11月の禅セミナーまでありません。
 
最近、老師に面談されて、公案を授かった方は多いと思いますが、積極的に参禅しましょう。当たり前ですが、公案は参禅しないととおりません。
 
私は会社やプライベートで人間関係に問題を感じて、さらに仕事のストレスでうつ病寸前(私の仕事はシステムエンジニアです)の状態だった時に、座禅で何とかならないものかと東京中のお寺を渡り歩いて半年後、擇木道場に来て葆光庵老師にお会いして公案を授かりました。
 
この時からお寺ではだめだ、人間禅でなければならないと思ったのです。お寺もいろいろ試行錯誤はされているのですが、出家したお坊さんと、現実の社会で苦しんでいる在家の人間とは、ものすごいギャップがあって、新聞やニュースで見る情報しかないので、現代の仕事の厳しさやストレスなどお坊さんには理解できないと感じました。
 
擇木道場では指導される老師が在家の人間ですし、道場の人達も在家です。また老師は正脈の師家と言いまして、ちゃんと禅の法を継いで来られた方で、何十年も修行を積まれてこられているので、数年、本山で修行して禅寺の住職をやっている方のレベルとは全く違います(住職と師家は全く違う)。
 
昔は東京でも多くの老師がいらっしゃって、在家の人間にも指導されていたのですが、今は、ほんの数か所になってしまいました。これは後継者が育たなかったので、老師が亡くなられた時に絶えてしまっているのです。その後は単なる座禅会となってしまっています。
 
さて、自分の話をすると、この問題は自分が原因があることはわかっているが、それをどうしていいのかわからない、自分一人ではどうしようもないというところで、ここに何とかする道があると感じたので、参禅の修行を始めました。
 
その問題はわずか数ヵ月後には最初の公案を透過した時に、現象面では変わらないので解決はしないものの、自分の感情的にはケリがついたのです。それから5年の修行を続けてきて、SEの仕事との両立に難儀することもありますが、その度に道場の人たちに助けられながら、何とか続けてきて、人間関係の問題もかなり改善してきたと思います。
 
さてあたなの人生は一度しかありません。この一週間もいよいよ今日で最終日、擇木道場においでになりませんか? 一生のうちにわずか一週間をこの道場で過ごすことで、あなたの抱える問題は解決の糸口が見つかるかもしれません。
 
擇木道場にて お待ちしています。
 
心印 拝
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心印です。

 

今週の擇木道場では摂心会(せっしんえ)という禅の本格の修行が行われています。普段、座禅会に来られて見られている和やかな(?)雰囲気とは違って、本当の厳しい禅の修行の期間です。

 

これは老師が一週間詰めておられ、公案(禅の問題のようなもの)を授かっている者は、老師に参禅をして、一人一人個別の指導をして頂いています。

 

私は会社やプライベートで人間関係に問題を感じて、さらに仕事のストレスでうつ病寸前(私の仕事はシステムエンジニアです)の状態だった時に、座禅で何とかならないものかと東京中のお寺を渡り歩いて半年後、擇木道場に来て葆光庵老師にお会いして公案を授かりました。

 

この時からお寺ではだめだ、人間禅でなければならないと思ったのです。お寺もいろいろ試行錯誤はされているのですが、出家したお坊さんと、現実の社会で苦しんでいる在家の人間とは、ものすごいギャップがあって、新聞やニュースで見る情報しかないので、現代の仕事の厳しさやストレスなどお坊さんには理解できないと感じました。

 

擇木道場では指導される老師が在家の人間ですし、道場の人達も在家です。また老師は正脈の師家と言いまして、ちゃんと禅の法を継いで来られた方で、何十年も修行を積まれてこられているので、数年、本山で修行して禅寺の住職をやっている方のレベルとは全く違います(住職と師家は全く違う)。

 

昔は東京でも多くの老師がいらっしゃって、在家の人間にも指導されていたのですが、今は、ほんの数か所になってしまいました。これは後継者が育たなかったので、老師が亡くなられた時に絶えてしまっているのです。その後は単なる座禅会となってしまっています。

 

さて、自分の話をすると、この問題は自分が原因があることはわかっているが、それをどうしていいのかわからない、自分一人ではどうしようもないというところで、ここに何とかする道があると感じたので、参禅の修行を始めました。

 

その問題はわずか数ヵ月後には最初の公案を透過した時に、現象面では変わらないので解決はしないものの、自分の感情的にはケリがついたのです。それから5年の修行を続けてきて、SEの仕事との両立に難儀することもありますが、その度に道場の人たちに助けられながら、何とか続けてきて、人間関係の問題もかなり改善してきたと思います。

 

さてあたなの人生は一度しかありません。この一週間に擇木道場においでになりませんか? 一生のうちにわずか一週間をこの道場で過ごすことで、あなたの抱える問題は解決の糸口が見つかるかもしれません。

 

擇木道場にて お待ちしています。

 

心印 拝
 
 

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心印です。

久しぶりに書くブログでして先々週の座禅会の話になってしまいました。

金曜の夜はいつもより少し早く仕事が終わったので(終わらせたのですが)、いったん家に帰ってバイクで道場に来ました。

初めての方は3名いらっしゃいました。お一人は長崎の方で東京に来られたので座禅してみようと思ったそうです。人間禅には長崎には座禅会がないのですみませんという感じですが、自己流で座っていらっしゃるそうです。

この日は久しぶりに3列の座禅会となりました。暑い夏は来なくても、涼しい秋になると座禅をしてみようと思うのでしょうか?数えていないのですが総勢25名くらいの参加だったと思います。最近の東京は9月というのに涼しくて、禅堂は窓を開けていると寒いくらいでした。

さて座禅の後はいつもの勉強会ですが、以前からやろうと練っていたネタがありまして、ブログには少し前に書いたものなのですが、まるで公案の工夫のように座禅中、その話になりきってました。

でも何を話そうとか、うまく話そうとか、ストーリーを頭で考えるわけではなくて、ブログに書いた話になりきって、出てくる言葉やストーリーはその場におまかせすればいいと言う感じです。講演会やセミナーなどとは全く違うのが禅的なアプローチですね。

その話とは少し前に勉強会でMさんの話されたことで、電車に乗ってきた若者が足元に空き缶を置いた、それを見たMさんは「ああどうしようか? これは私が試されているんじゃないか?」と言っていた話です。


ブログはこちら
座禅をすると、とっさの判断が躊躇なくできると言う話


修験の世界では山野での修行中に悪天候にあったりすることを、神仏が行試しをされているんだと言うらしいですが、その話に似ているなと思いました。


これはMさんが自分の心が動くことに気づいたということで、座禅によって少し心の動きが掴めるようになったということなのですね。詳しくは書けませんが、それが本格的な公案による修行によるものなのでしょう。果たして水戸の参禅会に行かれたMさんはそこで見性されました(最初の公案を透過されたこと)。

禅にはこうしたいろんな心が動いた話が多く出てきます。雨が降っている音や、石がはねて竹に当たった音や、川が流れる音や、音ばかりでなく明けの明星を見たとか、普通の人なら気づかず、見過ごしてしまうようなことに禅をやっていると気づくようになり、そこから真理を悟るのです。


それが日常の仕事や社会生活にどれだけ役に立つか?

禅道場というものは、世間や会社で通用する一般的な常識や良識、当たり前と人が思うようなことから、人によってばらばらな価値基準、知見や判断、部下からの提案や上司から業務命令と言ったものから隔絶された論理で動いています。

こういう一般常識は人間関係や、会社や組織を円滑に動かす為にできたものですが、禅道場は修行の場です。禅は真実の自己、リアルな今と出会うものですが、一般常識はこれらから遠ざかるものです。

時々、世間や会社の論理や常識を持ち込んできて禅の修行を全うできない方がいらっしゃいますが、こういう常識や論理を外す必要があるのです。

こういう世界を知っていることで、普通とは違う世界があるということで視野も広がるし、取るべき対応の選択肢も増えるのです。

だいたいは自分のチッポケな自我から来る、自分勝手な価値基準をモノサシにして判断してしまうのですが、自我のフィルターを通して事象を見る段階で、正確にものを見てないことになるので、正確にものを見れない=判断の間違いになるのです。

禅は自我を落として、この自我フィルターをクリアにすることができるので、判断も正確になっていくのです。


この時に話した内容はYoutubeにアップしようと思ったのですが、録画の編集をしている時間が取れないので、摂心会が終わった後にあらためてアップしようと思います。

この話にひかれたのか、ここ1ヶ月くらい来られているTさんが老師の面談を受けて公案をやってみたいと言われました。こうして発心をされる方がいらっしゃると、座禅会をやってきて良かったなと思います。

是非、自我フィルターをクリアしたいと思った方は、老師に面談を受けて、本格的な禅の修行をしてみましょう。


心印 拝
 

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香水です。
9月6日(木)は、第2回目の荻窪参禅会が開催されました。
いつもより早く、午後6時45分からの開始でしたが、6月以来で最高の18名が参加されました。
30分静座の後、午後7時30分から参禅を開始しました。
今回は、第1回目参禅会で入門された2名以外に新たに参禅を開始された方が2名いらっしゃいました。
その他、以前から参禅された方や3年ぶりに参禅された方等を含め12名の方が参禅されました。
その後、老師を囲んでの懇親会となり、荻窪道場主の井上先生も参加され、大いに盛り上がりましたが、
その中でとりわけうれしいことに、私の教え子のMさんが初関を通過され、荻窪参禅会で初の見性者が出ました。
Mさんは、昨年11月から始めた大学での座禅会に参加し、12月には本部摂心に参加、以後東京摂心にも参加・参禅をしてきました。
試験勉強を続けながら座禅を毎日真面目に続け、見事初関を透過されたことで、Mさんはもちろんのこと、私も本当にうれしくなり、
ついお酒の量が多くなってしまいましたが、いや、本当に美味しいお酒でした。
一緒に座禅し、参禅に冷や汗を流し、喜びを一緒に分かち合うことができる仲間がいることは、かけがえのない財産です。
荻窪座禅会には、そんな仲間に出会えます。あなたも是非仲間にお入り下さい。
今週14日(木)は都合によりお休みとなり、代わりに12日(火)に座禅会を行います。
時間は同じ午後7時30分からです。
また来週の21日(木)は、東京支部摂心のため荻窪座禅会はお休みです。
お間違えないよう、よろしくお願いいたします。
合掌 香水 拝
 
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高崎座禅会の快い風

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擇木道場 2017/9/8 9:12

旧聞になるのですが、827日、高崎座禅会の参禅会に行ってまいりました。

場所は、高崎駅から徒歩15分ほどの青年塾会館。中曽根康弘さんの展示館や

旧宅があり、参禅室はその旧宅で、座禅は、会館内のフローリングでした。

 数年前の発足当時からの参禅会参加者の芳名録を拝見したところ、擇木道場

はじめ遠くからの参加者の名前も見えました。

フローリングでの座禅会場ですが、クッションがついたゴザを座禅会では持って

いて、どんな場所でも座禅会、参禅会ができるように、と発足当時いろいろ工夫

してきたのだなぁ、と感慨深く坐らせていただきました。

 参加者は決して多くなかったのですが、半日に二回の静坐・参禅があり、お寺

で長く坐っておられた笑顔の印象的な方、古武道の凛とした印象の方が参禅され

ました。蚊には結構食われましたが、上州の涼やかな良い匂いのする風がして

ここの座禅会長のようだな、とも思いました。

 私と人間禅との出会いは、「あなたを待っていました。」と感じた擇木道場の玄関で迎えてくれた中央支部の会員の方との出会いでした。その第一歩が十把一絡げの出会いだったら一回来て終りだっただろうな、と思うのです。高崎座禅会は、ひとりひとりと向き合う、ひとりひとりの座禅を大事にする座禅会として、この高崎で少しずつ根を下ろしていくことでしょう。 

お近くの方は、是非週1回の座禅会にご参加いただきたいと思います。 海香

 



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9月6日 さいたま座禅会

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座禅ブログ
執筆 : 
擇木道場 2017/9/7 9:50

昨日のさいたま座禅会は、海香さんと私を除くと、初関を持っているおふたり、先月座禅をしにきたら参禅会の日で、あのカーンカーンと鐘を鳴らして何をしているのかしらとご質問いただいた方など6名も集まって下さりました。

その中に一人、先日20年以上ぶりに擇木道場に行ってきましたという方がいらっしゃいました。
わざわざ栃木から浦和まで来て下さり、当時は磨甎庵老師の頃で本部道場にも行きましたとのこと。
若かりし総裁老師や仰月庵老師のお姿も記憶されているとのことでした。

機会がありましたら、当時の色々なお話ゆっくり聞かせていただきたいものです。

たとえ時間が空いたとしても、こうやって再び座ってみようかと思ってしまう程に、

説明できない魅力、不思議な力が座禅にはあるのですね。
もちろん、道場に通わずともご自分なりに座ってこられたのでしょうが。

どうぞもし、しばらく足が遠のいていて、また座ってみたいなぁと
考えておられる方が、このブログを読んで下さっていたら
臆することなく、さいたまは浦和までおいで下さい。

海香さんのあたたかい笑顔で、ぽっかり開いていた穴が埋まるかもしれません。
欠けていたピースを見つけるきっかけになるかもしれません。

13
日水曜日も、この公民館で座ります。
20
日は日暮里で摂心会を開催していますので、浦和はお休みです。
そして、27日は初めての場所で作務をまじえながらの参禅会を行います。
詳細はHPで確認して下さい。 翠香 拝


追伸 : 

参禅会の「詳細」ですが、1845分開始で変わらず、これまでの参禅会では2回の座禅・参禅ですが、今回は、1回の座禅・参禅の前後にお掃除の「作務」の予定です。お掃除しても良い服装でお越しいただくか、お持ちください。 

それから、毎回都内よりお越しくださり、私が到着すると既に会場設営をすべてやっていてくださっているOさん、ありがとうございます。そして、いつのまにか、座禅会が終了後、全員が手分けして会場の片づけをする習慣ができました。参加者のみなさまに深く感謝いたします。 海香

 


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